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第189話 治療はどうするの?

「すぐに戻ってくるから、すまんが後は頼む」


 バーシの隊商宿に着いてすぐに父さんは出ていった。挨拶と情報収集のために、村長のバズランさんのところに向かったのだ。


「ソルちゃん、僕も村の様子を見てきていいかな?」


「はい、あとは私たちだけで大丈夫です。それと、具合が悪そうな方がいたら、いつでもいいので遠慮せずに来てくださいと伝えてください」


「ありがとう!」


 ショウルさんを見送った後、荷物を隊商宿に運び入れる。

 バーシの隊商宿はコルカのクトゥさんのところのように店主さんや店員さんがいつもいるわけではなく、宿泊できる建物があるだけ。カインや他の村と一緒だね。いつもは近くに住んでいる管理人さんに人数分の宿賃(麦)を払うんだけど、今日はバーシのためということで無料。そして今回は、治療の拠点にするために貸切で使わせてもらう予定だ。冬場だから隊商も旅人も来ないと思うけど、できるだけ患者さんと接点を持つ人を少なくした方がいいから。

 ということで、四つある部屋のうち二つを診察室にすべく準備を行う。


「えーと、ここに目隠しが欲しいから、絨毯を縦に……そうそう」


 プライバシー保護もだけど、こうしていたら患者さんが咳やくしゃみをしても飛沫が一気に広がることはないだろう。

 ほんと、アラルクたちについて来てもらってよかったよ。背の高い男の子たちが、薄手だけどそこそこ重さのある絨毯を、いとも簡単に天井から吊るした紐に掛けていく。これならあっという間に終わりそうだ。


「それではソルさん、私は夕食を作りに行ってきますね」


 おっと、もうそんな時間だ。

 ルーミンが食材を抱えて台所がある裏口の方へ……


「あっ! ルーミン、ちょっと待って!」


 ルーミンを呼び止め、多めに仕込むように頼む。


「はい、その方がいいかもですね。手配しときます」


 料理の提供は明日からのつもりだったけど、すぐにでも欲しいという人がいるかもしれないし仮に余ったとしても明日温め直して食べたらいいから。







「ふむ、準備はいいようだね」


 ルーミンと入れ違いで父さんが戻ってきた。


「あれ? 早かったね。バズランさんいなかったの?」


「いたんだが、バズランが鼻を気にしていたから、すぐに休むように言って早々に切り上げてきたよ」


 鼻を……


「父さんの見立ては?」


「ふむ、まだはっきりとは言えんが、恐らくはたちが悪い風邪。ソルが小さいときに流行ったやつと似ているようだな」


 ということは……


「うつるってことだよね?」


「ああ」


 やっぱり。感染症だ。

 それに、あの時と一緒なら抵抗力の低いお年寄りと子供は要注意だ。


「バズランさんに熱は?」


「それはまだのようだったが、明日にはわからんな」


 ひき始めってことかな。


「そうだ。ルーミンにスープを余分に作ってもらっているけど、バズランさんの家に持って行ってあげようか?」


「いや、今日のところはバズラン以外は元気なようだったから必要ないと思うよ」


 そうなんだ、でも……


「心配いらないよ。家族には、ちゃんとうがい手洗いと栄養を取ることを伝えてきたから」


 父さんがグッと手をサムズアップ……ふふ、リュザールやユーリルのを真似てるよ。


「ほら、父さんもうがいと手洗いを忘れないでね」


「おお、そうだった。バズランのがうつったら大変だ」





〇1月21日(火)地球



「……って、感じかな」


 翌日、早めに高校に集まって竹下と風花にバーシのことを伝える。放課後にしないのは、海渡の高校入試が近くなって集まりにくくなっているから。海渡は仲間外れはひどいですぅというけど、周りの人たちの目があるから受験が終わるまでは仕方がない。


「マジか。バズランさんもダウンしてんだ」


「ダウンまではいかないけど、父さんと話している間ずっと鼻をグジグジしてたみたいだよ」


 夜の間に寒気がしてきて、朝になったら熱が出てくるんじゃないかなって思っている。


「かかり始めってわけか……タリュフさんにもうつったんじゃねえの?」


「どうだろう。一応マスクはずっと付けてたみたいだし、戻ってきてから手洗いとうがいをしっかりさせたよ」


 あちらで出来る限りの予防はしていると思う。


「それで、バズランさんはマスクを見て何も思わなかったのかな?」


「いや、驚いて、父さんにカインではそんなのが流行ってんのかって聞いてたみたい」


「そうだよな。知らない人だったら盗賊かと思っちまうぜ」


 顔の半分を隠してるから、そう思われても仕方がない。マスクをつけたソルたちがバーシに入ることができたのも、ショウルさんが一緒にいたから。そうじゃなかったら、クワやスキを持った村人から追い返されていたかもしれない。


「あとは、マスクの性能がどうか次第だな。状況を教えてくれ」


「OK!」


 ウイルスや細菌を通すか通さないか、それこそ電子顕微鏡が無いから調べようがない。それでも、無いよりは段違いにましだと思う。


「それで、やっぱりインフルエンザだったの?」


「寝るまでの間に何人か診察に来たけど症状的にはそんな感じだったし、熱が引いたらケロッと治っているみたいだしそうっぽいね」


「ちゅうことは、とりあえず致死率何十パーセントの病気の心配はしなくていいってことか」


「一応はね。でも楽観視はできないと思う」


 パルフィも言っていたけど、一世紀ほど前に流行ったスペイン風邪はインフルエンザA型だったと言われていて、その当時の地球上の全人口の1%以上の人が亡くなっているから、気軽に考えてはいけない病気であるのは確かだ。


「治療はどうするの?」


「基本的には体力をつけてもらって、自力で治ってもらう感じかな」


 脳に障害が残るほどの高熱の時には熱冷ましの薬草を飲んでもらうけど、それ以外の時はとにかく抵抗力を付けて自分で病気に打ち勝ってもらうしかない。


「それで、ボクたちはどうしたらいい?」


「ショウルさんによると家族全員が寝込んでいる家が数件あるみたいで、そこにはしばらくの間スープを配ることになったから食材を多めに持ってきてほしい。それと……」


 必要な物を風花に伝えていく。


「わかった。明日追加のマスクと一緒に持っていくよ」

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