第161話 き、却下! 却下ー!
「ち、ちょっと待って! な、なんでソル?」
あろうことか、暁が硬貨のデザインはソルの顔にしたらどうかって言ったんだ。
「シュルトの方でソルの人気が上がっているから、硬貨にしたら喜ぶんじゃないかと思ってさ」
「人気ってどういうこと?」
「俺も戻ってきた隊商に聞いた話なんだけど、最初長老たちにソルのことを大げさに紹介しちゃったじゃん。その後もアルバンの娘のコリンが会う人会う人にソルはどこ? って聞いているらしくてさ。シュルトの街中でソルって誰だってなっているみたいだぜ」
へぇ、コリンちゃんはおしゃべりできるようになったんだ……じゃない。
「き、却下! 却下ー!」
「そうですか? 僕はいい考えだと思いますよ。何と言ってもソルさんは女神さまですから」
うう、海渡ぅ……
「あたいはなんだって構わないが、風花、コルカの方でもソルの硬貨をもらって喜ぶか?」
「うーん、まだ一部の人しか……」
一部って誰? それに、まだじゃなくてずっと喜ばれることなんてないよ。
「まあ、今回はソルはやめといたほうがいいんじゃないか。そうしないとさ、あっちこっちの村で硬貨の宣伝をするじゃん……ぶはは!」
竹下が急に笑い出した。
「そ、ソルが、じ、自分の顔が描かれた硬貨を出して、使ってくれって……ぶはっ……い、痛て、樹、痛いって、やめて……」
仕方がない、これくらいにしといてやろう。
仮にもしそうなったとしても、絶対にそんなことは頼まないよ。
「そういう計画があるんだ。それはソルが可哀想そうだな」
そうそう。勘弁してほしい。
「それで、どうするんだ。あたいとしては早めに決めてほしんだが……」
改めてみんなで考える。
「テラに偉人さんでもおられたらいいのですが、皆さんどなたがご存じないですか?」
みんなが首を横に振った。
カインだけでなくて、みんなが育ったところでもそういう人はいなかったみたい。
「みんなが知っていて、手に取って嬉しいもの……」
何があるんだろう……
「おっ! これなら……」
いきなり海渡が、手を丸めて顔を撫で始めた。
「なんだよ海渡、もったいぶらずに話せよ」
「わかりませんか、仕方がありませんね……にゃおん!」
にゃおんって……
「あっ! カァル!」
「ですです」
なるほど。ユキヒョウならカインあたりで山の神様のお使いとして崇められている。
「エキムのところでもユキヒョウは山の神様?」
「ああ、出会えたら幸福が訪れると言われている。シュルトでも同じだと思うぜ」
それならみんな欲しがるかもしれない。
「凪ちゃん、描けそう?」
「はい、実はカァルくんの絵を描いてみたことがあるんです」
凪ちゃんがスマホを見せてくれた。
「うわ、可愛い」
「それに、イケメンじゃん。カァルが見たら喜ぶぞ」
ほんと、今度カァルに見せてあげよう。今日は竹下呉服店の看板猫の仕事があるから来ていないんだよね。
「うーん、おススメしましたが、これはダメかもしれないです」
海渡は凪ちゃんのスマホを見て思案顔。
「なんで? 僕はいいと思うよ」
だって可愛らしいのができそうだもん。
「この絵にパルフィさんの技術で、きっと素晴らしいものが出来上がります。手にした皆さんは、ありがたがって手元に置いておきますよ。せっかく作った硬貨がタンス預金になってしまったら寂しいです」
確かに、手に入れて嬉しいと思ってもらわないといけないけど、だからといって使ってもらえなかったら意味がない。
「そうだな……おめえたち、硬貨の使い方を教えに村々を回る予定なんだろう。その時に、幸せのお裾分けをしてあげましょうと言ってやったらどうだ」
「あっ! それならいけるかも。いい考えですぅ」
みんなもうんと頷く。
幸せのお裾分け……ソルたちが住んでいる地域は、結婚式には知っている人だけじゃなくてその辺を歩いている知らない人でも引っ張りこんで祝ってもらうような土地柄。とにかく、嬉しいことはみんなと分かち合おうという気持ちが強いから、そういう言い方なら使ってもらいやすくなりそう。
「決まりだな。凪、戻ってきたら絵を頼むな」
「はい!」
うん、いい返事。
「それでよ、剛。硬貨に図柄を入れるためには強い力で打ち付ける必要があってな。人力でやってても埒が明かねえから水車を使いたいんだ。どこかにいい場所はあるか?」
「水車なら、何か所か……一応お金を扱うことになるから、あまり目立たないところがいいよな。それなら、薬草畑のちょっと下流のところに川幅が狭まって流れが速くなっているところがあるんだ。きっとかなりの力を得られるはずだぜ」
「んじゃ、今度そこに連れてってくれ」
薬草畑あたりならタリュフ家と工房のみんなしか行かないし、万一盗賊が襲ってきたとしても対処法はリュザールがしっかりと教え込んでいる。勝てそうにない時は一目散に逃げて応援を呼ぶってね。
えーと、この件はこれくらいでいいのかな。
「他にある人」
暁から手が上がった。
「糸車の製造も軌道に乗って来たし、そろそろタルブクでも荷馬車を作ろうと思っているんだ。それで道の件だけど、俺のところは秋前に練習がてらちょっとやってみるつもり、カインの方はどんな感じ?」
「まじか、動き出したら早いな。カインじゃまだ計画もできてねえよ。アラルクが戻ってきたら相談してみるわ」
カインとタルブクの間には馬なら通れる道があるんだけど、何か所か幅が狭かったり角度が急だったりするところがあって、そこを何とかしないと荷馬車では通れない。そこで、協力して道を整備しようとしているんだけど、タルブク側が進めるのならカイン側もやり始めないといけない。
「すまんな。やっぱりそっちからの方が米は安そうなんだ」
シュルトやケルシー経由では、距離が長い分どうしても割高になるんだろう。
「それで、暁。今、糸車の話をしていたけど、もうシュルトに持って行ったの?」
「いや、次の隊商にようやく託せそうなんだ。風花、何か注意点とかある?」
「そうだね……最初は取り合いになるはずだから、余裕があったら、シュルト以外の村にも最低一つは行き渡るようにしておいた方が安心だよ」
「なるほど……俺たちのところには無いって恨まれたら大変だよな」
そういうこと。最初の頃は、糸車の需要があるのを分かっているのに供給が全然足りてなかったから、商売のプロであるセムトおじさんたちに任せたんだよね。そしたらそういう売り方でやっていたみたい。
「あとね、タルブクに来たいっていう避難民を増えるはずだから、準備しておいた方がいいよ」
「あー、カインでもそうなったって言ってたよな」
「うん、糸車が流通しだしてからは受け入れを制限している状態なんだ」
避難民が一気に来てしまっても、元々の村の人たちが嫌がるからね。
「カインと同じように寮を作った方がよさそうだな」
「そうそう、食事が付いているってだけで独身の人たちは喜ぶよ」
テラには、まだルーミンやジャバトのところみたいに結婚前の子供を働きに出さないといけない家庭がたくさんある。せっかく来てもらったとしても、親元を離れて不安な上にご飯の心配もしないといけなくなったら、しっかりと働いてもらえないかもしれない。