第197話 先にケーキを頂きましょう!
〇3月20日(木祝)地球
春分の日のお昼頃。それぞれが割り当てられた物を持ち寄り、凪ちゃんの家に集まる。
「皆さん飲み物は行き渡りましたか?」
海渡の問いにみんながうんと頷く。
「それでは、僕を含め、皆さんの誕生日を祝いまして、かんぱーい」
「「「かんぱーい!」」
うーん、美味しい。いつもと同じジュースなんだけど、お祝いの時は格別な気がする。
「みんなで一緒に誕生日のお祝いをするなんてステキね」
と、凪ちゃんのお母さんのマクダさん。
「はい、去年まではそれぞれの誕生日にお祝いをしていたのですが時間の調整をするのが大変で、いっそのことまとめようかということで今日にしました」
誕生日と試験期間中が絡むと、集まるのにも苦労するんだ。
「それは理解できるけど、どうして誰の誕生日でもないのに今日にしたの?」
「おう、実はあっちでな……」
「穂乃花さん」
「っと、今日は都合がよかったからな。ただ、それだけだ。な、」
みんなでうんと頷く。テラの世界には明確な暦はないけど、昼と夜の長さが同じになる日を中日といって他の日と区別している。そして今日は春の中日で、生きとし生けるものがこの日を境に一つ年を取ることになる特別な日。せっかくなので、地球でもその日に合わせてお祝いをしようということになったわけ。
「ふふ、おばちゃんには秘密なのネ。さてと、お邪魔ムシは退散しようかしら。私は居間にいるから、用がある時は声を掛けてネ」
そう言ってマクダさんは、凪ちゃんの部屋から出ていった。
「……穂乃花さん、あちらの話をしても伝わりませんよ」
「そうだったな。こっちでテラの話ができるのがうれしくてよ。つい」
東京にも暁がいるけど穂乃花さんは女子高な上に寮生活で、テラの話はSNSのグループチャットくらいでしかできなかった。特に今日はずっとリアルタイムで話しているから、口が滑ったとしても仕方がないと思う。ちなみに穂乃花さんは、高校卒業後、大学の入学手続きが始まるまでの期間を使ってこっちに来てくれたんだ。
「んじゃ、早速料理を……おっ、このプロフうま! 海渡が作ったのか?」
「いえ、これは凪ちゃんが一人で作ったんですよ」
「マジか! 腕をあげたんじゃねえか」
ふふ、凪ちゃん照れてる。あちらで新しい作物を作ってもらうには、それに合った料理も教えないといけないからといって、海渡からいろいろな料理を教わっているんだよね。
「ケーキは樹と風花と穂乃花さんが作ってくれたんだろう。今日は何から何まですまねえな」
「先輩は、お店からケーキに合う紅茶と美味しいコーヒー持ってきてくださっているじゃないですか」
料理が得意でない竹下は、今日はみんなの飲み物の当番だったんだ。
「でもよ。料理ができたら、パルフィの負担も少しは軽くなるんじゃねえかって思うんだよな」
「気にすんな。得手不得手はどうしてもあるからな」
もちろん、竹下も料理の練習をこれまでに幾度となくやってきている。でも竹下は、料理に手を加えると、なぜか味が微妙になってしまうという特殊能力の持ち主なのだ。たとえ僕と海渡が横にいて、レシピ通りに作っていたとしてもだ。前世で何かやらかしたんでしょうとか、そういう星の元に生まれたんだとか、いろいろと意見は出たけど、結局のところ原因はわからなかったし何をどうやっても味が良くなることはなかった。だから、今は余程のことがない限り、竹下は料理をしないということで落ち着いている。
「パルフィが料理をできない時には、僕たちが作って持って行ってあげるよ」
「はい、ご安心ください」
「おう、そん時は頼むぜ」
ソルやルーミンが妊娠した時には、パルフィにお願いしないといけない時もあるはず。お互い様なのだ。
「僕たちは、竹下先輩のように地球で調べたものをテラで同じ寸法で再現することはできません。そちらの方をよろしくお願いします」
そうそう、長さの基準となるものが何も無いテラで、それぞれの部品を正確に作り上げて組み立てるということは並大抵のことではない。それをやってのけるんだから、竹下はすごいと思う。
「水車の部品もできてるって言ってたよね」
「ああ、建物が完成したら組み立てる予定だ」
これで川を流れる水の力を動力に変えて、建物の中に送り込むことができるようになる。人力でやるより遥かに簡単に、硬貨に刻印を打てるようになるはずだ。
「その水車は鍛冶だけ用? 麦を挽いたりには使わないの? 硬貨の数にも限りがあるから、使わない時もあるでしょ」
商売人の風花は稼働状況が気になるようだ。
「俺も最初はそう思っていたんだが、麦を挽くと粉が出るだろう。パルフィが……」
「絶対にダメだ! 危なくて仕方がねえ」
「粉……そうか粉塵爆発!」
「そうだぜ。金属同士を打ち付けると火花が飛ぶことがある。その時にちょうどいい感じに粉が舞ってたら、アウトだな」
穂乃花さんは大げさに両手を広げた。建物が壊れるくらいなら建て直したらいいけど、人に被害があったら大変だ。
「麦用の水車か……凪のおかげで収量も増えてきそうだし、どっかに建ててもいいかもな」
「それなら、ついでに米もつけるようにしてください」
リュザールたちが運んでくる米は玄米だから、食べる前につくという作業をして糠をおとす必要がある。美味しいプロフを食べるためとはいえ、何気に手間がかかるのだ。
「挽くのは円運動で、つくのは縦の運動だよな……まあ、考えてみるわ」
なんか一気に便利になりそう。
「あのー、竹下先輩。そういうのを他の村に作ったりするのは、ダメだったりしますか?」
「いや、いいんじゃね。この技術は囲い込む必要もねえし、そこに安定して流れる川があったら大丈夫のはずだぜ」
他の村に教えるか教えないかの基準の一つに、人を傷つけるかどうかというものがある。もちろん、使い方次第のやつもあるから、何が何でもというわけではないんだけどね。
「ありがとうございます。それなら、僕の故郷のナムル村にも作ってください。あちらでは、麦を食べることが多いので」
「いや、さすがに俺が行って作ることはできないぜ。作り方を教えることは構わねえけど」
ユーリルにしかできない仕事があるから、長いことカインを空けてもらったら困る。
「カインで水車の部品を作って、リュザールさんたちに運んでもらいますか?」
「川と水車小屋の、高さや距離といった位置関係がわかんねえと作れないぞ」
そりゃそうだ。
「それでな、今、パルフィと相談してっことがあるんだけど……」
竹下が穂乃花さんの方を見た。
「おう、テラに定規を導入しようかと思ってんだ」
「定規を……図面を書いて、お渡しするって感じですか?」
「ああ、図面の見方を教えたら、定規を使って部品も自分たちで作るだろう」
「ちなみに、長さの単位はメートル?」
「当然!」
「ふぅ、それを聞いて安心しました。1ユーリルとか名付けられていたら、長さを言う度にこちらが赤面するところでしたよ」
「ば、バカ。そんなことしねえよ」
うん、それはマジで恥ずかしい。
「そう? ボクは今でも硬貨の単位はリムじゃなくて、ソルにしたいと思っているよ」
「あ、それは賛成です」
「ほんと、やめて……」
何度言われてもそれだけは譲れない。
「ま、樹がかわいそうだから硬貨はリムのままで、長さとかこれから作るかもしれねえ重さの単位は、こっちで使い慣れたやつにしとこうぜ」
「メートルとかセンチとか、キログラムとかだね」
うんうん、その方がいい。わざわざ変換しなくてすむ。
ちなみに、硬貨の呼び方をリムに変えたのは、使い慣れているとはいえ円だとものすごく安い気がするから。
「あと、何か話すことは……」
「樹先輩、先にケーキを頂きましょう! ちょうど料理も無くなりました」
はは、続けて食べるんだ。