第163話 その時はソルもついてきなさい
〇(地球の暦では8月6日)テラ
「にゃおん!」
カァルが外に飛び出して行った。
もうすぐ夕方。たぶんリュザールたちだ。昨日地球で今日到着するって言っていたから。
「……!!」
「…………!?」
あれ? 外が騒がしい。もしかして、カァルを知らない人が来たのかな。でも、もしそうならカァルは外に行かないはずなんだけど……
「ただいま帰ってきました!」
やっぱりルーミンだった。カァルと一緒に織物部屋に飛び込んできた。
海渡から大丈夫だと聞いていたけど、見ると安心するね。
「皆さん、ただいまです。だから、ルーミン、先にタリュフさんの所に行かないと」
続いてジャバトも……うん、元気そう。
「わかってますって。えっと、後から紹介したい男の子がいるので待っててくださいね」
もう出ていっちゃった。
ルーミンもジャバトもうちの居候だから、詳しい話は父さんに無事に帰ったと報告してからだね。
でも、紹介したい子か……昨日地球ではそんなこと言ってなかったけど、その子がカァルを見て驚いたのかな。それにしてもいったい誰だろう。一応ルーミンのお兄さんと弟が来る予定になっているけど、別行動のはずだし……
しばらくすると、改めてルーミン、ジャバト、リュザールの三人が見慣れない二人の男の子を連れて挨拶にやってきた。
「皆さん、長い間留守してましたが、みんな無事に帰ってきました!」
工房の職人から『お帰りー』『寂しかったよ』と声が上がる。
「えへ、ありがとうございます。それでですね。新しい仲間と言いますか……」
ルーミンがチラチラと隣の男の子たちの方を見る。
「れ、レリオです。よろしくお願いします」
レリオくんというんだ。背は高いけど痩せている。それに雰囲気が……
「私のお兄ちゃんです!」
やっぱり。ルーミンに似ていると思った。
「えーと、レリオは17歳で紙づくりを学ぶためにビント村から来たんだ」
「へぇ、紙を……期限はいつまでなんだ?」
リュザールの補足にユーリルが質問する。このあたりは地球で打ち合わせ済みなんだけど、知ってたらおかしいからわざわざ聞かないといけない。二人もわかっているから、うまいことやってくれている。
「ものになるまで……かな」
「んじゃ、少なくとも来年の今頃まではこっちにいることになるな。俺、ユーリルって言うんだけど、レリオ、平気か?」
「う、うん。村長から覚えるまで帰って来るなと言われているから」
つまり、ビント村では紙の生産に本腰を入れてくれるということだよね。
「レリオ、紙については、ユーリルが詳しいから指示を受けて」
「わ、わかった」
紙を作るには植物を繊維にして紙を漉くだけじゃなくて、漉き舟の作り方や繊維を均一に分散させるためのネリの原料となるトロロアオイの栽培も覚えないといけない。それらを自分一人でできるようにならないと、村に返すことはできないってこと。ユーリルの言う通り一年くらいはかかると思う。
次は……
あれ……もう一人の男の子が喋らない。
「にゃ!」
「あ、ぼ、僕は、エルモ、14歳です」
カァルから促されてようやく。
エルモくんか。この子も痩せてるし……
「私の弟になります。たくさんの人の前で話すのが初めてなので緊張しちゃったみたいです。皆さんと一緒に工房で働くことになりましたので、よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
やっぱりルーミンの兄弟だった。茶色い髪に茶色い瞳、それにちょっと巻き髪なのも似ている。
「ソル、今日の予定は?」
「もう、終わっていいよ」
「それじゃ、二人は寮に入ることになるから、アーウスとニサン、頼める?」
「はい、リュザールさん、任せて」
「こっちだよ。寮のご飯、美味しいんだ。好き嫌いは? あ、でも、残したら怒られるの」
レリオとエルモの二人は、アーウスたちと一緒に寮の方へ向かって行った。
「どうしてレリオとエルモが来るのを教えてくれなかったの?」
一人残ったルーミンに声を掛ける。内緒にして驚かせようという感じでも無かった。
「偶然なんですよ。今日のお昼頃、バーシを通過していたら、カインに行きたいやつがいるから連れて行ってやってくれと言われましてね。会ってみたら二人だったんです」
なるほど、旅慣れてない人たちは隊商と一緒に移動した方が安全だ。バーシの人たちは、リュザールが隊商の一員で腕前も確かだと知っているから声を掛けたんだろう。
「それにしても、みんな仲良くしてくれそうでよかったですぅ」
いつもみんなのことを気にかけてくれるルーミンの兄弟なんだから当然だよ。
「ルーミン、大変だったな」
「暑い時期の旅は私には無理。よく無事に帰ってきた」
「にゃおん!」
部屋に戻った女の子たちとカァルで改めてルーミンをねぎらう。
「大変というよりも楽しかったですよ。初めての場所ばかりでしたので、あまり疲れを感じませんでした」
そういえば、私の時も盗賊の心配が無くなってからはそうだったかも。
「あ、ただ、お風呂には入りたいですね」
わかる。私の場合は途中で温泉に入れたけど、ルーミンの行った場所では水浴びすらできなかったんじゃないかな。時折体を拭いていたかもしれないけど、たいしてさっぱりとしないんだよね。
「明日は午後からこの部屋の番だから、一緒に入ってスッキリしちまいな。お、そうだ、あたいが背中を流してやろうか?」
「えー、いいんですか? せっかくなのでお願いしちゃいますぅ」
「おう!」
私は髪を洗ってあげようかな。
「それでルーミン、ご両親の反応を話す。今回の旅の目的はそこ」
地球で海渡から聞いているけど、コペルには話していないんだ。本人から直接聞きたいだろうと思って。
「二人とも涙を流して喜んでくれました」
ルーミンのご両親、別れの時はもう二度と会うことはないだろうと思って送り出したはず。それが、結婚相手まで連れて来たんだから驚いたと思う。
「ジャバトの実家のことも話す」
「ヤバいくらいに緊張しました。でも、いい子が嫁になってくれそうだと言ってもらえて……えへ」
あの時の海渡も嬉しそうに話してくれた。
「ルーミン…………でも、私には……」
お、もしかしてコペルにも羨ましいという感情が出てきている? 結婚に興味がなさそうだったけど、これならテムスにも目があるかも。どうもコペルのことが好きそうなんだよね。
「コペルの近くにいるかもよ」
あら、きょとんとしちゃった。頑張れテムス。
「ところでよ、アラルクはどうすんだ。あいつもそろそろ相手を見つけねえといけねえぞ」
アラルク自身もいろんな子にアタックしている。でも、なかなか成果が上がっていないみたい。
「アラルクさんもですが、工房には他にも適齢期の皆さんがいらっしゃいますよ」
「うーん、手近な相手ですませとけというわけにもいかねえな」
そうそう、一生の伴侶となる相手だ。妥協してもいいことはないと思う。
「村にいる若い人が限られていますから、何とかしないとみんなお一人様になっちゃいます」
こっちの世界は人口が少ないから、できるだけ多くの人に結婚してもらって子供をたくさん作って欲しいんだけど、どうしよう……
「ソル、こういうのはタリュフさんに頼むのが一番」
ほんとだ、父さんに相談してみよう。
「というわけなんだけど、父さんどうしたらいいかな」
夕食の時間、女の子部屋で話した内容を伝える。男の子たちも興味があるみたい。特にアラルク、身を乗り出してきた……
「ふむ、中には所帯を持った方が仕事に身が入る子もいるだろう」
ふふ、アラルクがうんうんと頷いてるよ……
「近いうちにバーシに診察に行くことになっているから、その時にバズランと話してみよう」
バズランというのはバーシ村の村長さんだね。ユティ姉のお父さんでもあるんだ。
「その時はソルもついてきなさい」
「わ、私!?」
「ああ、工房の責任者だろう。男の子が何人いるのか女の子が何人いるのか、そしてどんな子たちなのか知らせないとバズランも紹介のしようがないと思うよ」