第195話 残り1,000円を全額BET!
〇3月5日(水)地球
「海渡の合格を祝しまして。かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
「にゃー!」
放課後、竹下のお店にみんなで集まった。今日は僕たちの高校の合格発表だったのだ。
「これで4月から先輩たちと同じ学校です!」
「おめえ喜んでるけど、凪ちゃんは一人で中学に残るんだぜ」
みんなの年齢が違うから、それは仕方がないことなんだけど……
「僕は平気です」
「はい、その件につきましては凪ちゃんとはじっくりと話しまして、毎週デートをすることになりました」
「それに、先輩方も高校を卒業するまでは毎週武研に来て下さるでしょう?」
「もちろん! こっちにいる間はボクは武研の師範代だからね」
部活を作った手前、僕たちも下級生たちの成長を見届ける義務があるから、できる限りのことはしようと思っている。
「ところで竹下先輩、今日は僕のお祝いですよね」
海渡は、膝の上のカァルと一緒に上目遣いで竹下を見ている。
「まあな」
「もしかして、僕の好きなものを頼んでも良かったりとかしちゃいますか?」
「うんと言ったら、お前、メニューの中の高いものから順に注文する気だろう」
「いえいえ、そこまで厚かましくありませんよ。一つだけにします」
「……わかった奢ってやる。ただし、俺の小遣いの範囲で頼むな」
「ふふふ、言質は取りましたよ。さてとお小遣いの範囲ですか……確か先輩は月に5,000円だったはず。買い食いはされてませんが、ここでの会合は月に二、三回ですので約1,000円。漫画や小説に1,000円ほど使っておられて、年に一度会える穂乃花さんとのデートの時のために毎月2,000円貯金されています。参考書とか文房具とかの費用はレシートと引き換えでおばさんから貰われていますので考慮に入れなくてよろしいでしょう。あとは余裕があったらスマホゲームに500円ほど課金されているようですが、今の時期ならそれもまだのはずです。でしょ?」
「くっ、その通り……」
「それでは、残り1,000円を全額BET!『洋と和の奇跡の出会い! 中山家特製おはぎととろける苺と濃厚ショコラの夢みるパフェにきな粉を添えて』をお願いします」
うん、ちょうど1,000円。今月の新メニューに名前だけあって、気になっていたやつだ。
「ちょっ、それは、お前の兄貴とうちの兄貴が近くの喫茶店の120センチのパフェに対抗して、ネタで作ったやつじゃねえか」
ネタなんだ。確かに、海渡の家で作っている特製のおはぎといったら、あんこがたっぷりのあれだ。それにイチゴとチョコレートがどんな感じで絡むのか想像できないよ。
「おふざけでもなんでも構いません。期間限定のようですし、せっかくなので食べてみた感想をお兄ちゃんに話してみたいです。さあ早く、オーダーを通してください」
「くっ、仕方がねえ。男に二言は無しだ。売り切れてねえか、聞いてくる」
竹下は立ち上がり、カウンターの方に歩いていく。
おっ、竹下のお兄さんがこっちを向いて手を振った。大丈夫みたい。さて、どんなのが来るんだろう。
「ご注文の品、お持ちしました!」
江戸時代の町娘の衣装を着たお姉さんが、海渡の前にちょっと大きめのグラスを置いた。
「海渡さんすごいです! イチゴがこんなにたくさん!」
ほんとだ。イチゴが上に乗っているだけでなくて、グラスの中でも存在感を示している。
「これ何層構造だ?」
「あれ? 竹下は見たことなかったの?」
「ないない。兄貴に味見させろって言ったら、小遣いから差っ引くっちゅうから食ってねえんだ」
結局、海渡のために小遣いから出すことになったけどね。
「で?」
竹下が、凪ちゃんと一緒に特製パフェの写真を撮っている海渡に尋ねる。
「気になりますか? 仕方がないですね。凪ちゃん、答えてあげてください」
「はい、わかりました。えーと、一番下からいきますね。ピンク色だからたぶんイチゴのクリーム、そしてイチゴ、生クリーム、それからこの色はコーヒークリームかな。その上にもう一段イチゴがあって、濃いめのチョコレートクリーム、そして一番上には丸く並べられたイチゴの真ん中に大きなおはぎがあって、おはぎには淡い色の板チョコが刺さっています!」
「ということは七層か八層ってことか。すげえな。で?」
「今度は味ですか? ほんと仕方がないですね。凪ちゃん一緒に食べましょう」
海渡はカァルにおはぎを取り囲んでいたイチゴの中から一つ渡した後、おはぎに刺さった淡い色の板チョコを引き抜き、二つに割って凪ちゃんと食べ始めた。
「むむ、これなんですかね……」
「最初はコーヒーかと思っていましたが、そんな感じしないですね」
コーヒー色というよりもちょっと薄くてまるで……あっ!
「海渡、きな粉、たぶんそれきな粉チョコだよ」
メニューにきな粉を添えてってあるのに、きな粉が見当たらない。
「なるほど、そう言われてみたらきな粉の味がしてきました」
「海渡さん、もしかしたらこのクリームもコーヒーではなくてきな粉かもしれませんね」
きっとそうだ。
「はい、早速調べてみましょう」
海渡と凪ちゃんが、やっぱりきな粉でしたと言って二人でパフェを食べる様子は仲睦まじくて微笑ま……それにしても、なんか、美味しそう。
風花の方を見る。うん、風花も物欲しそうだ。
「すみません」
カウンターの竹下のお兄さんに手を振る。
気が付いた。合図を送って……OKだって。よし。
「あに……」
竹下も手を挙げかけたけど、下ろしちゃった。
竹下の今月のお小遣いは、海渡と凪ちゃんが食べてるパフェで終わってしまうから……改めて風花をみる。うんと頷いてくれた。よし、僕が頼んだ分は三人で分けることにしよう。




