第175話 男には見栄を張らないといけない時があるのです
ルーミンとコペルと一緒に、ドーナツ入りの木箱を抱えて工房の空き地の披露宴会場に向かう。
「うわ、いっぱいですよ」
所狭しと敷かれた絨毯の上には様々な料理が並べられていて、その周りでは早くもたくさんの人たちが食事を楽しんでいた。
「ユーリルたちは?」
「えーと、あ、あそこに」
工房の壁側にユーリルとパルフィが並んで立ち、その周りに人だかりができていた。
カァルは……いた。二人の足元にいる。しばらくあそこから動きそうにないな。
お、長老さんが咳払いをしたぞ。
「皆の者、今日はよく集まってくれた。今年は多くの実りに恵まれ、無事冬を迎えることができそうだ。これもひとえに……」
「長老! 長くなりそうならいったんプロフを取りに行っていいか。さっきからいい匂いがして腹が鳴ってんだ」
みんなから、わははそうだそうだと声が上がる。
「久々なんだからいいだろう…………あーもうわかったよ。儀式は滞りなく進んだ。よって、ここに二人の結婚が相成ったことを宣言する!」
「おめでとう。パルフィ!」
「しっかりやれよ。ユーリル!」
「そうそう、尻に敷かれるんじゃねえぞ」
「わ、わかってるよ!」
ふふ、みんなが二人を祝福している。
「これでお二人は名実ともに夫婦ですね」
「うん、村のみんなが知っちゃったからね」
結婚の宣言。いつもなら村長の父さんがするんだけど、今日はユーリルの親代わりだから長老さんがその役目を果たしてくれたみたい。
「それで、これはどうする?」
コペルは手元の木箱を持ち上げた。
「みんなに食べてもらいたいんだけど……」
配るのはいいとして、初めてのものに手を出してくれるかな……そうだ!
「コペル、先に食べてみる?」
「いいの?」
ルーミンと二人でうんと頷く。
揚げるときはちょっとだけだったけど、生地を作る時はずっと手伝ってくれたからね。それに、地球と繋がっていないコペルに砂糖の甘さを知ってほしい。
「数があまりないから一個だけ……」
ドーナツが入った木箱を絨毯の上に置き、中から一つをコペルに手渡す。
「ずっといい匂いがしてて気になってた」
コペルは手に持ったドーナツを小さく千切って、口の中に入れた。
「!!」
コペルが固まった。硬かったとか?
「あまい……」
よかった。
「残りもどうぞ」
「ソルたちは?」
「私たちは地球でも食べられるから」
「です。なので遠慮せずに、お手元のもパクっといっちゃってください」
「それなら……はい」
コペルは手に残ったドーナツを半分にして、私たちの前に差し出してきた。
「もしかして、口に合わなかった?」
「凄く美味しい。でも、二人が食べないのは料理人として失格」
そう言われてしまったら、言い返すことができない。ルーミンと共に目の前のドーナツを手に取る。
「もっとおいしいものを作って、私に食べさせる」
うん、そうするよ。コペルって本当にいい子。テムスと一緒になってくれたらな。
ひとかけらのドーナツを口に運ぶ。
うーん美味しい。でも、体が違うと感じ方が違うのかな。ちょっと甘すぎるような気も……ルーミンはどうだろう。
「脳にビビッときちゃいました。甘みに飢えていたんですかね」
甘みに飢える。なるほど、それは言えるかもしれない。
「これはなんだい?」
村の西の方に住んでいるベテラン奥様だ。ここにいるということは、羊料理の方も終わったんだ。
「おばちゃん、一人一個。これはドーナツ。砂糖が入ったお菓子で、そのまま食べられる」
そうそう、なんなのかも伝えないとね。
「砂糖を!? そんな大切なものを私たちが食べちゃって大丈夫なのかい?」
「これからたくさんではないけど、手に入りやすくなる。遠慮する必要はない」
「へぇ、そうなのかい。それじゃ、早速……!!」
ふふ、びっくりしてる。
「驚いた。砂糖って本当に甘いんだね……コペル、あんたさっき手に入りやすいと言ってたけど、それでも私たちでは買えないくらいの値段なんだろう?」
「そんなに高くないはず。ソル?」
「はい、塩よりはちょっと高いかなというくらいだと思います」
「へえ、それならうちでも買えそうだ。使えるのはお菓子だけかい?」
「いえ、料理にも使えます。すぐにではありませんが、料理教室を開きますのでその時は是非来てください」
ルーミンと一緒に、砂糖を使った料理レシピも少しずつ開放していく予定なんだ。
「そいつは楽しみだねえ。このどーなつってやつはこれからみんなに配るんだろう。宣伝しとくよ」
ドーナツ一個をぺろりと平らげた西のベテラン奥様は、早速村の人たちに声を掛けてくれている。
「広まってくれそうですね」
ほんと、大声を張り上げる必要はなさそうだ。
「ふぅ、ようやく落ち着きました」
あれだけあったドーナツもあと少し、ほとんどの村の人に行き渡ったと思う。
「ところでコペルさん。つかぬ事をお聞きしますが、皆さんのお顔を覚えておられますか?」
「覚えている。この村はもう私の村」
生まれ育った村を盗賊の襲われて無くしてしまったコペル。タリュフ家に来てからもうすぐ一年半になるんだけど、カインを第二の故郷だって言ってくれている。
「それでは、あと誰に渡されてないか覚えていますか?」
「だいたいすんだ。けど、お姉さんたちと工房の子供たちがまだ」
お姉さんたちといえば……そうだ、パン窯をお願いしていたんだっけ。確か、子供たちもそこでお手伝いをしていたはず。
「パンをまだ焼いているのかな」
「いえ、あそこにおられるようですよ」
パン窯組はユーリルたちのところにいた。いや、こっちに向かっている。誰かがドーナツのことを教えてくれたみたい。
「ソルねえちゃん、お菓子くばっているってほんと?」
「そうだよ。ドーナツって言うんだ。数がないから一人一個ずつね」
女の子にドーナツを渡す。
「一個なんだ。おばちゃんたちがおいしいって言ってた……ねえ、これをパルフィおねえちゃんのところに持って行っていい?」
「ごめんね。あまりないから、パルフィたちにはやれないんだ」
「そうなんだ……それなら、わたしのを半分こしてきていいかな。食べてないっていってたから」
「パルフィは喜ぶと思うけど、それでいいの?」
「うん、パルフィおねえちゃんきれいだもん。私も何かしてあげたいんだ」
うんうん、お祝いしたいよね。
「あ、それならぼくはユーリルおにいちゃんに半分あげる。いつも遊んでもらっているから」
この子は女の子と仲がいい男の子。さっきルーミンからドーナツを受け取っていたけど、食べずに手に持ったまま。
「それなら、二人のところで一緒に食べたいって言ってごらん。きっと受け取ってくれるはずだよ」
普通に食べてといっても『あたいたちのことは心配するな』と言いそう。でも、二人が揃って一緒ならきっと……
二人はありがとうと言ってユーリルたちのところに向かって行った。
「なんか微笑ましいですね」
「それは同意。でも、男の子もユーリルに渡すのがわからない。さっき、嬉しそうにルーミンから受け取ってた。女の子に付き合う必要はないはず」
はは……
「コペルさん、男には見栄を張らないといけない時があるのです」
まあ、そういうことだよね。
「さて、ドーナツも無くなったから私たちも今日の主役のところに行こうか」
「ですね。ユーリルさんたちに食べ物を持って行ってあげないと、あまり食べていないかもしれませんよ」
さっきから見ていた感じでは、カァルには生の羊肉が振舞われていたけど、二人に料理を渡す人たちはほとんどいなかった。これから男の子のドーナツを半分食べるかもしれないけど、到底足りないだろう。
パンは子供たちから受け取っているみたいなので、プロフ、羊の丸焼き、それに肉まんじゅうなどなどを皿に乗せていく。
「あれ? ソルたちは今から食べるの?」
リュザールだ。
「ううん、ユーリルとパルフィに持って行こうかと思って」
「ふふ、ボクも」
リュザールの手の上のお皿にも様々な料理が乗っていた。
考えていることは一緒だね。




