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第196話 硬貨と麦が共存するってことですか?

 程なくして、僕たちの目の前に空になった大きなグラスが2個並んだ。


「美味しかったですぅ。特にきな粉がいい仕事をしてました」


 ほんと、おはぎの甘さにイチゴが負けてしまうかと思っていたんだけど、海渡の言う通り甘さ控えめのきな粉が要所要所で口の中をリセットしてくれて、最後まで美味しくいただくことができた。


「俺も、満足。明日からまた頑張れるぜ。二人ともありがとな」


「「どういたしまして」」


 メニューを見た時に1,000円は高いと思ったけど、なかなかどうしてそれ以上の価値があるものだった。でも考えてみたら、この店はカフェで利益を出す必要がないんだからお値段以上なのは当たり前だったよ。


「それと樹、昨日仕事から帰ったらパルフィの機嫌が良くてさ、診察してくれたんだろう。そっちもサンキューな」


 竹下がニヤリと笑う。ミサフィ母さんのアドバイスのおかげかな。夜もうまいこといったようだ。


「パルフィさん、もうすぐ5ヶ月ですか。早いものですね……」


 海渡が竹下をじっと見つめている。


「何? もしかして親父としての覚悟のことか? そりゃできてくるって、日に日に腹がでかくなってくるんだぜ」


 妊娠の期間は、新しいお父さんとお母さんにとっての準備期間なのかもしれない。


「お姉ちゃんの方は順調そうで何よりだけど、竹下くん、硬貨はどうなりそう? ボク、今、セムトさんと一緒に旅に出てるでしょう。行った先で、収穫祭に参加した行商人からいつ頃手に入るか尋ねられることがあるんだよね」


 春になったら冬の間に作り貯めたタオルや糸車を売るだけじゃなく、塩とかの生活必需品を得るために隊商を出すことになるんだけど、通信が発達していないテラでは冬の間に村が一つ滅んでいるとかとんでもないことが起こっている可能性だってある。現にバーシではそれに近いことが起こっていた。そこで、安全に隊商を出せるかどうかを調べるために、セムトおじさんを筆頭にカイン隊から数人がコルカまで調査に行っているのだ。リュザールもその一人というわけ。


「川端の鍛冶小屋の建設はこれからだが、刻印用の金型は鍛冶工房で複数用意してるみてえだし、硬貨自体も数は揃ってきている。夏にはある程度形になってると思うぜ」


「了解。それじゃ、樹、夏になったら一緒に旅行だね」


 テラで夏といったら6月の後半から9月の頭にかけてだ。硬貨の準備ができたら、普及のためにいろんな村を回らないといけないんだけど……


「風花先輩、ちょっと待ってください。夏はパルフィさんの出産の時期じゃありませんか?」


「あ、そうか。確か7月の頭くらいだっけ?」


「うん、普通ならそれくらい。ただ双子だと思うから、少し早まるかもしれないよ」


 こっちで調べてもそうだし、ミサフィ母さんもそう言っていたからそうなんだと思う。


「ということは、6月の末くらいかな。余裕をもって、こちらで夏休みが始まるくらいに出発の予定がいいみたいだね」


「時期的にはそうしてもらうと助かるけど、他の村の行商人が硬貨を欲しがっているのなら、ソルが行く必要あるのかな? せっかくなら、生まれたばかりの赤ちゃんのことを知っておけたらいいなって……」


「赤ちゃんのことを……」


 風花がアゴに手をあてて考えている。


「いや、やっぱりダメ。確かにソルには薬師のことを勉強してもらいたいけど、硬貨の普及も手伝ってほしい」


「おや? リュザールさんだけでは難しいのですか?」


「うん、行商人だけなら収穫祭にきた人もいるから何とかなると思う。でも、村の人たちには信頼のおける人の説明が必要なんだ。考えてみてよ。商売人であるボクがいきなり現れて『これからは麦の代わりに硬貨で買い物ができるようになります。とても便利です。だから手元の麦をこの硬貨と交換してください』って言って、大切な麦を渡してくれると思う?」


「あー、それは騙されているんじゃないかって思ってしまいます」


「でしょう。たぶん、その村の行商人が説得に協力してくれたとしても難しいはずだよ」


 行商人がいい目を見るために、硬貨を利用していると思われるかもしれないということかな。


「風花さん仮にですよ、先に行商人だけで硬貨を使い始めたとしたらどうなりますか?」


「行商人だけ……えーと、順を追って説明した方がいいかな。まず、今の感じだと行商人同士の取引は硬貨に変わっていく可能性がある。これは硬貨が麦に比べて持ち運ぶにしろ保管するにしろ優れているからで、現に収穫祭に参加してくれた行商人たちは損失覚悟の荷物の調整をしなくて済むようになるんじゃないかって期待してくれているみたい」


 荷物の調整……今は荷馬車があるからそこまで気にしなくなったけど、糸車を売り始めた頃は戻ってくる麦の量を計算してから積み込んでいた。これは値段が決まっていたからできたことで、もし時価にしていて高くで売れてしまったら、積みきれなかった麦を必要のないものと交換してでも嵩を減らす必要があったと思う。地球の考えでは損するくらいなら余った麦を困っている人に渡したらってなるんだけど、困っている人全員に行き渡らせるほどの量があるわけでもなく、もらえた人ともらえなかった人との間で不公平感が溜まって争いの元になってしまうから、誰かにあげることも捨てることもできないんだってセムトおじさんは言っていた。


「次に村人との取引だけど、村人が硬貨を受け入れてくれるのなら自然と硬貨は広まっていくと思う。織物とか綿花とか仕入れる時に硬貨が使えるし、バザールで商品を売る時も硬貨で支払ってくれるはずだからね」


 そうなってくれるとほんと楽。


「でも、もし村人が硬貨を使ってくれなかったら……」


 なかったら……


「村人に売る時も買うときも麦が必要になるから行商人は麦を手放せない。そうなってしまうと、行商人同士の取引で硬貨を使っていたとしても時間がたつと傷んでしまう手元の麦を何とかしないといけなくなって、結局は麦を使った取引がいつまでも続くことになる」


「硬貨と麦が共存するってことですか?」


「共存か……もしかしたら、硬貨は次第に使われなくなってしまうかも。何といっても行商人の数は少ないからね」


 村の人に使ってもらえるかどうかが普及の鍵ってことか。


「村の人を説得する必要があるのは分かったけど、僕にそれができるのかな?」


「ソルは、薬師でありカインの村長でもあるタリュフさんの娘。資格は十分!」


 タリュフ父さんの……他の村に行くようになってわかったけど、何気に父さんって名が知られているんだよね。もちろん全員と面識があるってわけじゃなくて、薬を使っているから名前を知っているって感じ。たぶん、セムトおじさんたちが薬を売る時に父さんの名前を出しているんだと思う。


「それに、ソルさんにはすでにファンがついてます。収穫祭に参加された皆さんもそうですし、バーシのヘルガさんなんかは率先して村の人たちに勧めてくれるんじゃないですか」


 確かにヘルガはそうかもしれない。


「ソルさんがお留守の間は、僕ことルーミンがミサフィさんのお手伝いをさせていただきます。パルフィさんやお子さんの様子も地球でお伝えしますよ」


「ありがとう。わかった。何とかやってみるよ」


 赤ちゃんのことは知りたいけど、硬貨の普及も大事。ここはルーミンにお願いして自分がやるべきことをやって行こう。


「ただ……」


 海渡が思案顔。


「どうしたの?」


「硬貨が普及してしまうと、コペルさんが持っているような人形を見る機会も減ってしまうのかと思うと残念で……」


 コペルの人形……あ、あれだ。緑色の服を着た行商人さんが売ってた盗賊が家にやってこないってやつだ。今、女の子部屋の壁側に飾られているよ。コペルが作った専用の座布団に座って。


「もしかして、荷物の調整用のアイテムが無くなることを心配しているの? 大丈夫だよ。一見必要そうに見えないものでも、ボクたちは将来のお客さんのためにあえて買ってたりするからね。その証拠にコペルにはピンときたんでしょ」


 コペルが買ってきた人形(99話)とソルが見た人形(1話)が同じだったのは驚いたけど、実際にあれから盗賊が村にやって来ることはないんだよね。意外と効果があるのかも。これからもバザールがある時には、何か変わったものがないかを探しに行ってみよう。

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