第183話 一、二ヶ月。それくらいなら、なんとか……
〇(地球の暦では11月8日)テラ
「それ!」
工房の作業部屋のゴザの上に今年の秋に収穫した綿が広げられる。
「おぉー、なんか去年よりも立派な気がしませんか?」
手に取ってみてみると、確かに一個一個が大きいみたい。去年は私も慣れてなくて試行錯誤しながらだったから、育ちがいまいちだったのかも。
「ジャバトのおかげだね」
今年の綿花は、地球で凪ちゃんが栽培法を調べて、こちらでジャバトが村の人に作り方を教えていた。水やりや追肥のタイミングを、きめ細かく指導できてたのがよかったんだと思う。
「はい、戻ってきたら伝えておきます。さて、それでは始めますか」
工房の女子部の面々は、それぞれの前の綿の固まりを手に取っていく。
「この黒いやつかな……あ、あれ? こいつしぶとい。これ、どうしたらいいんですか?」
うーん、初めての子には難しいか……
今日は収穫した綿の中から綿花の種を取り出す作業をするんだけど、この種が曲者で、しっかりと綿毛に包まれているものだから簡単に取り除くことができない。というのも、綿花は元々海岸付近に自生してて生息範囲を広げるために海流や風を利用していたみたいで、長い間海に浮かんでいても大丈夫なようにふわふわの綿で種を保護しているということらしい。
「ほら、こうやって一度開いてから……どう?」
「こうですか? ……あ、取れた!」
今年新しく入った職人さんには、去年からいるベテランさんが教えることになっている。早く作業を覚えてもらわないといつまでたっても終わらないから、教える方も覚える方もみんな真剣だ。
「皆さん、綿はこっちに、種はこちらの籠の中にお願いします」
ゴザの真ん中に、綿の部分と綿毛が付いた種の部分が集まっていく。実はこの種、綿毛がついたまま植えても発芽するみたいだけど、綿は貴重だからできるだけ回収したいのだ。
「さてと、そろそろこいつの出番です」
ルーミンが木製の機械を指さす。これは綿花の種取り器。綿花を育てる畑が増えて大量の綿を処理しないといけないことがわかっていたから、パルフィとユーリルに頼んで作ってもらったんだ。
「いきますよ……」
ルーミンが右手のレバーを時計回りに回すと、真ん中の二つの回転体がそれぞれ内側に向かって回り始める。そこに、綿毛のついた種を差し込むと……
「すごい! 綿だけが出てきた!」
こんなふうに、綿は回転体に吸い込まれて先の方に、種は手前に落ちてくるようになっている。うん、竹下が見せてくれた設計図通りだ。
「邪魔するぜ」
パルフィが入ってきた。
「ちょうど今、種取り機を使っているところなんだ」
「そうか。お、うまく動いているみてえじゃねえか」
ルーミンと交代したコペルも問題なく使えているみたい。
「おかげで捗りそうだよ」
「そいつはよかった。それでよ、ユーリルはいるか? 外に見当たらなかったんだが……」
「ユーリルさんなら、男手衆の方々とレンガ作りに行かれました」
春になったら、アラルクの新居や新しいお風呂の建設のためにレンガがたくさん必要になる。雪が降り始めるとレンガを作ることができないので、今のうちに少しでも準備しておこうというわけ。
「そっか、帰ってくるまで待たせてもらっていいか?」
「もちろん」
パルフィに座布団を差し出す。
「ありがとよ……あのさ、今、ミサフィさんとこ行ってきたんだ……」
母さんのところならきっとあのことだ。みんな手を止めて注目しているけど、パルフィはその先を言わない。
「パルフィさん、もったいぶらずに言ってください。さっきから口元がほころんでいますよ」
そうなのだ。ここに来た瞬間からパルフィの頬がぴくぴくと、笑いを堪えているときのあれだ。
「かぁー、やっぱわかるか」
「わかりますよ。おめでたですね」
『へへ、みてえだな』と呟いて、パルフィがお腹の下の方を擦る。
この前から生理が来ないって言ってて、母さんに相談していたもんね。
「いつ頃のご予定ですか?」
「ミサフィさんは夏だろうって言ってたぜ」
夏か……
「それなら、しばらくは安静にしとかないとだね」
妊娠して間もなくは、いろいろな変化に体がついていかないことがあるし、何より流産の恐れがあるから無理は禁物だ。
「ああ、でだ。相談があるんだが、春頃までこっちにいさせてもらって構わねえか?」
「大歓迎だよ」
ここなら力仕事はほとんど無いし、ベテランのお母さんたちも揃っている。万一の時も安心だ。
「パルフィさん、鍛冶工房の方はいいのですか?」
「おぅ、あいつらにはそうなった時には任せると言ってあるし、なんかあったらこっちに来るだろう」
あちらに行くときには、誰かついていってあげよう。
「さてと、早速だが、今日の作業を教えてくれ。ただ待っているだけってのは、性分に合わなくてよ」
〇11月9日(土)地球
「竹下先輩、おめでとうございます。それでは、かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
武研が終わった後、竹下、海渡、風花、凪ちゃんに僕の家に来てもらった。
「う、うめえ。みんなありがとな」
竹下の顔は早くもデレデレだ。
「先輩、来年にはパパさんですよ。どんなお気持ちですか?」
「どんなって……とにかく嬉しい。これに尽きる……が、本当にこの俺にできるのかって感じだな」
17歳でパパなら一応あちらでは特別に早いというわけではないけど、ユーリルは小さい時に親を亡くして奉公に出てるから、子育てについて教えてくれるような大人はいなかったはずだ。だからといって、こちらの親に相談するわけにもいかないから不安なんだろう。
「ご心配いりません。お二人のお子ならここにいるみんなの子供も同然です。大船に乗ったつもりでいてください」
「そ、そうか。何かの時にはよろしく頼むな」
タリュフ父さんやミサフィ母さん、それに村の人たちだってみんな協力してくれるはずだよ。
「それで竹下、パルフィは今が一番大切な時期だから、無理させないようにしてね」
「お、おう。料理は俺ができねえからお願いしねえといけねえけど、井戸の水汲みとかはやることにしたぜ」
「それだと、朝から大変ではないですか? 馬の世話、僕が変わりましょうか?」
工房所属の三頭の馬とタリュフ家の馬は、引き続きユーリルとテムスが担当して面倒を見てくれている。
「凪、サンキューな。でもよ、馬たちに会うのは嫌いじゃねえし、そんなに負担にならねえから構わねえよ」
馬たちもユーリルだとよく言うことを聞くしね。
あとは……
「竹下、わかっていると思うけど、しばらくの間、夜の方は控えなきゃダメだよ」
「よ、夜!? しばらくって、どれくらいなんだ?」
妊娠初期は特に危ないし、あちらにはゴムが無いから……
「少なくとも、これから一か月か二か月くらい。その後はパルフィの体調次第かな」
「一、二ヶ月。それくらいなら、なんとか……」
「本番さえしなければ、普通にイチャイチャする分には構わないからパルフィのことよろしくね」