第177話 僕は今のままでいいの?
〇(地球の暦では10月22日)テラ
「…………か?」
「いや…………」
お昼を過ぎた頃、工房の外が騒がしくなってきた。
どうも、誰か来たって話をしているみたい。東からならエキムたちかな。
「ソルさんおられますか?」
シュルトからきた砂糖職人さんが覗き込んできた。
「いるよ。どうしたの?」
「テンサイ畑に向かった仲間が、東の山を降りてくる馬に乗った一団を見たと言って戻って来たのですが、何か聞いておられますか? 盗賊では無さそうなんですが……」
やっぱり。
「聞いてないけど、もしかしたらタルブクの人たちかも。隊商の人たちが収穫祭のことを伝えるって言っていたから」
「それなら到着を待たれますか?」
「いや、俺が見てくる。万一のことがあったらいけねえからな」
打ち合わせ通りに、ユーリルが出ていく。昨日暁が今日着くと言っていたから、ユーリルに迎えに行くように頼んでいたんだ。
「ほんと? マジ?」
「マジ。俺も驚いた」
戻ってきたユーリルからの知らせに耳を疑った。
到着したのはタルブク隊(タルブク所属の隊商)とエキムたちだったんだけど、同行者に収穫祭に参加する予定の若者だけでなく、チャムとその子供がいたらしい。
馬に乗ってか徒歩での移動が基本のこちらの世界、子供が小さいうちは危険だから旅に出ることはほとんどない。それなのにチャムが子供を連れてきたのは、夜逃げということはないはずだからセムトおじさんたちに初孫を見せるためかな……
「暁は何も言ってなかったよね」
「ああ、毎日連絡くれたのにな」
そうそう、山の天気はどうだったとか、景色がキレイだとかばかりで、同行者も相手の決まってない若者を三人連れて行くとしか言ってなかったはず。
「お、着いたようだぜ」
外が騒がしくなってきた。とにかく会って話をしてみよう。
「チャム!」
外に出てみると、タルブク隊の中にほんとにチャムがいた。それも小さい男の子を抱えて。
「ソル、春以来だね」
「うん、その子があの時の赤ちゃん。暁から無事に生まれたって聞いてはいたんだ」
チャムは暁とエキムが繋がっていることを知っているから、わざわざ知らないふりをする必要はない。
「そうだよ、ソルに見てもらいたくて連れて来たの」
「私に? セムトおじさんやサチェおばさんじゃなくて?」
「父さんと母さんはついでかな。あ、これは言わないでよ」
うんと頷く。私に会いに来てくれたのは嬉しいけど、なんでだろう……
「ソル、話しているとこ悪いけど、村長に取り次いでもらえるか」
おっといけない。話はあとだ。
「エキム、ゴメン。すぐに呼んでくる」
みんな長旅で疲れているから、休んでもらわないとね。
「ソル、ちょっといい?」
父さんがタルブクの人たちの泊まる場所を割り振った後、チャムが近づいてきた。
「何? 何か足りないものでもあった?」
旅の荷物はギリギリしか持たないから、きっとおしめとか大変だったはず……そうだおしめ!
「チャム、綿のおしめがあるの。すぐに取ってくる!」
「待って、ソル。綿のならうちの隊商がたくさんもってきてくれたよ」
そうなんだ。糸車や荷馬車やタオルとかは隊商ごとに渡す量を決めているけど、その他の物はそこまで厳密に管理していない。そういえば、おしめの在庫が少し減っていたことがあったかも。
「えーと、どうしたの?」
なんか、積もる話をしたいという感じでもなさそうなんだよね。
「あのね、うちの子を抱いてもらえないかな」
「もちろん!」
なんだ、そんなことか。私も落ち着いたらお願いしようと思っていたところだよ。
よっと。
チャムからおくるみに包まれた男の子を受け取る。
「お名前はなんでちゅか?」
「コルトといいます。ソルお姉ちゃん」
チャムが答える。
暁から名前も聞いていたけど、こういうやり取りは必要だよね。
お!
コルトくんが手を伸ばしてきた。
はい、握手。ふふ、小っちゃい。
「もう首が座ってるね」
「うん。一人でお座りもできるんだ。それで、今回一緒についていくことができたんだけど、よかったよ、病気になる前にソルに抱いてもらえて」
「え!? 病気なの!」
「ううん、元気元気。でも、これくらいの時って一番大変でしょ」
そう、だから子供が小さいうちは大事に育てることになっている。やっぱり、もう少し大きくなってから連れて来た方がよかったんじゃ……
「おーい、隊商が到着したぞ!」
たぶん、バズランさんたちだ。
「チャム、ごめん。受け入れの手伝いをしないといけないんだ」
「わかった。また明日ね」
チャムはコルトくんを連れて、セムトおじさんの家の方に向かって行った。
〇10月22日(火)地球
「暁、チャムに会えて嬉しかったけど、無理させたんじゃない?」
学校が終わった後、暁に電話をかける。
「俺も止めとけと言ったんだけど、どうしてもついてくると言って聞かなかったんだ」
チャムが?
「教えてくれてもよかったのに……」
「ソルに知られたら反対されるから言うなって厳命されてて……すまん」
確かに連れて行くと聞いたら反対していたと思う。危ないもん。
「なんで、そこまでして来たかったんだろう……」
「あー……それはコルトのためだと思う」
「コルトくんの?」
「うん、シュルトにコリンがいるじゃん」
コリンちゃん、村長アルバンの娘さんだね。可愛かった。
「うちの隊商から聞いたんだけど、シュルトで流行病……たぶん風邪だと思う。それが流行った時に子供の中でコリンだけが何ともなかったんだって」
そうなんだ、それはよかった。小さい子は風邪で簡単に死んじゃうことがあるから、かからなければそれに越したことはない。
「それで、平気だったのはソルに祝福されたからじゃないかって、噂になってるらしくてさ」
ん、祝福……
「ど、ど、ど、ど、どういうこと!?」
「最初コリンに会った時にちょっと騒ぎになったじゃん」
「そうだったけど……」
コリンちゃんが歩き始めた時に、偶然ソルが居合わせた。それをアルバンたちが、ソルのおかげだって言い始めちゃって……ほんと参ったよ。
「その後もコリンの成長が他の子供よりも早いらしくて、同じようなものを食べているはずなのに違うのは、ソルと会ったか会わないかじゃないかって話しになっているみたいなんだ」
「そ、それはコリンちゃん自身の問題で、ソルは関係ない!」
元々成長が早い子供はいる。それをソルのせいにされては困ってしまう。
「そうかもしれないけど、俺もソルは特別じゃないかと思っている。本人を目の前に言うのもなんだけどな」
「ぼ、僕は特別じゃない!」
「うん、樹の気持ちもわかる。でもさ、俺たちをあっちと繋げてくれたのは樹だぜ。何でもないってことはないんじゃないか」
「そ、それはそうだけど……」
僕自身、どうしてあちらのソルと繋がっていたのか、なぜみんなを繋げることができたのかわからない。それが特別だと言われたら、確かに特別なんだと思う。
「僕はどうしたら……」
「樹は樹のままでいいと思うぜ。ただ、周りはちょっと騒がしくなるかもしれないけど、その辺は俺たちがフォローするからさ」
俺たちって……
「ああ、心配するな樹。俺たちがいる」
「です。先輩が何であっても、僕たちは変わりません」
え?
慌ててスマホを見る。いつの間にかグループ通話になってる。
「ボクはいつでも樹の味方だよ」
「はい、一緒に未来を作っていきましょう」
みんな……
「僕は今のままでいいの?」
「もちろん。たださ、チャムはチャムで村のためを思ってカインまで来ているから、付き合ってくれたら助かる」
詳しく聞いてみると、チャムはタルブクにいる小さい子供を全員ソルに会わせたいみたいだけど、タルブクとカインの間には3000メートル級の山がそびえていて、万一のことがあってはいけないからまずは自分がコルトくんを連れてやって来たみたい。ソルに会ったからといってどうこうなるとは思えないけど、病気で死ぬ子供が一人でも減ってくれたらという親心は痛いほどわかる。
「わかった。特別なことはできないかもしれないけど、できるだけのことはしてみるよ」