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第162話 遠く異国の地で他にあてもないんだって

「それとさ……ちょっと相談があるんだけど」


 突然暁が神妙な顔つきになった。


「どうしたの?」


「俺、みんなに東大に来いって言ったことあるよね」


 去年の秋に東京に行った時だ。


「覚えているよ。遠野教授がその方が面倒見やすいからって」


「ああ、その時に学部についても話したじゃん」


「確か暁は教育学部だっけ。先生になりたいって言っていたよね」


「……実はそれって、本業を目立たなくするための方便なところがあって、先生に憧れがあるとか無いんだ」


 そうなんだ。暁の本業は忍者……


「これまでは俺のことだけを考えていたらよかったのに、タルブクのことを考えたらそれじゃいけないような気がしてきてさ」


 特にエキムのところは環境が厳しいからそう思うのだろう。ま、僕たちも一緒だけど。


「それは俺たちの宿命のようなものだな。参考になるかわからんけど、俺はあっちの世界の建物を変えたいと思っている。今のままじゃ地震が起こったら一撃だろう」


「地震!? マジで?」


「マジ。考えてもみろ、すぐ南のパミール高原はインドが押し込んできてできた場所だぜ。俺たちが住んでいるところにまでひずみが溜まっていても、おかしくはねえだろう」


「うっ、そう言われたらそんな気がしてきた。確かにあっちの建物、レンガを積んだだけから耐震化もへったくれもないよな。で、竹下はテラの家を東京の俺んちみたいに鉄筋製にするつもりなのか?」


「場所次第だろう。日本には木造でも地震に強い建物ってあるから」


 お正月に能登半島で起きた大地震でも、新しい建物の被害は少なかったって言ってた。全部が鉄骨や鉄筋で作られたものではなかったはず。


「なるほど……それじゃ、工学部に行くんだ」


「ああ、その予定で勉強している」


 うーんと唸る暁。


「次は僕が行きましょうか。僕は以前もお話しましたが、お醤油とかお味噌をどうしてもあちらで再現したいので、発酵のことが学べる農学部にしようかと思っています」


「僕は海渡さんと同じで農学部です。農業を何とかしないと、みんながお腹いっぱい食べられるようにならないと思うから」


 凪ちゃんの知識でいろいろな食料が手に入るようになって、海渡の知識でそれを美味しい料理に変えていく。みんなの食卓も華やかになるかも。


「二人とも考えてんだな。もしかして、穂乃花さんが理学部目指しているのもテラのためなの?」


「いや、そういうわけじゃねえぞ。あたいは昔からわかんねえことがあったら気になる性分でよ。それは向こうと繋がった後でも変わらなかった。理学部はそのための通過点だな」


 そういう考えがあってもいいと思う。


「そうなんだ……それで風花は?」


「ボクはやっぱり経済学部。商売をもっと発展させていかなくちゃ」


「ほんと、商売も何とかしたいよな。去年の冬はカインに助けてもらえなかったら、マジで危なかった。飢え死にしないまでも大切な羊を食べないといけなくなっていたはずだ」


 タルブクのように穀物を他の村に頼っているところは、交易路が途絶えたら死活問題になる。風花は大学で商売の仕方だけじゃなくて、いろいろなリスクを回避できるにはどうしたらいいかも学ぶつもりらしい。


「あとは……」


 暁がこっちを見た。


「僕はみんなの知識をテラの人たちに広めたいと思っているんだ。そのためには学校を作りたい。だから教育学部に行くつもり」


「マジか。樹は俺と違ってしっかりと考えているんだな」


「暁も教育学部に行って、一緒に学校を作ろうよ」


 一人よりも二人、カインだけよりもタルブクでも学校を作ったらそれだけ多くの人に教えることができる。


「学校かぁー。必要だとは思うけど……うーん」


 なんか反応が微妙。もう意識が離れちゃったかな。


「暁さん、もしいちからお考えになるつもりなら、この中で誰も目指してない学部にされてはいかがですか?」


「他に何学部があったっけ?」


「いろいろありますが、めぼしいのは医学部と法学部でしょうか」


 海渡がスマホで東大の案内を見ながら答えた。


「ちょっ! 医学部は俺の成績じゃ無理。いくらあちらの時間を使えると言っても届かない」


 東大の医学部は国内最難関と言われている。たぶん穂乃花さんみたいな人しか、行けないんじゃないかな。


「それなら法学部はどうですか? テラでもこれから必要な知識になるでしょうし、こちらの就職にも有利だと思いますよ」


 人が増えていくといろいろな問題が出てくる。今は村長が仲介役になって揉め事を治めているけど、そのうち手が回らなくなってくるかも。法学部で学んだことはそういう時に役に立つはずだ。


「法学部か、こっちでの就職先は……」


「普通の会社に勤めてもいいでしょうし、公務員とか警察官とか、あるいは弁護士」


 またまたスマホを見ながら答える海渡。


「会社員と警察官に弁護士ね……おやじとも相談してみるわ」


 将来に関することだから、すぐには決められないと思う。

 ん? 穂乃花さんからちょんちょんとつつかれた。もうそんな時間なんだ。


「えーと、今日はこれくらいにしようか。また明日もあることだし」


「りょ! あと、みんな明日は頼むなっと、うわっ!」


 穂乃花さんはまたなと言って竹下を連れ出してしまった……久しぶりに会ったから、二人っきりになりたかったみたい。早めに終わってほしいと、さっき頼まれていたんだ。


「ところでさ、明日のお祭りの出店でみせ、俺も手伝っていいのか?」


「うん、竹下から全身の写真送れって言われたでしょ。制服ができてるじゃないかな」


「マジか、それは楽しみだな」


 たぶん丁稚服だけどね。


「それじゃ凪ちゃん、僕たちも失礼しちゃいましょう」


「はい、海渡さん」


 お、海渡たちもデートかな。

 三人で腕を組んで出かける二人を見送る。

 さてと、こっちは……


「あのさ、二人は俺を置いていかないよな?」


 暁ねぇ……

 風花と顔を見合わせる。


「頼むよ。遠く異国の地で他にあてもないんだって」


 異国って……確かにこちらの人たちは方言を話しているけど、一応言葉が通じるじゃん。

 でもまあ、せっかく来てくれたのだから……


「風花、いい?」


「ボクに付き合ってくれるのならいいよ」


 いいんだ。

 ということで三人で家を出る。








「風花……もしかして?」


 先頭の風花が行く先は、慣れ親しんだあの道。


「そう、先生もいいって」


 やっぱり……


「先生って誰?」


 はは……


「ごめんね、暁。悪いようにはならないと思うからさ、風花に付き合ってくれるかな」


 嫌な予感がするという暁をなだめすかせながら到着した中学校で、武道場の扉を開けると由紀ちゃんが道着姿で立っていた。


「久しぶりだな、暁」


「げぇ、由紀ちゃんじゃん」


 あ、そうか。由紀ちゃんは、暁のお父さんの遠野教授のことを師匠筋って言ってた。暁と面識があるんだ。


「げぇとはなんだ。久々なんだから、今日は黙って付き合え」


 風花はさっさと更衣室に行ってしまったし、由紀ちゃんは道場の真ん中でニコニコ。武道オタクの由紀ちゃんと強くなりたい風花、東京から遠野教授の息子が来るとなったらそりゃあ立ち合いたいよね。今日はギリギリの時間までしごかれそうだ。

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