第198話 今日は皆さんが主役です
食べ終わったお皿を片付け、冷蔵庫で冷やしていたケーキをテーブルの真ん中に置く。
「珈琲、紅茶も行き渡りましたね……はい、皆さん、こちらに三人の先輩方が作ってくださった大きなケーキがあります」
そうそう、今日は6人で食べるから21センチの物を用意したんだ。
「いつもならここで主役の出番なのですが、今日は皆さんが主役です」
「お前もな」
みんなの誕生日をお祝いする日だからね。
「そこで一つ問題があります。これはいったい誰が吹き消しますか?」
海渡の手には、誕生ケーキに立てるカラフルなろうそくが握られている。
「それ、いるか?」
「「いる!」」
「「いります!」」
「いるに決まってんだろう」
無くてもいいというのは竹下だけのようだ。
「しょうがねえな。んじゃ、みんなでやるか」
「いえいえ、それはやめておいた方がいいでしょう。皆さんが同じ強さで息を吹きかけてしまったら、打ち消し合って風がろうそくまで届きません」
全員が同じ強さで息を吹きかけるなんてことはないと思うけど、強くなりすぎないようにと気を使いながらになるのは間違いないと思う。
「じゃあ、誰がやるんだ?」
「それを今から決めようと思うのです」
海渡が僕たちの方を見渡す。
「穂乃花さん、お願いできますか? 大学にも合格されましたし、夏にはテラでお子さんも生まれます」
「合格なら海渡もそうじゃねえか、それに子供の件はその時にしてくれや。なんかフラグっぽいからよ」
「あ、そういえばそうですね」
フラグというのは『僕はこの戦争が終わったらあの子に……』っていうあれだね。そこまで気にしなくていいかもしれないけど、僕たちは一応注意するようにしているんだ。
さてと……
「ここは一番年下の凪ちゃんでどうかな、とにかく早く決めないとケーキが崩れちゃうよ」
部屋の中に6人もいて、徐々に温度が上がってきているっぽい。生クリームを多めにしているから、急いだほうがよさそう。
「ぼ、僕ですか!」
「おう、凪。ここはビシッと決めてくれ」
ケーキにろうそくを乗せて、火を灯す。
「せーのっ!」
「あっという間でした」
食事をした後だというのに、ケーキも一瞬で無くなってしまった。みんなの食欲がすごすぎる。
「お店のものより美味しかったかも」
凪ちゃん、それは言い過ぎ。でも、いい感じにできてたのは確か。お菓子作りの練習をしてきたかいがあったかな。
「これを穂乃花さんが作ったのか?」
「おうよ!」
竹下が本当って顔で風花の方を見てる。
「うん、作業の最初から最後までお姉ちゃんは手伝ってくれたよ」
そうそう、朝ごはんの後うちに集まって、生地作りからデコレーションまで三人で頑張った。そうしないと、時間ギリギリで間に合いそうになかったのだ。
「テラで料理もうめえのを作ってくれるけど、これからはケーキも期待できるのか?」
「おう、秋には砂糖がまた採れるだろう。そしたら作ってやんよ」
テラの僕たちが住んでいる辺りには、元々、小麦粉、卵、羊のミルク、バター、生クリームといったケーキを作るために必要な材料はあったから、砂糖さえあればケーキを作ることはできる。ただ、オーブンがまだないから火加減は要注意だけどね。
「ほんと、お姉ちゃんが料理を作るようになって、お母さんたちもびっくりしてるよ」
元々穂乃花さんは食事なんて栄養が取れりゃいいんだからということで、足りないものはビタミン剤とかで補ったらいいという考えだったみたいだけど、テラにはそんな都合のいいものは存在しない。つまり、家族にバランスのいい食事を食べさせようと思ったら自分で作るしかないのだ。ただ、穂乃花さんと繋がる前のパルフィも鍛冶に力を入れていたから、お世辞にも料理がうまいとは言えなくて……それが、ユーリルとの結婚が決まってから、本腰を入れてミサフィ母さんの指導を受けてようやく一人前になってきたというわけ。
「さてと、お腹も満たされたことですし、話の続きをいたしますか。えーと……誰からいきます?」
スッと風花から手が上がる。
「ボクね、今、コルカにいるでしょう。そこの町長に、以前ボクたちが入った温泉のことを話したら興味をもってくれてね、今度調査隊を派遣してみるって」
温泉! あの、硫黄の匂いがとてもよかったところだ。あー、また入りたいな。
「コルカの人たちは、湯治場でも作るのですか?」
「そういう話もしているけど、まずはそこに村を作れるかを調べてからかな」
「村をですか?」
「うん、盗賊が少なくなってきて、コルカでもシュルト方面への隊商を計画しているみたいなんだ。ただ、そうなると途中の村がいくつか無くなっているから補給の心配が出てくるわけで……」
風花によると、あの場所で飲み水の目途がついたら、コルカから移住者を募って村を作るらしい。
「でもよ、あんなところに村を作ってどうやって生活していくんだ?」
そうそう、干ばつがあったところから少し離れているけど元々砂漠地帯だから、家畜を飼うにも作物を植えるにも苦労するはず。
「はい!」
「はい、凪ちゃん」
「隊商宿を作ってそこで温泉に入れるようにして、その宿賃や入浴料で食べていくんだと思います」
あちらの隊商宿でお風呂に入れるところはまだないし、それも温泉だから評判になりそうだけど……
「うーん、宿だけならそれで十分だけど、それじゃ村として維持するには足りないかな」
「それなら、バザールを開いたらどうだ。行商人は集まるだろう」
「街道沿いだからバザールは開かれそうだね。でも、地商人が生活できるほどの量にはならないだろうから、結局村人が足りなくて盗賊が襲ってくるよ」
地商人というのは、村に定住している商人さんたちのこと。確か、行商人を引退した人がやることが多いんじゃなかったかな。リュザールたちは訳あり品や売れ残りを買い取ってくれるありがたい存在だって言ってたけど、コルカくらいの大きな町でないとそれだけで食べていくことはできないと聞いたことがある。
さてと、あの場所で生計を立てる方法か……うーん、どうしよう……
「ふふ、みんなまだわからない? 温泉を使うっていうのはいい考えだよ」
温泉を……湯治場じゃないんだよね……
「なるほど、硫黄か!」
「正解! さすがお姉ちゃん」
硫黄……そういえば、海渡たちに温泉のことを話したときにそういう話題がでてたかも。