第166話 それでは皆さんご準備を……※
〇8月15日(木)地球
「お、来た来た」
夕方5時ちょっと前、竹下と一緒にいつもの散歩コースの橋のところで待っていると海渡が走ってやってきた。
「はぁはぁ……間に合いましたか?」
「大丈夫だよ」
風花たちとの約束の時間は5時過ぎ、今から向かえばちょうどいい。
早速、三人で歩きはじめる。
「海渡、切り替わりはうまくいった?」
「はい、ちょっと戸惑いましたが大丈夫でした」
今年の精霊流しも海渡の家にはたくさんの仕出し弁当の注文があったみたいで、あちらと切り替わる前に起きる必要があったみたい。それで昨日テラでルーミンにどうしたのと聞いたら、お米を研いで釜に入れたあと切り替わるように時間を調整しましたと言っていたんだ。
「眠いだろ。無理して来なくてもよかったんじゃねえのか?」
「眠いのは眠いのですが、風花先輩のおじさんが驚くところを見逃すわけにはいきません」
はは……
穂乃花さんが言うには、おじさんは精霊流しというものをどうも全国的にも有名な歌の通りだと思っているらしい。だとしたら、実際の精霊流しを見て驚くに違いない。こちらの住人はわざわざ本当のことを教えないからね。
「ほんとあの歌は罪作りだよな。みんな勘違いしちまうぜ」
「そうですか? よく見るとちゃんと歌詞に書いてありますよ」
「そうかぁ?」
「はい、友達が〜とか、舟のあとを〜とか」
海渡が節をつけて歌い出した。
なるほど、そういえばそうだ。それに華やかにというのも入ってる。
「でもさ。静かに〜というのもあるぜ」
竹下が続きを歌う。
「それは、故人を想う気持ちが強くて喧騒が気にならないということではないでしょうか?」
送る側の気持ち……まだ経験はないけど、つながりが深ければ深いほど、そういうこともあるのかも。
「あっ」
遠くの方から爆竹の音が聞こえてきた。今年も精霊流しの始まりだ。
約束の時間に集合場所の公園に行くと、ちょうど風花たちがマンションから出てきたところだった。
「見ろ。準備万端だぜ」
ほんとだ。女性陣はみんなスカートではなくズボンを履いている。
「あれなら爆竹が足元に飛んできても安心ですね。樹先輩、アドバイスされました?」
「僕じゃないよ。たぶん水樹さんじゃないかな」
お母さんと同級生なんだから、それくらい知ってて当然だ。
「で、あのがっちりした人が秋一さんかな」
二人いる男性のうちの一人は風花のお父さんの春二さんだから、たぶんそうだと思う。
「初めまして僕は立花秋一。今日はよろしく頼むよ」
顔を合わせたところで早速自己紹介を行う。やっぱり風花のおじさんだった。
秋一さんは戦国時代から続く建設会社の社長さんで、春二さんのお兄さん。大型船の設計士で机仕事が多い春二さんと違ってガタイがしっかりしているのは、もしかしたら今でも現場に出ているのかも。
「お、君が竹下くんか。建設に興味があるんだって、大学に入ったら授業の合間にうちにアルバイトに来たらいいよ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
早速穂乃花さんが話をつけてくれたみたいだ。竹下、嬉しそう。
「気にしないでくれ、将来穂乃花君と一緒になるんだろう。もう身内のようなもんだからね」
そんなことまで話しちゃってるんだ。
「それにしても、この音は……」
秋一さんは、カンカンと鐘の鳴る音やパンパンパラパラと乾いた音が聞こえるたびに、きょろきょろとあたりを見渡している。
「叔父貴、もう、精霊船が動き出している証拠だぜ」
「ほぅ、なんだか想像していたものとは違うようだけど、僕たちも参加できるのかい?」
「参加は難しいな。でも、近くで見ることはできるぜ」
「それは楽しみだな。目的地は近いのかい?」
穂乃花さんがこっちを見た。
「海渡、どこがいい?」
きっと海渡は生の情報を持っているはず。
「そうですね。今年うちで一番多くの注文を受けた船は、旧県庁前のメインストリートを下るようですよ」
やっぱり知ってた。お弁当をたくさん注文したということは、それだけ担ぎ手が必要だということ。つまり精霊船の規模も大きいはずだから、見ごたえがあるはずだ。
「海渡、いつ頃かわかるか?」
「配達時間が遅かったので、まだ出発してないんじゃないですかね。それにあの場所なら繁華街を通るはずなので、しばらくかかるはずです」
目当ての船じゃなくても地元民は目の前を過ぎていく船を見て、あそこのおばあちゃんは亡くなったんだとか、この人の趣味は鉄道なんだとかで盛り上がることができるんだけど、県外の人は退屈してしまうかも。秋一さんに事情を話し、のんびりと向かうことにする。
「ところで竹下君は、何か建ててみたい建物とかあるのかい?」
お、早速竹下と秋一さんが話している。
ちょっと近づいて聞いてみよう。
「はい、地震に強い建物を作りたいです」
「ほぉ、それには何か理由が?」
「ただ、助けられる命があるのなら助けたいだけです」
秋一さんはうんうんと頷いている。
「地震が多い東京ならともかく、地震が少ないこの地方に住んでいてそういうふうに思えるのはとても素晴らしいよ」
「は、はい、日本に住んでいる以上地震への備えが必要ですから」
テラのためだなんて言えないもんね。
「ふむ……ということであれば、竹下君は設計、それも構造設計をやった方がよさそうだね」
構造設計?
「構造設計……聞いたことがあります」
さすが竹下だ。
「勉強熱心だね。それでは、建物を作る時にはどんな材料を使うか知っているかい?」
「木材、鉄、コンクリートとかですか?」
「ああ、他にも石やガラスなんてものもあるね。こういうものを組み合わせて建物を建てているんだけど、それぞれが強度や変形の仕方が違うし地盤の状況でも揺れが変わってくるから、うまいことやらないと地震や風に強い建物はできない。それらを計算して建物の形に落とし込むのが構造設計だね」
ふーん、そうなんだ。
「あの、質問いいですか?」
「もちろん、答えられる範囲ならね」
「東京スカイツリーは、法隆寺の五重塔をモデルに建てられたと聞いたことがあります。構造設計を勉強したら、あの高さをどうして建てることができたのかを知ることはできますか?」
「穂乃花君から聞いているかもしれないが、私の会社のクライアントには神社とかお寺が多くてね。古い建物を当時のままの姿で修復する必要があるんだ。だいたいが建造数百年なんだけど中には1000年を越えるものもあって、なぜ今まで倒れずに残っているのかを理解しないと修繕すらままならない……言っている意味は分かるかい?」
はいと答える竹下。
うーん、なかなか奥が深そうだ。
「それにしても、音が激しくなってきた気が……」
そろそろ大通りだ。時間もいい頃合い。
「それでは皆さんご準備を……」
僕たち三人はそれぞれのポケットから耳栓を取り出す。
水樹さんも風花たちに配って……あは、秋一さんの不思議そうな顔。こういうのを見たかったんだ。
あとがきです。
「いやー、叔父貴の驚いた顔が見れて本当によかったぜ」
「あまりにうるさくて目を丸くされているときに、火の着いた爆竹が箱ごと足元に来ちゃいましたからね」
「あれには俺もびっくりしたぜ。箱ごと、本当はダメなんだけど、曳き手の兄ちゃん、うまく警察の目を盗んでやってたな」
「箱ごとダメになってんのか? 前は箱どころか爆竹の入った箱の詰まったダンボールごととかもあったろう」
「毎年船が燃えたりしているから、厳しくなってるみたい」
「そういや昔は矢火矢(ロケット花火)が飛び交ってた記憶があるが、昨日は見てねえな」
「それも禁止になってますね。関係ない人の家の中に飛び込んだりしてましたから。でも、矢火矢ならお墓参りで使いますよ」
「お、それは覚えてるぜ。水樹母ちゃんの実家がそうだった。な、リュザール」
「うん、お弁当食べて花火して、楽しかった」
「う、羨ましいです。僕も参加したかった」
「ジャバト、凪ちゃんはドイツだから仕方がないですよ。そうだ、来年は海渡の家のお墓参りについてきますか?」
「い、いいんですか! 行きます!」
「あのー、そろそろ次回のお知らせを……」
「お、そうだな。更新は10/5の予定で、題目は『パルフィはどれくらい欲しい?』って、あたいの話か?」