第180話 何個でもいいよ
〇10月23日(水)地球
「すごい! もうですか!?」
「しーっ! 声が大きいです」
海渡がきょろきょろと辺りの様子を伺う。
「パルフィさんはまだわからないって言ってたらしいので、竹下先輩には内緒ですよ」
朝の散歩の時間、早めに来た風花と凪ちゃんにパルフィのことを話した。女の子組はみんな気になっていたからね。ちなみに、同じく女の子組の海渡には昨日ルーミンの時に伝えている。
「もしそうだったら、お姉ちゃん喜ぶね」
「はい、早く赤ちゃんが欲しいと言っておられました。それに、お二人のお子さんならきっと可愛いですよ」
うん、僕もそう思う。パルフィは東洋的な顔立ちの美女だし、ユーリルもあれはあれでイケメンの部類に入る。その二人の遺伝子を受け継ぐんだから、可愛くないはずがない。おっと、
「みんな、普通にしてて」
竹下がわき道から出てきた。平常心平常心……
「ふわぁ、おはよう。昨日は大ごとにならなくてよかったな」
「お、おはよう。ほんとだね、勘違いでよかったよ」
実は昨日お風呂から上がった後、ちょっとした騒ぎがあった。一人20枚ずつ渡していた硬貨が足りないといって、探し回っている子がいたのだ。泥棒が出たのかと思って身構えたんだけど、よくよく調べてみたらその子の荷物の中に紛れ込んでいたというオチだった。どうやら、キラキラに光っている硬貨が珍しくて袋から出したり入れたりしていたみたい。
「やっぱり、明日、収穫祭の直前にお渡しした方がよかったのでしょうか?」
「まあ、想定した範囲じゃん。明日は忙しくて渡す暇ないって」
事前の打ち合わせで硬貨を渡すタイミングを前日にすることに決めたんだけど、その時に盗難の被害や取り合いになる可能性も考慮していた。
「行商人がいるのが抑止力になっているのかもね」
風花の言う通り、今回、若者たちの他にそれぞれの村の隊商に所属している行商人もついてきてくれている。つまりカインで問題を起こしてしまったら、その村の隊商から要注意人物とみなされて相手にされなくなる可能性が高い。そうなると、その村で生きていくことが難しくなるってことをみんなが理解しているんだと思う。
「それでさ、俺、夕方まで見回り班だったし、戻ってからもあの騒ぎで聞く機会を逃しちまったんだけど、みんなそれぞれのパートナーを見つけられそうなのか?」
「そうですね……ビントから来たルーミンの幼馴染の女の子は、気になる子がいたと騒いでいましたよ」
ルーミンが最初に紹介してくれた時に、その子は相手をどうやって見つけたらいいのかわからないって言っていた。これは手助けが必要そうだとルーミンと話していたんだけど、ビビッと来た子がいたみたい。
「ボクの近くでも、一緒に作業しながらいい感じになっている子たちがいたね」
村の中にいても出会いは限られる。みんなこの機会を逃さないように頑張っているんだと思う。
「お、幸先よさそうだな。予想以上にカップルができるんじゃねえか?」
「だいたいはいい感じなのですが……」
凪ちゃんが口を濁した。もしかして……
「まさか、アラルクか?」
うんと頷く風花と凪ちゃん。
「マジか。あいつあんなに張り切ってたのに、ダメだったのか?」
「ま、まだ、明日があります。ただ、アラルクさんって体が大きくて強面でしょ。それで敬遠されているみたいで……」
優しいんだけど、あのガタイじゃパッと見でわかれという方が無理がある。
「樹先輩、樹先輩……」
海渡から袖を引っ張られる。
「何?」
「昨日のあの子どうですか?」
昨日の子……
「あ! 黄色い札の子!」
「ですです」
「黄色い札ならナムルの子ですか?」
「そう、凪ちゃん知らない?」
その子の特徴を伝える。
「たぶん、村の西の方に住んでいたマルカちゃんだと思うけど、筋肉フェチだったんだ……」
筋肉フェチ……
「えっと、それかどうかわからないけど、体が大きくて力が強そうな人を気にしてたよ。その子いくつなの?」
「僕よりも一つ上の15歳です」
ちょうどいい。15歳なら来年の春にはカインで結婚できる年齢になる。あとは……
「その子、カインに来てもらえそう?」
「お兄さんがいたので、家を継ぐ必要は無かったと思います」
ますますいい。
「明日は、何とかしてその子とアラルクを接触させよう」
「それはそうした方がいいと思いますが、アラルクさん大丈夫でしょうか?」
「あ……」
アラルクの必死さに、ドン引きしているマルカちゃんの姿が浮かんでしまった……う、他のみんなも一緒みたい。
「と、とりあえず。みんなでフォローしてあげよう」
〇(地球の暦では10/24)ソルの世界
「こう?」
テムスは恐る恐るという感じで、新しくできたばかりの型を手で押さえつけた。
「離してみて」
テムスが型を持ち上げると、台の上には真ん中に穴の開いた生地が残っている。型崩れもしてないし、空気が残っている様子もない。
「よくできてるよ」
これなら揚げても爆発せずに、きれいなオールドファッション風のドーナツができそうだ。
「へへ、僕、台所手伝うの初めてだけど、簡単だね」
それはパルフィが作ってくれた型のおかげで、前回は一個一個を細長く伸ばしてそれを丸く繋げて……まあ、いいや。
「うん、すごく上手だね。残りもできるかな」
テムスと一緒にドーナツの型抜きを続ける。
「ふぅ、結構やった気がするけど、ソル姉、今日は一人何個までいいの?」
「何個でもいいよ」
「何個でも!? すごい! 太っ腹だねぇ」
太っ腹って……テムス、ルーミンあたりの言葉を真似たんだな。
今回個数制限をしてないのは、砂糖の宣伝のために欲しいだけ食べてもらおうという訳ではなく、プロフや羊の丸焼きといった定番の他に、この世界でたぶん初めてとなる料理やお菓子をたくさん用意しているからなんだ。いくら若い子たちが集まっているとはいえ、全部平らげてしまうのは無理だろう。それに硬貨は一人20枚、交換できる量に限りもあるしね。
「ソル、油の準備できたよ」
さてと、もう少しで収穫祭が始まる。それまでにたくさん作っておこう。
女の子組:双方もしくはどちらか一方の世界で女の子。
男の子組:双方もしくはどちらか一方の世界で男の子。
穂乃花=パルフィは女の組。竹下=ユーリル、暁=エキムは男の子組。
樹=ソル、海渡=ルーミン、風花=リュザール、凪=ジャバトは両方に入ります。