第17話 僕辛いの苦手なんで
〇5月21日(日)地球
「こんにちはー、樹いますか?」
竹下だ。
「いるよー」
時計を見る。時間は11時、お昼に来るって言ってたのに予定よりも早いな。
「こっちにいたんだ。部屋にいないから探しちゃったぜ。って、海渡もいるじゃん。なにしてんの?」
「海渡に料理教わってた」
「はい、中央アジアのレシピを手に入れたので作ってます」
今日はお父さんとお母さんが出かけていて、台所を自由に使うことができるから海渡に料理を教えてもらうことにしたんだ。中央アジアの料理なら、あちらでも食材が手に入りやすいはずだからね。
「ほぉ! それで、なんの料理つくってんの?」
「プロフといって米を使った料理です」
「米ねぇ……樹はあっちの米がおいしくないのは知っているだろう。大丈夫なのか?」
ソルの住んでいるあたりで採れる米は、日本で食べられている米と違って細長い。たぶんインディカ米だと思う。ぱさぱさしてて人気が無いから、あまり作られていないんだ。
「この料理、本場ではインディカ米で作っているみたいだから、合うんじゃないかと思って海渡に調べてもらったんだ」
「インディカ米か、そういやそういう形してたな」
「お話し中すみません。樹先輩、この玉ねぎを切ってください」
海渡が袋に入った玉ねぎを手渡してきた。
「どんな感じ?」
「ザクザクと」
ザクザクとね……了解。
料理の手伝いはテラで毎日やっているから、こういう指示でもなんとなくわかる。
「これでいい? うー、目がヤバい」
指示通りザクザクと角切りにしたボール一杯の玉ねぎを、涙目になりながら海渡に見せる。
「はい、それだけあれば十分です。あ、ニンジンはこんな感じです」
海渡は自分で切ったニンジンを見せてくれた。ちょっと長めの細切りかな。
「まずはたっぷりの油で玉ねぎを炒めます」
海渡は大きな中華鍋を火にかける。
「でけー。それ、どうしたの?」
竹下が覗き込んできた。ソファーに座ってスマホをいじっていたようだけど、こっちが気になるのかな。
「お店から持ってきました。プロフって一度にたくさん作るので、普通のフライパンでは小さいんですよ」
海渡が家に来た時に驚いた。体の割に大きなリュック背負って来たから、家出してきたのかと焦ったよ。
「こんな感じで玉ねぎの色が変わってきたら、肉を入れます」
海渡の指示通り、一口大に切った牛肉を入れる。本来のレシピでは羊肉を使うらしいんだけど、こっちではなかなか手に入らないから仕方がない。
「そして、肉の色が変わってきたらニンジンとピーマンを炒めます。火が通ったら塩を入れて味を整えてくださいね」
量が多いから混ぜるのも大変だ。でも、いい匂い。
「うーん、いい感じ。お腹がきゅーって鳴ってきた。で、いつできるの?」
「ちょうどお昼くらいでしょうか」
今は11時すぎ、あと1時間弱か……
「そんなに……ここにいたら我慢できそうにないや。俺、樹の部屋に行っとくからできたら教えて」
「わかった」
「そうだ、調べものしたいからパソコン使っていい?」
「いいけど、変なの見ないでよ」
「うん、すごい履歴残しとく」
「バカ」
それじゃーと言って竹下は居間を出て行った。
「……お二人が仲良さそうで羨ましいです」
「そ、そうかな」
「僕も早くテラと繋がりたいんですが、何が足りないんでしょうか?」
昨日の夜、海渡だけ泊まりに来て手を繋いで寝たんだけど、朝起きて確認したらやっぱりあちらの夢を見るだけだったみたい。
「でも、今日はどこか違う場所だったんでしょう」
「はい! たくさんの人と道のようなところを歩いてました」
「ね、進展がある証拠だよ。あ、ニンジンに火が通ったよ。塩はどれくらい?」
「塩はぱぱっと、やっちゃってください」
また目分量か……味をみて整えろってことね。サチェおばさんもそうだけど、料理がうまい人ってこんな感じの人が多い気がする。たぶん分量よりも舌の方が確かなのかもしれない。
「あとは水を入れて20分程煮込みます」
お、しばらくゆっくりできるかな。
「これでいい?」
「はい。では、今のうちに野菜スープを作りましょう」
「……お休みは?」
「何、言っているんですか! 料理は手際と時間配分ですよ。ほら、手を動かす。野菜切って!」
海渡はスパルタだよ……
あっという間に20分が経過し、中華鍋のふたを開ける。
「いい感じですね。そろそろ、お米を入れてください」
ようやく、メインの登場だ。
待っている間に野菜スープの下ごしらえも終わっている。時間配分もばっちり、やっぱり海渡の料理の腕前はすごいな。
「ここで香辛料をお好みで入れて……あっ! それくらいで、僕辛いの苦手なんで」
海渡はてへっと笑う。はいはい、先生に従いますよ。
「あとは弱火にしてお米が炊けたら完成です。あちらにはガスは無いんですよね、火加減を注意してください」
ふぅー、何とかできそうだ。あとは出来上がりを待つだけだな。
「さて、今のうちに使った道具を片付けましょう」
とほほ、まだ終わりじゃなかった……
いい匂いが漂ってきた。
蓋を開け様子を見る。
「お、蒸らし加減もいいみたいです。できました!」
野菜スープの味付けもすんだ。時間通りの完成だ。
これでプロフの作り方もわかったから、米さえ手に入ったらあっちでも作れそう。
「それじゃ、お皿の準備は僕がしておくから、海渡は竹下を呼んできてもらえる?」
「はい! あっ……も、もしですよ。竹下先輩がエッチなの見てごにょごにょ……」
「何? 聞こえないよ」
「お、オナニーしてたらどうしよう……」
オナ……さすがに人の家でやっているとは思えないけど……もしかして海渡は、さっきの僕たちの会話を聞いて想像しちゃったのかな。
「竹下がそんなことしてたら。素知らぬ顔して、ごはんだよって言って頭を叩いて来て」
「わ、わかりました!」