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第184話 おばちゃんたちはみんな経験者なんだから

〇(地球の暦では12月31日)テラ 火の日



 早朝小雪が舞う中、ルーミンと井戸へと向かう。


「うぐ、水が冷たすぎますぅ」


 確かに水に手を付けると痛い感じがする。気温は氷点下かも。

 こちらでは、当然だけど地球のように蛇口をひねったらお湯が出てくることはない。生きていくために冷たいのをわかっていて、井戸から汲み上げないといけないのだ。


「エキムのところのように、氷を割ってから汲み上げないだけましだよ」


 冬になって、SNSのグループに暁から毎日のように愚痴が送られてくる。川が凍ってたとか、今日は井戸もだぜとか……


「確かに、井戸まで凍るというのが驚きです」


 地下水は一定の温度みたいで普通なら凍ることはないんだけど、タルブクほどの寒さになると夜のうちに表面に氷が張ってくるらしい。それを長い棒でつついて壊してから、釣瓶を使って水を汲み上げるんだって。つまり、朝一番は割れた氷がぷかぷか浮かぶ水を使わないといけないわけで、考えただけでも身震いするよ。


「おはよう。寒そうな話してんな」


 ユーリルだ。


「おはようございます。ユーリルさんの子供の頃は井戸は凍ってませんでしたか?」


「俺んとこは遊牧民だったから、井戸を持ってなかったぜ。よっと」


 ユーリルは、天秤棒の先に吊るした桶に水を入れながら答えた。

 移動して暮らすんだからそうだよね。


「井戸が無いのなら、水はどうされていたのですか?」


「川は凍って使えねえから、冬は雪やつららを溶かしてたっけ」


 なるほど、それなら水の確保も簡単だ。


「エキムさんたちにも教えて差し上げますか?」


「うーん、どうだろう。井戸が使えるならその方が安全じゃねえか。今のところこっちの世界に大気汚染はねえけど、野生動物はたくさんいるからな」


 確かに、細菌とか病原菌とか持っている動物が、夜のうちに歩いてたとかあるかも。


「ユーリル、今日パルフィは?」


「ちょっと辛そうだったけど、工房に行くってさ」


 パルフィにはつわりがきつい時には無理しなくていいよって伝えているんだけど、余程のことがないと休まない。工房でみんなと話している方が気が紛れるんだって。


「よし、こんなもんか。今日俺は見回り当番だから、パルフィのことよろしく頼むな」


 そう言うとユーリルは、慣れた様子で天秤棒を担いで自分たちの家の方へ戻っていった。





 朝食が済んだ後、後片付けを当番のコペルとルーミンに任せて工房に向かう。地球では大晦日だけど、こっちの世界にはお正月が無いので休みにしていない。ちなみに休日は、結婚式とかの村をあげてのイベントがある日と週に一度の日曜日だけ。休みが少ないって驚くかもしれないけど、元々こちらには休日という考え方が無いからこれを決めた時にみんなに聞かれてしまった。『休みって何?』って……


「ソルさん、おはようございます!」


「おはよう。今日も元気いっぱいだね」


「はい!」


 寮に住んでいる一個下の女の子。この子は、春になったら隣村のバーシに嫁ぐことになっている。避難民として工房にやってきて、一生懸命に働いて秋の収穫祭でいい人に巡り合えたんだよね。ほんと、幸せになってほしいよ。


「おっと、札がまだだ。えーと、今日は二番目の火の日だから……よし」


 女の子は、工房の入り口横の板に掛けてある木札を、一番左の月のところから二番目の火のところに掛け替えた。板には左から月、火、水、木、金、土、そして赤い丸で囲まれた日の文字が書いてあって、月から土の下には木札が掛けられるようにL字のフックをつけている。日の文字の下にフックが無いのはお休みで掛ける必要がないから。これなら、暦がないこちらの世界でも休みの日がわかるでしょ。

 ちなみに札を掛け替えるのは寮の子の役目。もし間違えていたら、地球組が直したらいいからね。


「今日もさみぃなぁ……」


 少し重そうな足取りでパルフィが入ってきた。


「あ、パルフィさんおはようございます」


「パルフィおはよう。調子はどう?」


「おう、おはよう。んー、まあまあかな」


 ……ちょっと辛いって感じみたい。


「二人とも心配そうな顔すんな。無理はしねえよ。さあ、今日も頑張ろうぜ」






 シュ、トントン、カシャーン

 シュ、トントン、カシャーン

 シュ、トントン、カシャーン


「それがね、うちの旦那が淡白なのよ」


 淡白?

 機織り機の音に混じって、ベテランの奥様たちの話が聞こえてくる。


「うちもそう。仕事がきついのは分かるけど、もうちょっと頑張ってほしいわ」


 何の話だろう……


「二人ともまだ若いのに……そうだ! それならニンニクをたくさん食べさせてみたら。あたしは張り切ってもらいたいときに、そっと料理に混ぜ込んでるよ」


 に、ニンニク……もしかして夜の話なのかな。ベテランの奥様たちはそういう話題が好きみたいで、よく話している。おかげで若い私たちも色々と知ることができて助かるんだけど、きわどい内容の時は赤面しちゃうことも多いんだ。


「へへ、今のあたいにはちょっと無理そうだな」


 織りあがったタオルの糸の始末をしながらパルフィが呟いた。つわり中だから、匂いのきついニンニク料理は厳しいのかも。


「あ、パルフィちゃんごめんね。つわりはまだひどいの?」


「いや、もうだいぶんましだぜ」


 二週間ほど前がきつかったみたい。


「辛かったら遠慮せずに言うのよ。おばちゃんたちはみんな経験者なんだから」


 そうそう、対処法を知っているから万一の時も安心だ。


「ありがとな。でもよ、こいつが育っている証だから、全然嫌じゃねえんだ」


 パルフィがお腹の下の方を擦りながら答えた。

 ふふ、あの時にチャムが言ってたことだ。


「それにしても、今の時期でもそれだけ残っているってのが気になるわね」


「確かに、もう落ち着いていてもいい頃なのに……」


「あれよ、私は双子じゃないかって睨んでいるんだけど」


 双子……


「そうなの?」


「そうよ。私の姉の最初の子が双子だったんだけど、その時の姉とパルフィちゃんは同じ感じなのよ。たぶんこれからお腹がどんどん大きくなってくるはずだわ」


 そういえば、双子の時はつわりがきついと地球のお母さんから聞いたことがある。


「パルフィ、双子だって」


「ああ、もしそうだとすると嬉しいな」


 パルフィは自分のお腹をとてもやさしい目で見つめていた。

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