第172話 どれだけできたんだ?
「それで、竹下先輩はお父さんになる準備はできていますか?」
「お、お父さん!? ま、まだ早いんじゃね?」
「早くはないと思いますよ。あちらでは普通です」
「そ、それはそうだけど、こっちでは俺たちまだ学生で……」
「ふぅ、男なんですから覚悟を決められたらどうですか。穂乃花さんとパルフィさんはそのつもりですよ」
そう、パルフィは間違って妊娠しないための薬を夏頃からやめていて、すでに生理が始まっている。妊娠しようと思えば妊娠できる体になっているはずだ。
「お、お前はどうなんだよ!」
「僕ですか? ジャバトが結婚できる年になったらすぐに一緒になって子供を作っちゃいますよ。ね、凪ちゃん」
凪ちゃんも力強く頷く。
カインで結婚できる年は男も女も16歳以上。ジャバトは今14歳だから再来年だね。その時のルーミンはジャバトの一個上の17歳。すぐに子供ができたなら、海渡は高校二年生か三年生で妊娠と出産それに子育ての経験をすることになる。
「樹も?」
「僕たちは硬貨の宣伝が終わってからかな」
風花もうんと頷いた。子供ができちゃうと村々を回れなくなるから仕方がない。
「子供……お父さんの気持ちで大学受験を迎える……やれるのか?」
「案ずるより産むが易しのような気がしますが……」
なってみないとわからないこともあると思うけど、海渡の言う通りたいして問題にならないんじゃないかな。
「わ、わかったよ。覚悟決める」
パルフィもファームさんも喜ぶぞ。
〇(地球の暦では10月2日)テラ
「「「おはようございます!」」」
朝の食事を終えた後、工房の寮の台所にルーミンと一緒に向かうと、シュルトからきた職人さんたちはすでにスタンバっていた。
「お、張り切ってますね。早速始めちゃいますよ。えーと……」
ルーミンは水を入れた鍋をかまどに置き、火打石でカチカチと火をつけ、そして、昨日収穫したばかりのテンサイを手に取った。
「昨日はご苦労様でした。ジャバトと皆さんのおかげでこんなに立派なテンサイが600本ほど取れました。重さにしてだいたい麦120袋分はあるみたいです」
職人さんたちから『おぉー』と歓声が上がる。ちなみに麦1袋が5キロだから約600キロだね。
「糖分はこのうちの15%~17%ほどなんですが……わかりますか?」
職人さんたちは首を横に振った。まあ、そうだろう。ちゃんとした四則演算ができるのは行商人と一部の村長さんくらいで、普通の村人はちょっとした足し算や引き算くらいまで。ましてやパーセンテージとかになると意味不明だと思う。
「えっと、これから砂糖というものを作るのですが、麦120袋の重さのテンサイから麦18袋くらいの……」
「ルーミン、まずは砂糖というものを知らないとピンとこないと思うよ」
実はここにいる職人さんたち、聞いてみたら砂糖を見たことも食べたこともないらしい。あまりにも貴重で、普通の家庭で使うことはないから仕方がないと思う。
「そうでした。それでは私がやってみますので見ていてください」
ルーミンは表面を水できれいに洗ったテンサイを三本取り出し、包丁で皮を剥いて刻み始めた。
「まずは甘い部分を取り出すために切っていきます。大きさは、だいたいこれくらいの細さで長さはこれくらいですね」
まな板の上には、短めの野菜スティックくらいの大きさのカットテンサイが積みあがっていく。
「ルーミンさん、小さい方がいいんですか?」
シュルトからの職人さんたち、さすが町を代表して来ているだけあって何事も積極的に聞いてくる。
「そうですね。お湯に甘みを染み出させるのである程度小さい方がいいですね。ただ、あまりに小さくしすぎちゃいますと、後からざるで掬い上げるときにやりにくくなっちゃいますのでご注意を。さて、切るのはこんなもんですかね。次に進みましょう」
ルーミンは先ほど火をつけた鍋にお玉を入れ、掻きまわす。
「沸騰してなくて、手を付けていられない程度の湯加減……これは、まだ手をしばらく付けられるので、もうちょいですね」
テンサイの糖分を取り出すには70度のお湯に1時間半ほど漬け込んでおく必要があるんだけど、こちらには温度計がないから目や手で確かめるしかない。
「熱ちち……そろそろいいようです。切ったテンサイをこの鍋の中に入れてしばらくの間放置します。その間は同じお湯加減になるように心がけてください」
ルーミンはカットテンサイを鍋に入れて、かまどの薪の量を調整し始めた。
「ルーミンさん、どうして沸騰させたらいけないんですか?」
「それはですね。甘み以外も溶けだしてきてしまって、おいしくなくなるからです」
なんかそうらしい。ルーミンはシュルトの職人さんたちに教えるために確定的に言っているけど、実はこれネットで調べたものの受け売りなんだ。
「さてと、待っている間、皆さんもやってみますか?」
シュルト組から当然のようにはいと返事がくる。やらせてみるということは、ルーミン的に手ごたえを感じているのかな。確かに今のところ問題ないように進んでいる。
「ということで、私は火加減を見ないといけないので、ソルさんは指導をお願いします」
こっちにお鉢が回ってきた。まあ、お湯を沸かしてテンサイを切るだけだから何とかなるだろう。
「えっと、それでは始めてください」
シュルトの職人さんたちにルーミンがやっていたようにさせてみる。
「ソルさん、水はどれくらい入れたらいいのですか? ルーミンさんは結構ひたひたの感じでしたけど……」
「うん、あとから沸かして水分を飛ばすから、多いと時間がかかっちゃうんだ。だから、テンサイが隠れるくらいの量を目安にしてみて」
「ソルさん、皮も剥かないといけないんですか? さっきルーミンさんは剥いていましたが、栄養は皮のところにあると聞いたことがあります」
おっと、今度はこっちの職人さんだ。
「皮も剥いてもらえるかな。その方が不純物が少なくなるんだ」
さっき、ルーミンの作業を見るときに出なかった質問がどんどんと……やってみないと気付かないことってあるよね。
〇10月2日(水)地球
「どうなった?」
朝の散歩の時間、いつもの休憩所で竹下たちと情報交換を行う。
「はい、おかげさまで無事に砂糖ができました」
「味も砂糖?」
「ええ、多少ワイルドな感じはしますが、間違いなく砂糖でした」
色はちょっと茶色っぽくなったけど、味は砂糖そのものだった。
「えぐみは出なかったの? セムトさんはあれはどうしようもならんと言ってたよ」
「あまり感じませんでした。灰を使ってみたのですが、それが功を奏したのかもしれません」
テンサイを掬い上げたあとの溶液に灰を入れると、不純物が付着して沈殿するとネットで見つけたので試してみたのだ。そのままアクを取りながら煮詰めるよりも時間はかかるけど、味の方はこの作り方が断然よかった。
「それで、どれだけできたんだ?」
「昨日はだいたい1キロ足らずでしょうか」
「俺の結婚式には?」
「はい、楽しみにしてください。多くは出せませんが、ちょっとしたお菓子なら作ることはできます」
竹下はグッとガッツポーズをした。参加するみんなも喜ぶよ。
「収穫祭には間に合うの?」
「たぶんですが、作り方がわかったのでシュルトの職人さんたちに手伝ってもらっていけそうです」
明日からは大鍋を使って砂糖づくりを一気に進める予定。とはいえ、数はたくさんあるし、ユーリルたちの結婚式の準備も同時に進めないといけないから結構ギリギリだと思う。