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第159話 俺は何を手伝ったらいい?

〇7月26日(金)地球



「朝だというのにこっちもあちいな」


「ほんと、田舎だから涼しいかと思ったらそうでもなかった」


 東京から来た二人が、恨めしそうに朝の太陽を睨み付けている。

 一人は穂乃花さんで、昨日の夜、飛行機が取れたと言ってこちらに帰ってきた。お盆過ぎまでこちらにいる予定。


「子供の頃はもう少し涼しかったような気がしますが、この数年はこんな感じですよ」

「にゃー……」


 海渡は両手を上げてやれやれという感じだし、カァルは地面が熱いのかさっきからずっと竹下のリュックの上に乗ったままだ。


「樹、散歩を中止にする基準ってなんだ?」


「夏場は雨の時と朝の最低気温が28度を越えるときかな」


 今日はギリギリの27度だった。


「この気温でも熱中症の危険があるだろう。中止にしねえのか?」


「みんなとも話し合ったんだけど、あっちにはエアコンなんてないし気温も結構高いでしょ。こっちで快適な暮らしに慣れすぎると、あっちでバテちゃうんじゃないかって」


「あー、それはあるかもな。カインはそうでもないけど、コルカの夏はヤバかった。普通に毎日40度越えてたんじゃねえか。そういやルーミンたちもそろそろコルカだろう?」


「いえ、まだナムル村ですので、明後日か明々後日だと思います」


「お、結構時間かかってるな。何か問題があったのか?」


 穂乃花さんが風花の方を見る。


「いや、暑いから馬を休ませる時間が必要なんだ」


 馬に乗っての移動、普通なら一日に50~60キロ進めるんだけど、暑い時期は40~50キロが精一杯みたい。


「そりゃ仕方がねえな。死なせるわけにはいかねえからな」


 馬は大切な財産だもん。


「俺のところは夏でも涼しいぜ」


 こう話すのはもう一人の東京組の遠野暁。穂乃花さんがこっちに来ると聞いて一緒の飛行機に乗ってやってきた。どうやら一人だけ東京に残るのは寂しかったみたい。帰りは一週間後の予定で、その間は僕、竹下、海渡の家のどこかに泊ることになっている。


「タルブクの標高は2000メートル越えか、夏はよさそうだな」


「夏はな……冬は気を抜いてたら死ぬけどさ」


 はは、自然には勝てないね。


「暁さん、タルブクでは夏は放牧に出かけられるとおっしゃっていませんでしたか?」


「出るぜ。6月の末くらいから9月の初め位まで。俺は村の仕事があって今年は行けなかったけど、地球でいったらソンクル湖あたりまで足を延ばしてる。そこの夏草がほんとよくてさ。行ったあとで馬や羊の出すお乳の味が違ってくるんだ」


 ソンクル湖というのはキルギス共和国の真ん中あたり、標高3000メートルにある淡水湖で、以前エキムがすごくきれいだと言っていた場所。一度は行ってみたいよね。


「もしかして、タルブクで飲んだカルミル(馬乳酒)が美味かったのはそれのせいか?」


「かもな」


 確かにあれは美味しかった。


「へぇー、それはルーミンも飲んでみたいですね」


「お、それなら今度カイン行きの隊商にもたせてやるよ」


 ソルもご相伴にあずかれるかな。

 さてと……


「今日はこれくらいにしようか。それじゃ、お昼に集まれる人は僕の家に来て、一緒にご飯を食べよう」








「ちょっ! でか!」


 倉庫から持ってきた鍋を見て、暁が驚いた顔をしている。


「家で一番大きな鍋だけど、暁のところでは使わないの?」


 道場と言えば同じ釜の飯が定番なんじゃ……


「親子三人でこんなデカいのはさすがに……あ、道場か。俺んとこの門下生は成人ばっかだからな。一緒に食事とかあまりないし、あっても酒の肴くらいかな」


 そうなんだ。


「樹先輩、材料買ってきましたー」


 海渡が到着。時間は10時半、時間通りだ。


「で、何を作るんだ」


「カレーですよ」


 海渡がテーブルの上にジャガイモ、人参、玉ねぎを並べ……


「肉は牛と豚……両方使うんだ」


「はい、それぞれによさがあるので」


「カレールーは……なんだ、甘いやつじゃん」


 海渡が買ってくるとそうなる。


「辛めがいい方はこちらもありますので調整してください」


 海渡はカレー粉だけが入った缶を暁に見せている。

 カレーの風味を損なわないように甘くするのは大変だけど、辛くするのはそんなに難しくないからね。


「わかった。俺は何を手伝ったらいい?」


 海渡と顔を見合わせる。


「とりあえず、そこで見ておいてもらえますか?」


 暁はあっちでも男、料理の経験は未知数。前回ゴールデンウィークに来た時もそういう機会はなかった。

 ということで、海渡と二人で準備に取り掛かる。


「お、すげー、あっという間にジャガイモの皮が剥けた」


「ピューラーですね。あちらでも今度パルフィさんに作ってもらうようにしています」


 テラでジャガイモはなかなか見つかりそうにないけど、人参は栽培している。ピューラーが普及したら、調理時間も短縮できるようになるはずだ。


「タルブクにも頼む。チャムが喜びそう。それで、玉ねぎがそっちとこっちで形が違うのはなんでだ?」


 僕と海渡とで切り方を変えているのが不思議みたい。


「こうすると味に深みが出るんですよ」


 玉ねぎはカレールーに書いてある分量よりも多めに用意して、半分をザクザクと切り、残りをみじん切りにする。そして、みじん切りの方をしっかりと炒めると味にコクが出るんだ。


「へぇ、いろいろ考えてんだな」


「暁は料理しないの?」


 肉をひと口大に切り分けながら尋ねる。


「こっちではたまにおやじとお袋がいない時にやるくらいかな」


「あちらでもしないよね」


 普通男の人は台所に入らない。


「いや、あっちではやってるぜ。今、チャムが子育て中だからさ」


 おぉ、そうなんだ。

 ちなみにチャムは、エキムがソルたちと一緒にシュルトに向かっている時期に男の子を生んだみたい。エキムがタルブクに戻ったタイミングで暁から喜びの連絡が来て、僕たちもホッと胸を撫でおろした。出産のときが一番危険だからね。


「よく気が付く旦那さんを持ってチャムは幸せ者だね」


「よせって、そんなんじゃなくて、地球と記憶が繋がる前ならそこまで気が回らなかったけど、チャムに無理させて母乳が出なくなったら大変だからだよ」


 ふふ、暁照れてる。

 でも、それは大切なことだと思う。タルブクには薬師がいないと言っていたし、いたとしても必要な薬が無い場合が多い。母子ともに健康でいないと危ないのだ。


「樹先輩」


 おっと、いけない。カレーは煮込む時間が必要だから、急いで炒めないと。

 油を入れて熱した鍋にみじん切りにした玉ねぎを投入。

 中火で炒め、色が変わり始めたところで肉を入れる。

 肉にも火が通ったら、残りの野菜を全部入れて、すべてに火が通るまで炒める。

 そして……


「分量は」


「水が2リットルくらいですかね」


「2リットル!? 何人分作っているんだ?」


「何人分と言いますか、みんながお代わりしても大丈夫なくらいにしています」


 今日はみんな来れると言っていた。つまり中高生7人の胃袋を満たす必要があるということ。

 ただ……


「もし余ったら、暁、夕食もカレーだよ」


 暁は今日も僕の家に泊まることになっている。


「マジか。今日は樹のおじさんが刺身を出してくれるって言ったんだぜ。頼むよ」


 カレーでもお刺身食べていいと思うけど、味がわかんなくなっちゃうか。

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