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第164話 パッと見で決めてもらうか?

〇8月10日(土)地球



 静かな部屋の中で、カチカチと時を刻む音とカリカリと鉛筆を走らせる音だけが聞こえてくる。

 チラッと時計を見る。午後の2時半を回った。もうそろそろ……


「だぁぁ、もうダメです。穂乃花さんに休憩を進言します!」


 やっぱり、海渡が音を上げた。


「もうすぐ3時か……たしかにいい頃合いだな。樹、ちょっくら休もうぜ」


 ということで、海渡と一緒にお茶の用意をする。

 今日はお昼からみんなと集まって勉強しているんだ。穂乃花さんも一緒にね。


「クッキーに饅頭に練り物か。おめえたちと一緒に勉強すると美味え菓子を食えるからいいな」


「へへ、喜んでもらえて光栄です。これ全部はったい粉で作ったんですよ」


「はったい粉……て、なんだ?」


「炒った麦を粉にしたものです」


「お、ちゅうことはあっちでも食えそうだな」


 そういうこと。これも砂糖が手に入った時のために練習している一品の中の一つ。


「ん、うま、素朴な味で俺はこれが好きかも」


 竹下が、はったい粉に砂糖を入れて水で溶いたものをバクバクと食べてる。


「竹下先輩、ご注意ください。はったい粉は食物繊維やミネラルが豊富ですがカロリーもなかなかのものなんですよ」


「マジ!」


 言ってみれば、炭水化物の塊のようなものだから。


「だがよ。美味えしサッと栄養補給ができるのはいいな、砂糖が手に入ったらあたいの工房に常備しとくか」


 鍛冶工房の人たちは忙しいうえに重労働。こういうのがいいかもしれない。


「んじゃ、俺たちは道路工事に行くときに持ってくかな」


 ユーリルは旅から戻ってきたアラルクと話し合って、タルブクとの間の道の整備は綿花の収穫が終わってからやることにしたと言っていた。その頃にはテンサイの収穫も終わって砂糖もあるはずだから、作業してくれるみんなにお弁当として持たせることもできそう。


「それしても、頭のいい方々と一緒だと勉強がはかどりますね。夏休みに済ませようと思っていた範囲、お盆前なのにすでに過ぎてますよ」


 海渡の呟きに、凪ちゃんもうんと頷いている。

 夏休みに入ってからの勉強会、穂乃花さんも参加してくれているから、わかんないところがあったらその場で解決。効率が上がって、みんなものすごく進んでいるみたい。最初、レベルが違う僕たちとじゃ穂乃花さんの勉強の邪魔になるんじゃないかって思っていたんだけど、『あたいも復習になっていいからよ』と言って付き合ってくれている。ほんとありがたい。いくら僕たちがテラでも勉強できるからといって、それだけで東大に合格できるほど甘いものではないからね。


「でよ、樹。昨日はどうだったんだ。タリュフさんと一緒にバーシに泊まったんだろう?」


「僕も気になってました。朝から聞けなかったので」


 このところ、最低気温があまり下がらず暑いままので朝の散歩は中止。学校も休みだから情報交換はこんな感じで勉強会の時にすることが多いんだ。


「うん、泊まった。それで例の件は、診察が終わった後で村長のバズランさんに聞いてみたんだけど……」


 何を聞いたかというと、工房の若者にお相手を紹介してという話。その時のバズランさんの返事をみんなに伝える。


「そうか、みんなカインに来ちゃったらバーシに人がいなくなっちゃうな」


 そう、バズランさんからバーシにも適齢期なのに相手のいない若者はいるけど、村にとっても大事な人材だからカインに持っていかれたら困ると言われたんだ。


「あわわ、万事休すです」


「まあ、先を聞いて。それでね、逆に工房からバーシに行く人がいるかもしれませんって言ったんだ」


「あー、その可能性もありました」


 好きになった人と一緒になるのが一番いい。たとえそれで工房をやめることになったとしても、仕方がないことだと思う。


「んじゃ、バーシの人間を紹介してくれそうなのか?」


「うん、それがバーシだけじゃなくて、近くの村にも同じように結婚相手を探している若者がいるはずだから声を掛けてくれるって」


「おや、近くというのは、もしかしてビント村も入ってますか?」


「たぶん、バーシの隊商が普段通っている村って言っていたから」


「おー、それじゃ、ルーミンの幼馴染も来ちゃうかもしれません」


 ビント村にその子のお相手がいなかったらそうなるかも。


「それでね。それぞれの村からバラバラに来てもらっても大変だから、一緒にしてもらおうと思うんだけど、いいかな?」


「いいんじゃねえか。その都度作業を止めてたら、いつまでたっても仕事が終わんねえ。まとめてやってくれた方がこちらも助かるってもんだぜ」


「工房の方もそうして欲しいですが、いつ頃になりそうですか?」


 いつ頃だろう……


「もうすぐあちらは涼しくなりますよ。いろんな作物の収穫時期に入りますから、それが終わらないと動けなくないですか?」


「なるほど、凪の言うのももっともだ。ちゅうことは冬になる前か……来たとしても、二、三日で帰っちまいそうだな」


 収穫が終わって冬の準備をする合間の忙しい時期。穂乃花さんの言う通り、長居することはできないと思う。


「二、三日ですか……皆さんお目当ての人を見つけられますかね?」


 みんな、うーんと考え込んでしまった。

 テラでは移動に時間がかかるから、村が違ったら次に会う機会を作るのは難しい。だから、今回だけで見つけてもらいたんだけど……


「いいか?」


 お、竹下から手が上がった。


「兄貴のところにたまに婚活パーティーの案内が来るけど、あっちでも同じようなのをやるか?」


「ふむ。ということは、僕たちが料理と飲み物を用意して対象者の方々で親睦を深めてもらうのですね」


 美味しいご飯を食べてカルミルやお茶を飲んで、楽しみながらお相手を見つけるってことね。


「ありかもしれねえが、剛の兄貴はそれで彼女は見つかったのか?」


「いや、参加した時にいい子を見つけたというのはあったみてえだけど、しばらく付き合ったあと結局別れているっぽいな」


「んじゃ、ダメじゃねえか。今回は相手を吟味する時間はねえぞ」


 だとすると、他に短い時間で相手を見つける方法は……


「はい」


 海渡から手が上がった。


「いっそのこと、みんなに工房の仕事をさせたらどうですか? その方が人となりがわかりますよ」


「それもいい考えだと思うが、仕事を教えている間に帰っちまうぞ」


 そう。穂乃花さんの言う通り、本来の姿を見せないうちに終わってしまうと思う。

 せっかくなら結婚した後で後悔してほしくない。


 みんなからまたうーんと言う唸り声が……いや、凪ちゃんから手が上がった。


「去年、あちらでバーベキュー大会をしてくれたじゃないですか」


 うん、やった。綿花も無事に収穫できたから、手伝ってくれたみんなに感謝の気持ちを込めて開催したんだ。


「僕、あの時はまだ地球と繋がってませんでしたが、準備の時からほんと楽しくて、今年もやってくれないかなとちょっぴり期待しちゃっています。ちょうど秋の終わり頃に来られるのだったら、それをやったらどうですか?」


 バーベキュー大会か……いいかも!


「話の流れからすると、準備から参加者にさせるということだよね」


「はい。工房での作業のように、教えないといけないことがたくさんあるわけではないですし」


 羊のさばき方とか、テラのあの辺りに住んでいる適齢期の人ならみんな知っているはず。


「ちゅうことは、去年作った鍋だけじゃ足りねえな。何人来るか分かったら知らせてくれ、新しいやつを作るからよ」


「わかった」


 風花の方を見る。うんと頷いてくれた。これで行商に出かけた時に進捗を聞いてきてくれるはずだ。

 それと……


「せっかくならバーベキュー以外の料理も用意してみない?」


「お、いいですね。プロフをまだ食べたことがない人たちもいるはずです。喜んでくれますよ」


 他にもテラで普及したい地球の料理を作ったら宣伝になっていいかも。


「あとさ、いろんな村から来るんだろう。それぞれの村に出し物をしてもらったらどうだ」


「出し物?」


「ああ、テラに大した娯楽はねえけど、歌とか踊りとか村に伝わるものがあるじゃねえか」


「竹下先輩いい考えです。それなら、僕はビント村に伝わる踊りを披露しちゃいますよ。お兄ちゃんとエルモがいますから、仮に誰も来なくてもやっちゃいます」


「お、それならあたいだって、コルカ伝統のやつがあるから、同郷の鍛冶工房のやつと一緒に踊ってやるぜ」


 うん、なんだか楽しそう。


「明日、早速バズランさんに話してみるよ」


 カインに戻ったら工房のみんなにも伝えなくちゃ。

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