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第173話 お腹がきゅーきゅーいって大変だったよ

〇(地球の暦では10月10日)テラ



「ソル、これはどこに持って行ったらいいの?」


「それは、家の方にお願い。ユティ姉がプロフ作っているから」


「わかった」


 今年新しく工房に入った女の子が、切った野菜が入った籠を持って寮の台所を出ていく。


「ソル姉、絨毯を運び終わったよ。次は何したらいい?」


 今度はテムスが勝手口から覗き込んできた。

 今日は朝から大忙し。村中総出で、お昼から行われるユーリルとパルフィの結婚式の準備の真っ只中なのだ。


「ありがとう。それじゃ、そこの木箱を村のパン窯まで持って行って、発酵したパン生地が入っているから」


 こちらで食べられるパンは、丸くて大きくてちょっと平べったい生地にいろいろな模様を付けて焼き上げたもの。焼き上がりは……なんだろう…………そうそう、ちっちゃな座布団みたいな形をしているんだ。このパンは家でも寮でも焼けるんだけど、今日のように一度にたくさん焼く必要がある時や一週間分をまとめて焼くときなんかは村の中心にあるパン窯を使う。あそこの大きなパン窯なら時間と燃料の節約になるからね。もちろん、いつもは自分たちで焼かないといけないんだけど、今日は村の若いお母さん方が焼いてくれることになっている。


「木箱っと……うわっ、結構あるね」


 一つの箱にパン生地が三つずつ入ってそれが10箱。朝からこの倍を運んでいて、これは追加の分。


「裏に荷馬車あるから」


「りょ! よいしょっと……」


「私も手伝う」


「助かるよ。コペル姉」


 二人が協力して、木箱を外の荷馬車へ積み込んでいく。ふふふ、よし。


「あ、そうだ。コペル、まだしばらく時間があるでしょう。テムスと一緒に行って帰りにパンをもらってきてくれない?」


「わかった。朝の分のパンがもう焼きあがっている頃。テムス、行こう」


 二人を見送ると、テーブルで作業していたルーミンがニコニコしながらやってきた。


「二人ともいい感じです」


「うん。でもさ、テムスもコペルも奥手で困っちゃうよ」


「ほんと、お互い好意を寄せているようなのに、まったく進まないですからね」


 あと十日もしたら、他の村から結婚相手を探しにたくさんの若者がやってくる。テムスが誰か知らない女の子のものになってしまうかもしれないし、コペルに猛烈アタックをかけてくる人がいるかも。私としては、二人が結婚してコペルがタリュフ家の一員になってくれたら嬉しいんだけどな。


 さてと、こっちも作業を進めなきゃ。かまどの上の鍋に箸を入れてみる。この気泡の出かたなら……


「ルーミン、油の温度いいみたいだよ。そっちは?」


「準備できています。いきますよ」


 ルーミンが真ん中に穴の開いた生地を油鍋の中に次々に放り込む。

 うん、ジュワッといい感じ。


 ルーミンが作っているのは、プロフではなくてドーナツ。もちろん、できたばかりの砂糖を生地に練り込んでいるから、食べた人は驚いて腰を抜かしてしまうかも。でも、


「私たちの分はなさそうだね」


「仕方ないです。砂糖の量に限りがありますから」


 砂糖は今5キロ近くあるし一応今度の収穫祭までにあと10キロほどできる予定にはなっているけど、だからといって全部使ってしまったら次の補充は来年の秋の収穫の時期を待たなければならない。

 私たち地球組はあちらでも食べられるから、それ以外の人たちに振舞った方が砂糖の普及に役立つと思う。


「うーん、甘くていい匂い」


 リュザールだ。


「ごめんね。お客さんの分しかないんだ」


「そうなんだ。残念」


「それで、羊はもういいの?」


「うん、捌き終わって、ミサフィさんたちに渡してきたよ」


 母さんたち村のベテラン奥様方は、羊を使った料理を担当している。ユティ姉のプロフもそのうちの一つだね。


「ユーリルは?」


「今、タリュフさんと長老さんたちから夫の心得を聞いているみたい」


 夫の心得……そんなものがあるんだ。


「お姉ちゃん(パルフィ)は?」


「隣の居間でファームさんたちと一緒だよ」


 本来なら花嫁の家で花婿の迎えを待つんだけど、パルフィのように遠くから嫁いでくる場合は仮の家を作ってそこで待つことになっている。今回はそれが工房の寮というわけ。


「何か手伝うことは?」


 ルーミンと顔を見合わせる。ここの手は足りているし、今回の結婚式の采配はユーリルの親代わりである父さんと母さん。だいたいの流れは聞いているけど、今どこに人手が足りてないか私たちではわからないんだよね。


「ここはいいから、家に行って母さんに聞いてきて。そしてもし大丈夫そうなら、みんなの様子を教えてもらえるかな」


「わかった。二人ともまた後でね」






 それからしばらくして、リュザールが再び寮の台所にやってきた。


「それでね。肉まんじゅうもたくさんできていたし、子羊の丸焼きもいい感じでさ。あっちこっちからいい匂いがしてくるもんだから、お腹がきゅーきゅーいって大変だったよ」


 私とルーミンはドーナツを揚げながら、戻ってきたリュザールから準備の様子を聞いている。わかる。私たちも食べることができないドーナツをずっと眺めていて、お腹が鳴りっぱなしだ。


「カァルはどこにいるの?」


 猫のカァルの言う通り、ユキヒョウのカァルも結婚式に間に合うように帰ってきてくれた。でも、朝から忙しくて相手をしてあげられてない。


「今日はずっとカルムと一緒みたいだよ」


 それなら安心だ。


「みんな集まり始めているけど、パルフィの方は?」


「さっきコペルが帰ってきて、今、着つけの真っ最中」


 カインで花嫁さんが着る伝統衣装に、コルカのお母さんが持って来た髪飾りを付けるんだって。出来上がりが楽しみだよ。


「ソル姉! 父さんがそろそろ出るぞって!」


 外からテムスの声が聞こえた。ここまで入ってこないということはすぐに戻るつもりなのかな。


「わかった!」


 大きな声で外に向かって返事をすると、すぐに駆け出す音が聞こえた。やっぱり……テムスもユーリルたちについていくつもりなんだろう。


「さてと、ボクも行こうかな」


「パルフィを見ていかないの?」


「うん、ユーリルに悪いからね」


 なるほど。確かにそういうものかもしれない。


「私たちはパルフィと一緒にここで待っているよ」

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