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第199話 何枚描いたら……

「ボクたちはこれから硫黄が必要になるでしょう。それをいちいちコルカの先まで取りに行くのは、面倒くさいし大変じゃん」


 確かにあの場所は遠い。カインから隊商を派遣すると片道14、5日、馬でも10日くらいかかるんじゃないかな。


「それで、コルカのオヤジたちに硫黄の鉱山の管理運営をお願いするってことか……やれんのか?」


「はは、そのあたりはボクたちが調べて、教えていかないといけないだろうね」


 鉱山といえば、事故とか鉱害とかに注意しないといけないんだっけ。


「それにさ、硫黄が必要なのって今のところ俺たちだけだろう。やっぱ、食っていくの難しいんじゃねえの?」


「そのあたりも調査が必要なんだけど、硫黄が出るところって他の金属もあったりするみたいなんだよ。金とか銀とか、そして銅とか……」


「マジか。銅があるかもしれねえんだ」


 ほんと、銅が採れたら助かる。というのも、元々銅の価格は安定していたから硬貨として流通させるのにちょうどいいと思っていたんだけど、同じ麦の量で仕入れられる銅の量が冬の終わりころから少し減ってきていて春になっても同じような感じだから、このままではまずいんじゃって話していたんだ。


「それに、金や銀も今は必要ないけど、手に入るなら将来のために集めていてもいいでしょう」


「うん、銅と同じようにならないようにしとかないとね」


 みんなも頷いてくれた。相場ってなかなか難しい。思ったようにいかないみたい。風花が、大学で専門的なことを勉強するようになったら少しは変わるのかな。


「あとよ、硫黄はゴムの加工に使うんだろう。念のために言っとくが、あたいんとこではむしろそいつは邪魔ものなんだ。鉄が脆くなっちまう」


 そうなんだ。ゴムの加工も鍛冶工房の炉でいけるんじゃって思っていたけど……


「竹下、もう一つ工房を建ててみる?」


「建てるのは構わねえけど、人繰ひとぐりが難しくなるぞ」


 人手の問題か……今は父さんが抑えてくれているけど、あまりに人が増えてしまうと元からいた村の人たちの不満が爆発してしまうかもしれない。

 さて、どうしよう……


「硫黄はコルカの近くで採れるし、インド方面から来るゴムも一度コルカの行商人を経由する予定なんだ。いっそのこと、ゴムの加工までコルカでお願いしちゃおうか?」


 その方がいいかも。でも、


「ねえ、穂乃花さん。硫黄って火薬の原料にもなったよね?」


「ああ、硫黄1に対して硝石を〇それに炭素を△を混ぜれば火薬ができるぜ。今のところ、あちらの世界でその知識を持っている人間はいねえはずだが、何かの拍子でそうなっちまう可能性は否定できねえな」


「何かの拍子といいますと、例えば、子供が工房の外に保管してあった硫黄を使ってままごとをしていて、ちょうどいい具合に硝石と炭素がその近くにあって一緒に混ぜて泥団子を作ったりとかですか? そんなことありますかね……」


 みんな黙り込んでしまった。無いとは言い切れないのがあちらの世界。危険なものと危険では無いものの区別が曖昧で、保管方法を教えたとしてもそれを守ってくれるかわからないのだ。だからタリュフ父さんも、毒の取り扱いには細心の注意を払わないといけないって言ってた。


「風花、ゴムの加工の件は一応暁にも伝えて、どんな影響がありそうかしばらく考えてみようよ」


 ある程度の時間をかけて、そして、多くの人の頭で考えたら想定外なことも少なくなるはず。


「あとさ、温泉の話が出たからついでにいいかな。あのね、冬にタリュフ父さんと一緒にバーシに行った時のことなんだけど……」


 ヘルガが、カインにお風呂があることを知らなかったことを伝える。


「ヘルガちゃんか……バーシのバザールでお風呂の話はしていたはずだけど、ちょうど妊娠中でお義母さんしか来てなかったのかな」


 出産だけでなくつわりも辛かったと言っていたから、あまり動けなかったのかも。


「はい! それでしたら僕に考えがあります。早ければ今年の冬からビント村で紙を漉くようになるでしょう。そこでできた紙を使って、回覧板のようなものを作ったらいいと思います。それなら、バザールに来られなかった人も情報を知ることができますし、紙の普及にも役立つはずです!」


「回覧板ね……目には入るかもしれねえけど、伝わらねえだろう」


 そうなのだ。あちらで文字が読めるのは、村長とか行商人とかの限られた人だけ。回覧板が回ってきたとしても、家族全員何が書いてあるかわからないことの方が多いと思う。


「それなら、文字だけではなく絵も描いて、さらに掲示板に掲げたらどうでしょうか。絵である程度の状況を把握してもらって、文字で詳しい情報を知ってもらう。まあ文字については、村長さんたちが読んで差し上げなければなりませんが……」


 なるほど掲示板か……


「僕はそれに賛成。情報も伝わりそうだし、文字がこんなものだって知ってもらえるいい機会になりそう」


「確かに、テラでは文字を見る機会はあまりねえよな。あたいも17までコルカにいて見たのは、ひーふー……5本の指で足りるかもしれねえぞ」


 コルカほどの大きな町でもそうなんだから、田舎の村なら見たことない人がほとんどだと思う。


「それで関連した絵と一緒に文字を見たら、何が書いてあるか気になって自分で読めるようになりたいと思ってくれる人が出てくるんじゃないかな」


「つまり、広報もできた上に将来の識字率の向上につながるって訳か」


「おぉー、まさに一石二鳥というわけですね」


 海渡ったら自分で言ってるよ。


「それでよ、文字はいいとして絵は誰が書くんだ?」


 絵といえば……あは、みんなも凪ちゃんを見ている。


「僕ですか!?」


 暁は知らないけど、ここにいる凪ちゃん以外のみんなの絵はどこか前衛的で、情報を正確に伝えるにはちょっとという感じ。その点、凪ちゃんの絵は何が描いてあるかわかるから、掲示板にはもってこいだと思う。


「何枚描いたら……」


「えーと……10枚くらいあると、カイン隊が行く町と村に少なくとも一枚ずつは配れそうだよ」


「じゅう……」


 10枚も同じものを描くのは大変そうだ。


「ねえ、竹下。凪ちゃんには一枚だけ描いてもらって、あとは印刷とかできないかな?」


「印刷か……文字なら活版を作りさえすればできそうだが、絵はどうするんだ?」


「んなもん、木版画でもいいし、金属あっからエッチングでもいいじゃねえか。ただ、手間暇考えると10枚くれえじゃ手で描いた方がマシかもしれねえな」


「が、頑張ります」


 どちらにしろ手作業だから、そうなっちゃうよね。

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