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第169話 カァル、頑張って探して来てね

〇(地球の暦では9月16日)テラ



 ざわざわと綿花の騒ぐ音が先の方から聞こえてくる。

 来るかな……来た!

 あー、涼しい。ほんと、いい風。汗がスッと引いてくれる。

 今日は薬草畑の当番。このところ工房の中ばかりだったから、太陽の下で作業がしたくてジャバトと変わってもらったんだ。


「あ、こら、カァル。重たいんだからやめろ」


 声がする方を見ると、抜いた草を運び終わったテムスにカァルがのしかかっている。テムスもここ一年でぐんと背が伸びたけど、カァルも大人のユキヒョウと変わらない大きさ。たぶん50キロ近くあると思う。カァルもそれを分かっているからいつもならそんなことはしないんだけど、今日は久しぶりにテムスと一緒ではしゃいでいるみたい。


「ケガしないようにね」


「はーい」

「にゃう!」


 さてと、草抜きを続けよう。

 いわゆる雑草は、全部を抜いてしまうとアブラムシやカメムシなんかが一か所に集まってしまうので少し残すようにしているんだけど、こちらの世界には農薬も除草剤もないので気を抜くとすぐに一面が名もなき草だらけになっちゃう。そうなるとメインの作物が育たなくなるから、雑草をいい感じに間引いてやることが必要なんだ。

 あ、この草は背が高くなるから引っこ抜いて……よし。この草は後からきこんだら畑がふかふかになるから残しとこ……うん、このあたりはこれでよさそう。


「にゃ!」


 テムスとカァルが戻ってきた。息抜きもできたみたい。

 あ、また風だ。

 太陽の光はまだ強いけど、山からの風は秋のニオイを乗せている。


「涼しくなったね」


 隣にやってきたカァルに声を掛ける。


 あれ?


 カァルが山の方をじっと見ている。そういえばさっきもそうしていたかも。


「カァル、山が気になるの?」


「にゃーう」


 そんなことはないという感じだけど、カァルは1歳半を過ぎている。野生ならそろそろ親離れして、独り立ちをし始める頃。


「気になるなら行ってきていいよ」


 何度か一緒に山に入ったことがあるから、カァルだけでもたぶん大丈夫だと思う。


「にゃう……」


「もし遅くなるようなら私たちは先に帰っているから、その時は家に直接戻ってきて」


 テムスも気になるみたい。草抜きの手を止めてこちらを見ている。


「にゃうぅ……」


 しばらく悩んだ後、カァルは『ニャ!』と一声鳴いて、山に向かって駆けていった。


「ソル姉……」


 寂しげな顔でこちらにやってきたテムスの肩を抱く。


「カァル、戻って来るかな……」


「カァルはもうすぐ大人になるからね。山に返してあげないと」


「体は大きくなったけど、まだ子供じゃん」


 はは。


「まあそうだけど、あんなに大きくなったのに、思いっきり走り回れないってかわいそうじゃない?」


 うんと頷くテムス。


「それに、これから寒くなってくるのに、あんなにもこもこの毛じゃ家の中にいることができないよ」


「カァル、暖炉がついているときはいつも一番遠いところに座ってた。暑かったのかな……」


 氷点下でも生きていける体なんだから、人間と一緒にいたら無理がくると思う。


「ソル姉は地球という所でもカァルと会えるんでしょ。たまには帰ってくるように言ってよ」


「うん、わかった。伝えとく。さあ、草取りを続けるよ。そうしないと、すぐに日が暮れちゃう」





〇9月16日(月祝)地球



「でさ、朝一番にカァルに聞いてみたんだ。帰って来る気はあるのかって」


 朝の散歩の時間、歩きながらみんなで竹下の話を聞く。


「そしたらさ、どうもすぐに帰ってくるつもりらしいぜ」


 すぐにって、昨日は結局夜になっても戻ってこなかったから、みんなにはカァルは野生に帰っちゃったって言ったのに……


「そうなの?」


 足元をついてくるカァルに尋ねる。


「にゃ!」


 そうなんだ。


「竹下先輩、どういうことですか?」


 詳しい解説は、ユキヒョウ博士の出番。


「たぶんだけど、今はナワバリの確認に行ってんじゃねえかな」


「ナワバリですか。カァルくんはこれまでそんなに山に入ってないので、元々無いのでは?」


「だからだよ。他のユキヒョウのナワバリになってねえか調べてんだよ」


 へぇー。

 あれ? さっき、すぐに帰ってくるといったよね。ということは……


「もしかして、カァルはカインの近くにナワバリを持とうとしているの?」


「じゃねえか」


 みんなでカァルを見る。

 するとカァルは『にゃ!』と鳴いて橋の欄干の上に飛び乗り、しっぽを立てて歩き出した。

 そのつもりってことか。


「家から通うのでしょうか?」


「恐らくナワバリ自体が広大になるはずだから、たまに顔を出す感じになるんじゃねえか」


 たまにでも、会えなくなるよりは断然いい。


「それでカァル。すぐにって、いつ帰ってくるの?」


「にゃ、にゃ、にゃ」


 カァルがこちらを向いて三回鳴いた。

 三日後なんだ。テムスが喜ぶぞ。


「お帰りの予定まで立てられるということは、カァルくんは自分がいる場所をわかっているのですかね」


「わかっているみたいだぜ。試しに地図を見せてどこにいるのか聞いてみたら、薬草畑横の川の上流をペシペシ叩いたからな」


 そこって……


「カァルと出会った場所あたり?」


「そこよりもちょっと上っぽい」


 あの辺りならカァルを連れて薬草採りに何度か行ったことがあるし、元々カァルのお母さんのナワバリだった場所だ。


「カァル、他のユキヒョウの気配は?」


「んにゃ」


 カァルは首を横に振った。

 おぉー、そこをナワバリにできたら頻繁に帰ってくることができるかも。


「しかし、お帰りが三日後ということは、カァルくんはさらに奥まで行くつもりなんですかね」


「テラでもユキヒョウの個体数が少ねえみたいだからな。広いナワバリを持ってねえと嫁探しだって苦労するはずだぜ」


 なるほど、ご飯を食べれるだけじゃダメなんだ。


「つまり、カァルは自分のナワバリを確保するだけじゃなくて、他のユキヒョウの気配を感じられる場所まで探さないといけないってこと?」


「ああ、カインの近くにメスのユキヒョウがいなかったら、カァルは違う場所に行かねえといけなくかるかもな」


 それは大変だ。


「カァル、頑張って探して来てね」


「にゃう!」

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