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第181話 それじゃ始めちゃおうか

 人の気配がしてきたので外に出てみると、行商人の人たちが農具や織物などの食べ物以外の商品を屋台の上に並べ始めていた。


「お、ソルちゃんじゃねえか。どーなつとやらの準備はすんだのかい?」


 カイン隊のベテランの行商人さんだ。


「そろそろ時間なので、工房の女の子に任せてきました。おじさんの方はどうですか?」


「俺の方か? 任せておけと言いたいところだが、この値札ってやつに書いてある値段でしか売れねえってのが残念だな」


 リュザールは、お客さんとの価格交渉も行商人の醍醐味だって言ってた。

 ちなみにおじさんが売るのは()()()、5枚セットで硬貨1枚。日本円だと1枚100円くらいだね。羊皮紙に比べたらかなり安いけど、普段使いするにはまだまだ高い。手間暇を考えたら仕方がないんだ。


「ごめんなさい。みんなに渡した硬貨に限りがあるし、平等にしたいからお願いします」


「まあ、いいってことよ。それにしてもこの硬貨ってやつが、本当に麦の代わりになるとしたら大したものだ」


 おじさんは、参考のために渡している硬貨をしげしげと眺めている。


「うまくいきそうですか?」


「大丈夫じゃねえか。ほら、そこのやつらも興味持っているようだしよ」


 ほんとだ。おじさんが指さす先、若者についてきた他の村の行商人たちが、自分たちの担当の屋台で硬貨を使った買い物の予行練習をしている。


「おじさん、何かあったら私かリュザールに声をかけてください」


「おうよ。ソルちゃんもこれから挨拶なんだろう。しっかりな」


 ははは……






 屋台に料理が並び始めた頃、若者たちが集まり始める。違う色の札を付けた男女があちらこちらで楽し気に話しているのを見ると、ほんと昨日の準備から手伝ってもらってよかったと思う。


「いやー、ソル、今日はよろしく頼むよ」


 さっぱりした表情でエキムが近づいてきた。


「それはこちらからもお願いしたいけど、お風呂はどうだった?」


 エキムたちタルブク組は、収穫祭が終わったらすぐに出発しないと雪で山が閉ざされて帰れなくなる。だからタルブクの女の子たちには、昨日の夕方、優先してお風呂に入ってもらったんだけど、男の子の方は時間的に無理かなと思っていた。そしたらエキムが後生ごしょうだからちょっとだけでも頼むと言うので、今日の朝から急遽お風呂の準備をしたというわけ。


「もう、最高! パルフィに聞いたら、うちの鍛冶職人を一緒に連れて帰っていいっていうからさ。春を待たずに、俺の村にも風呂ができそうだぜ」


 うんうん、あの子は本当に頑張っていた。パルフィもしきりに褒めてたもん。


「今回はとりあえず帰るのを認めただけだ。落ち着いたらまた来てもらうぜ。独り立ちにはまだまだ足りてねえからな」


 当のパルフィの登場だ。


「うん、わかってるって。本人も夏前には戻りたいって言っていたから、その頃にまた隊商を出すよ」


 タルブクの鍛冶職人さんには力をつけてもらって、将来は硬貨の作成もお願いしたいと思っているんだ。パルフィたちばかりに負担をかけるわけにはいかないからね。


「それでよ、エキム。おめえんとこのコルト、大きくなったらあたいたちのところに婿としてくれねえか? 」


 む、婿!?


「え? ついこの前結婚したばかりだよね……パルフィ、もう、女の子を妊娠したの?」


「いや、まだわかんねえけど、これから何人もこしらえるんだ。そのうち女も生まれるに違げえねえ」


 何人もって……


「気持ちは嬉しいけど、コルトは俺の後にタルブクの村長むらおさを継いでもらわないといけないから、よその村にはやれないよ。それに、コリンを貰う約束をしちゃってるし」


「ねえ、エキム。アルバンとのその話は決まったの?」


「いや、あの時話したっきり。でも、うちに来てくれるだろう。コルトほどのイケメンはそうそういないって」


 えーと、アルバンはまだコルトくんに会ってないんじゃ……


「まあ確かにコルトはイケメンになりそうだな。婿の件はともかく、ちょっとデカくなったらコルトをあたいんとこに弟子に出さねえか。あいつ、昨日風呂入った時にあたいの指を力強く握りやがったんだ。ありゃあ、いい鍛冶師になるぜ」


「鍛冶師か……これまでのように羊の放牧で生計を立てさせようと思っていたけど、それもありだな。親父たちと相談させてくれ。あ、うちのやつらが来た。またな!」


 エキムはタルブク組の方に駆けて行った。


「パルフィ、婿と聞いてびっくりしたけど、弟子の勧誘だったんだね」


「いや、どっちも本命だぜ。聞いた感じじゃ、許嫁ちゅうてもぼんやりした感じじゃねえか。なら、こっちに来させさえすれば、あとは本人同士が決めるだろう」


 それもそうだ。親同士がとやかく言うよりも本人の意思を尊重しないと……おっと、リュザールが手招きしてる。


「呼ばれたから、行ってくるね」


 パルフィに手を振り、リュザールが待つ広場の入口へと向かう。


「もう、みんな集まったの?」


「うん、全員来てる」


 まだお昼前だというのに、気合入ってるな。


「行商人さんたちは大丈夫?」


「今か今かと待ち構えているよ」


「それじゃ始めちゃおうか」






「はい、みんな、座ってー。始めるよー」


 リュザールが手を振り声をあげると、騒がしかった会場が徐々に静かになっていく。前から思っていたけど、リュザールの声はよく通る。スピーカーとか拡声器とかなくても注目が集まってくる。


「これから収穫祭を開催します。まずは責任者であるソルの話を聞いてください」


「皆さん、こんにち……」


 な、何?

 突然ざわつきだした。昨日も責任者として話したよね。もしかして、忘れられちゃったの……

 ん? みんなの視線が後ろの方に……


「にゃお」


 聞きなれた声に振り向くと、カァルがしっぽを立てて近づいて来ていた。収穫祭に合わせて帰ってきてくれたんだ。


「今からお話するから、ちょっと待ってて」


 足元までやってきたカァルの背中をひと撫でして、改めてみんなの方を向く。


「えーと……」


 やっぱりカァルが気になっちゃうか……みんなの視線は釘付けのままだよ。


「この子は、このあたりをナワバリにしているユキヒョウのカァルです。訳あって、この前までうちで育ててました。悪戯しなかったら噛むことはないので、優しくしてやってください」


 山の神様の使いを相手に悪さをしようとは思わないだろうけど、念のためね。


「さ、触ってもいいのですか?」


 カァルの方を見る。


「にゃ!」


 首を横に振った。


「ごめんね、ダメだって」


 人が多くて気後れしちゃったのかな。まあ、今日はカァルが主役じゃないから、ちょうどよかったかも。


「それでは皆さん、昨日お話した注意事項を守って、収穫祭を楽しんでください」


 今日一日しかないから、悔いの無いように過ごしてほしい。

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