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第190話 次の方、どうぞ

〇(地球の暦では1月22日)テラ 水の日



「次の方、どうぞ」


 ルーミンが声を掛けると、間仕切り代わりの絨毯をくぐって若い女性が入ってきた。年は同じくらいかな。顔が赤い。それに息も苦しそう。

 今回母さんが来ていないので、女性は私が診ることになったんだ。父さんがいくら名の知れた薬師だとしても、余程の重病人でない限り若い女性ましてや既婚の女性と狭い空間に一緒にいるのは差し障りがあるからね。


「お名前を聞かせてください」


「ゴホっ、ゴホっ……ヘルガといいます」


 ヘルガさんね……手控えを見る。あった。


「上着は預かります。寒くないですか? ……はい。では、そこに座ってください」


 ルーミンの指示に従い、ヘルガさんが私の目の前に座る。

 ちょっと震えている。部屋は暖めているけど寒気さむけが来ているのかも……急ごう。


「どんな感じですか?」


 女性の手を取って脈を診る。……少し早めかな。


「ゴホっ、ゴホっ……昨日から咳が止まらなくて、ゴホっ、ゴホっ……それに熱もでてきてどうしたらいいかわからなくて……」


 不安そうだ。


「失礼します……」 


 額に手をあてる。38……うん、39度は越えてないみたい。

 手控えに目を落とす……


「ヘルガさん、ショウルさんから赤ちゃんがおられると聞いてますが、今日は赤ちゃんは?」


「ゴホっ、ゴホっ……主人に預けてきました」


「赤ちゃんの様子は?」


「普段と変わりないです」


 まだ、赤ちゃんにはうつってないっと。


「お乳は出てますか?」


「ゴホっ、ゴホっ……な、なんとか。でも、胸が苦しくて……」


 胸が……肺炎になってたら大変だ。


「ルーミン」


「はい、開けさせてもらいますね」


 ルーミンがヘルガさんの胸の部分をはだけさせる。

 聴診器が無いので、気管そして肺のあるあたりにそのまま耳をあてる。


「息を吸って……はい、吐いて……」


 片耳を押さえ意識を集中して……呼吸音は今のところ正常。

 小さい頃地球で、竹下たちと古い聴診器を使って胸の音を聞いて遊んでいたのがここで役に立つとは思わなかった。


「はい、いいですよ」


 ルーミンが服を着せている間に、手控えに診察内容をメモしていく。とりあえずは様子見。ひどくなるようだったら熱冷ましを処方して……


「今のところお薬も必要ないようです。無理せずにゆっくりと休んで下さい。食事が心配ならスープを配ってますので、受付に伝えてください。朝と夕方にご自宅までお持ちします」


「あ、ありがとうございます。あれ?」


 ヘルガさんが不思議そうな顔をした。


「どうかされましたか?」


「い、いえ、急に楽になったような気が……」


 ほんとだ、少し顔色が良くなっているかも。って、またか……


「ああ、それはきっと安心したんだと思いますよ。さあ、これを」


「これは? あ、もしかしてお二人の顔を隠しているものですか?」


「はい、マスクといいます。赤ちゃんの世話をするときは忘れずに付けてくださいね。使い方は……」


 ルーミンが、ついさっきリュザールが補充してくれたマスクを渡して付け方を教えている。


「何から何まで本当にありがとうございました!」


 いつの間にか、咳もしなくなったヘルガさんはお礼を言って足早に帰っていった。


「えーと……」


「ほら、ソルさん次の方がお見えですよ。お呼びしていいですか?」


「う、うん」


「次の方、どうぞ」





〇1月22日(水)地球



「昨日はお疲れ様、樹」


「う、うん」


 今日も風花と竹下と情報交換するために、朝早くに高校に集まった。


「ソルも診察をしてんだろう。そんなに大変だったのか?」


「あのね……」


 風花が昨日のことを竹下に伝えている……


「へぇ、また、楽しそうなことになってんな。俺もそっちに行けばよかった」


 竹下め、他人事だと思って……


「ボクがバーシに着いたのはお昼すぎでその後ことしか知らないけど、見た感じではみんな帰る時には結構元気になっていたみたいだよ」


 ソルが診た患者さん。最初はルーミンが言ったみたいに安心して症状が軽くなったのかと思っていたけど、来る人来る人がそんな感じになっちゃって……元気になってくれるのはいいんだけど、うわさを聞き付けたのかお昼過ぎくらいから症状の軽い女の人まで来るように……夕方までかかってなんとか捌くことができた。なかなかハードな一日だったよ。


 うっ、竹下がニヤニヤして見てる。


「そうだよ。僕はたぶんみんなと違うと思う……」


 これまでも、特別なことが度々起こっていた。僕は普通じゃないのかもしれない。


「まあまあ、何度も言うけど、俺たちは樹が何者であっても変わらないぜ」


「そうそう、ボクの大好きな樹なのは変わらない。海渡くんだって凪ちゃんだってそうだよ」


 うん、知ってる。


「ありがとう」


 いつものように、二人がニッコリと微笑んでくれる。この笑顔があれば、たとえ僕が……


「えーと、それでね、明日からどうしようかって悩んでるんだ」


「明日から? ……ああ、昨日以上に人が集まって来るかもしれねえんだ」


 うんと頷く。話が広がっているんじゃないかと思う。


「ねえ樹。仮にそうだとしても、ソルのところに来るのは女性と子供くらいじゃないの?」


「おお、そうだぜ。さすがに大人の男を診るのを、タリュフさんが許さないんじゃねえのか?」


 そういえばそうかも。


「それなら、なんとかなるかな」


 忙しくなるかもしれないけど、ルーミンと協力して頑張ろう。


「それで、リュザールはどうするんだ? 明日帰ってくるのか?」


「うーん、どうしよう。なんだか早めに治まりそうな気配があるんだよね」


「早めに……あ、そうか。女性が元気になったらみんな食事とかちゃんととれるようになって、抵抗力がついてくるということか」


「そうそう。それならボクが追加の荷物を運ぶ必要もなくなるから、カインに戻るよりもバーシでアラルクたちの手伝いをした方がいいんじゃないかって思っているんだ。男の人たちも病み上がりに力仕事は辛いだろうから」


「わかった。そこはリュザールに任せる。俺はどっちに転んでもいいようにマスクを作っておくわ」

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