第179話 あたいたちもすぐにそうなっから
夕方、チャムとコルトくんを連れて鍛冶工房横のお風呂小屋まで向かう。
「帰って来た子たちがみんな口を揃えて言うの。気持ちがよかったって。それを聞いた私の気持ちってわかる? うー、あみゅ」
チャムが尖らした口をコルトくんが触っている。
「ごめんね。私も早く作りたかったんだけど、一人では無理だったんだ」
ユーリルとパルフィが地球と繋がったからこそ、テラにお風呂ができたと言っても過言でないと思う。
「まあいいわ、タルブクでも春になったらエキムが作ってくれるみたいだし。それで、私とコルトも使わせてもらってよかったの?」
「もちろん、今日は色々と手伝ってくれたんだから、遠慮しないで」
収穫祭の準備が終わった後で、他の村から来た若い女の子たちにお風呂を体験してもらう予定にしていた。チャムは厳密にいえば対象ではないけど、チャムが声をかけてくれた後からタルブク組の目の色が変わり、他の村の子たちの間でも動きがあったんだよね。今日のMVPで間違いないと思う。
「それなら遠慮なく……それにしても、小川しか無かったのにこんな立派なものができているなんて驚きよ。それで、どうしたらいいかわからないんだけど……」
「大丈夫、初めての人には誰が一緒に入ってあげることになっているんだ」
建物の前で立ち止まったチャムを中に入るように促す。
「一緒にってことはソルが教えてくれるんでしょう」
「うん、それともう一人ね」
脱衣場のドアを開けるとその人が立っていた。
「待ってたぜ」
「あなたは……確か、パルフィさん?」
「おう、パルフィと呼んでくれ」
「パルフィは、つい最近結婚したばかりなんだ」
「あら、おめでとう」
「それで、赤ちゃんと一緒に入ってみたいくてよ……構わねえか?」
「ふふ、もちろんよ。それで?」
チャムにお風呂の入り方を伝える。
「え? 裸になるの? みんなで?」
「うん、みんなで入る時はね……もしかして嫌だった?」
嫌なら、ここで入り方を教えて、チャムとコルトくんだけで入ってもらうしかない。
「嫌というか……コルトを産んでからお腹周りがちょっと……」
お母さんたちは、この世に新しい命を誕生させる時に代償を払うことがある。その一つが体型なんだけど……
「ま、あたいたちもすぐにそうなっから」
そうそう、パルフィは子供を作ろうと頑張っているし、私もリュザールと結婚したらきっとすぐだ……
「ふふ、そうね。二人は女の子だものね。はい」
コルトくんを私に預けたチャムは、着ている物を脱いでいく。
確かに以前よりもふっくらした感じはあるけど、そんなに変わらないような……
「こら、ソル」
いけない思わずジロジロ見ちゃってた。
腕の中のコルトくんを落とさないように、ゆっくりと湯船につかる。
「あばぁぶぅ」
おっと、コルトくんが目をぱちくりさせている。まずは慣らさないと……首よりもちょっと下まで体を沈めて、ちゃぷちゃぷとお湯をかけてあげる。
「お、目を細めたぜ。気持ちよさそうだ」
お湯は、いつもよりもちょっとぬるめ。コルトくんに負担がかからないようにしてみた。
「これがお風呂ね。戻ってきた女の子が騒ぐのもわかるわ……」
湯船の中のチャムも、気持ちよさそうにうーんと手を伸ばしている。
「それとね、清潔にしているとお母さんも子供も病気にもなりにくくなるんだ」
「清潔か……普段からマメに拭いていたつもりだったけど、全然足りてなかったのね」
体を洗う時のチャムは、石けんの泡がなかなか立たないことに驚いていた。
「おう、汚れが残っていると雑菌が増えて、いろんな悪さをする。キレイにしとくに越したことはねえな。ほら、ソル次はあたいに」
コルトくんをパルフィに渡す。
「へへー、今、六か月くれえだろう。可愛いな」
「ろっかげつ?」
チャムが首をひねった。
「おっと、いけねえ。一年の半分くれえだな」
こちらの世界にはしっかりとした暦が無いんだけど、一年という期間と春と秋の中日はなんとなくみんなわかっている。もちろん村長とか行商人とかは正確に昼と夜の長さが同じになる日を知ってて、作物を植えたりするときの参考にしているんだ。
「一年の半分か……もうそんなにたつんだ。なんか、あっという間だった。それで、パルフィのところは赤ちゃんを作っても大丈夫なの?」
「おう、旦那がしっかり働いてくれるし、鍛冶工房のやつらも任せろって言ってくれているからな……で、ちょっと聞きてえんだが、つわりってきついのか?」
私も気になる。母さんは自分は大したことなかったって言っていたけど……
「そうねえ。ご飯食べてて突然吐き気がきたり、何でもなかった匂いに敏感になったり……最初は辛かった」
やっぱりそうなんだ。
「それで、どうしたらいいかエキムのお母さんに相談してみたんだけど、この子が大きくなっていっている証だって言ってくれたんだ。そしたら全然気にならなくなっちゃった」
おぉー、なるほど。
「いい、義母ちゃんじゃねえか。ためになったぜ」
ん? パルフィがコルトくんを支えてない手で自分のお腹をさすっている……
「ふふ、ほんと近そうね」
こ、これは、そういうことだよね。
「……わかるの?」
パルフィのお腹を見る。
「なんとなくな。今はまだ、だといいなって感じだから、ユーリルには言うなよ」
「もちろん」
私からは言わないよ。パルフィから聞いた方がユーリルも喜ぶと思う。
「それにしても、ソルがあんなに堂々と話すなんて驚いた。私がいた頃はとにかく目立たないようにって感じだったのに」
「はは、そうだったかも。工房の責任者になってからは、みんなの前で話す機会が多いからね」
今でも緊張するけど、以前ほどじゃ無くなったかな。みんなが話に興味持っているか、そうじゃないかくらいはわかるようになった。
「ふーん、さすがね」
さすが……
「あぶぅー」
「おい、ソル。コルトのやつ、そろそろよさそうだぜ」
ほんとだ。目がトロンとしてきた。
「のぼせちゃうからそろそろ上がろうか」
今日はゆっくり休んで明日に備えなきゃ。
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