第176話 夫の心得って何ですか?
「助かったぜ。チビッ子のくれたドーナツは美味かったが、ちょびっとだけだったからな」
ユーリルとパルフィは、お皿の上の料理を次々に口の中に放り込んでいる。
「う、うま……うっ!」
「ほらユーリル、慌てるな」
喉を詰めたユーリルにパルフィがカルミル(馬乳酒)を渡す。
「んぐ、んぐ……あ、危なかった。ありがとう。……それにしても、すぐそこに美味そうな料理がたくさんあるのに、取りに行けないってのは辛れえよな」
人がたくさん集まってくるというのもあるんだけど、こういう場合、主役である新郎新婦はトイレ以外で席を立つのを良しとされていない。だからといって、食べることさえできないのかというとそういうわけでもなくて、仲のいい友達とかが気を利かせて持っていくのが習わしみたいになっている。だから、今の時間はみんなもここにはやってこないんだ。
「ほんとだぜ。今日は精を付けとかなきゃいけねえのにな」
そうそう、夜は長いからね……って、ユーリルはなんで? というような顔をしない。
「ま、お二人が食べ終わるまで私たちはここにいますので、先輩、夜に燃料切れにならないように補充しといてくださいね」
「夜? ……あ!」
ユーリル、今日が初夜だってやっと気づいた。ニンニクが効いたプロフを掻きこみ始めたよ。ルーミンの男としての忠告が届いたようだ。
「それでですよ。食べながらでいいので教えてください。夫の心得って何ですか?」
そうそう、父さんからも母さんからもそんなものがあるとは聞いたことがない。
「んぐ、あ、それな。夫たるもの……いや、やっぱダメ。硬く口止めされてんだ」
「口止めを……そんなことを言われますと余計に気になりますね。僕と先輩の仲じゃないですか。教えてくれませんか?」
「そう言われても、俺の口からは言えん。どうしてもというなら自分のパートナーに頼めよ」
パートナー……リュザールの方を見る。
「ボクはまだ聞いてないよ。結婚式の前にしか教えてもらえないらしいんだ」
そうなんだ。
「ということは、ジャバトに聞いても一緒でしょうね……」
そうだろうね。特に今日は、巡回係として村に不審者が入り込んでいないか目を光らせているから。
そうだ、カァルは? 今日一日ユーリルと一緒にいたはず。
「にゃ?」
やっぱり、わからないか。
「よし、こんなもんだろう。お前たち、ありがとな。これで最後まで持ちそうだぜ」
「俺も、うぷ……今日の分は十分……」
うん、二人とも満足したみたい。こちらの様子を伺う人たちも増えて来たし、そろそろ他の人たちにこの場を譲ることにしよう。
「素晴らしい式でした。私、カインでの結婚式は初めてでしたが、盛大でしたね」
部屋で体を拭きながらルーミンが感想を述べている。
「私だって、こんなに人が多いの初めてだよ」
村の人が増えているのもあるんだけど、他の村からもお祝いに駆けつけてくれた人たちがいたんだよね。
「確かに今日は楽しかった。でも、明日から気が重い。片づけ……」
コペルが頭を抱えている。
結婚式のために村の人たちから借りた食器や鍋、それに絨毯を、きれいにしてできるだけ早く返す必要がある。もちろん、村の人たちも手伝ってくれるんだけど、タリュフ家がメインで動かないといけない。
「そうでした。それでは明日に備えて今日は休みますか」
体を拭き終えたルーミンが、夜着を着て布団を敷き始めたので私も手伝う。
今日から三人になるから、余裕をもって並べちゃおう。
〇10月10日(木)地球
「ふわぁ、おはよう。みんな、昨日はありがとな」
朝の散歩の時間、カァルを連れた竹下は眠たそうに眼をこすりながらやってきた。
「いえ、無事に式も終わって何よりですが……竹下先輩、昨日は遅くまで頑張られたのですか?」
余計なお世話かもしれないけど、どうしてもその話題から逸れることはできない。だって、気になるもん。
「が、頑張ったって……ま、まあ、それなりに……」
うまくいったってことかな。子供を作るための本番は初めて。緊張しちゃって失敗してないかってルーミンと話していたんだ。
「おー、それはよかったですぅ。詳しくお聞きすることは?」
「ば、バカ。朝っぱらから話せるか! 俺たちのことはいいから、お前たちはどうだったんだ? パルフィが寂しくしてないかって、何度も心配してたぞ」
あー……
「部屋を広く使えるようになったので、布団を離して寝ようとしてたんですが……」
いざ寝る時になったら、コペルが布団を引っ付けてしまった。急には寂しいからって。もしかしたら、カインに来る前に家族を盗賊に殺されたことが影響しているのかもしれない。
「そうかコペルが……パルフィには俺から言っとくから、そっちの方は頼めるか」
「もちろん」
コペルは家族同然だもん。
「それで、リュザールたちの方はどうだった?」
「テムスがぐずるかと思ったらそうでも無くて、アラルクの方が面倒くさくてさ……」
アラルクが?
「もしかして、いつもの自分だけ恋人がいないってやつか」
「そういうこと」
幼馴染のパルフィが早くも結婚してしまって、思うところがあったのかな。うーん、アラルクのお相手か……バズランさんが連れてきてくれる人たちに期待するしかないな。
「ごめん、着信だ……」
竹下がスマホをポケットから取り出した。
「おはよ、暁……おう、ありがとな。……うん、うん、いや、失敗してねえって……うん、うん、わかった。またな」
「お祝いの電話ですか?」
「ああ、暁から。俺ってそんなに本番に弱いように見えんのかな……」
はは……
「それと、タルブクの隊商も無事帰ってきたってさ」
おー、これでタルブクにも収穫祭の情報が届いたことになる。
「エキムさん、タルブクからも若者を連れてくるつもりなんでしょ。間に合いますかね?」
「今から声かけてだろうから、ギリギリだろうな」
収穫祭の計画を暁に伝えた時、タルブクも参加したいと言っていた。もう何世代も近くの村としか結婚相手を探していないから、そろそろ新しい血が必要みたい。
秋の中日(お彼岸)から30日後の22日にバズランさんが若者を連れてくるから、収穫祭はその二日後に開催することが決まった。エキムたちは、少なくとも22日までに来ないと目的を達成できないと思う。準備の時から一緒じゃないと、誰がいいとか判断がつかないはずだもん。
「風花、タルブクから馬なら八日だっけ?」
「そうだけど、何があるかわからないから最低でも一日は余裕をもって出発しないといけないだろうね」
ということは14日か……あと四日だ。ほんとギリギリだ。