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第16話 名前はどうされたんですか?

「ユーリル兄……」


「これは……」


 テムスがけもの道のわきで見つけたのは、無残な姿となった大人のユキヒョウだった。


「クマにやられちゃったの?」


 胴体に大きな爪で引っかかれたような痕がある。


「かもな。この傷み具合だと昨日の昼くらいか……」


 そっか、ユーリルはオオカミに襲われた羊たちを見てきているから判断できるんだ。


「この声の主も一緒に襲われたのかな」


 今もまだ、にゃおん、にゃおんと途切れ途切れになりながらも鳴き声が聞こえている。


「ねえ、早く行ってあげようよ」


 鳴子をならしながら鳴き声が聞こえる山の奥へと向かう。


 にゃおん……、にゃおん…………


「近い……みんな、静かに……どこ?」


 少し登った繁みの奥、よく探さなければわからない場所にその子はいた。


「ユキヒョウだ」


 薄汚れてはいるけど白い毛皮にヒョウ柄の模様。間違いない。体の大きさは大人のネコくらいだから、ユキヒョウだとしたら生まれてからそんなにたっていないのかもしれない。


「グルルルルゥゥ!」


 まだ幼いユキヒョウは突然現れた私たちに驚いたのか、歯をむき出して警戒の声を上げる。


「どうしよう……怒っているみたいだよ」


 無理に近づいたら噛みつかれそう。


「なあ、ソル。あいつの足……」


「ほんとだ」


 後ろ足のところが黒ずんでいる。血が固まっているのかも。


「ケガしているみたい。手当てしたいけど、道具がなにもないよ」


「連れて帰るしかないんじゃ?」


「でも、近くに親がいたら……」


 親がいるのなら人間が手を貸さない方がいいと思う。


「たぶんさっきのユキヒョウの子供だぜ、顔つきが似てる」


 そういえば、鼻筋のところの模様がそっくり。あのユキヒョウがこの子の親だとしたら、このままにしてたらこの子も死んじゃう。


「グルルゥゥ……」


「ソル姉。早くした方がよさそうだよ」


 さっきよりも威嚇の声が弱くなってきた。


「ユーリ……」

「ソル、お願い」


 ユーリルが私を前に押し出す。


「え、ユキヒョウ好きなんじゃないの?」


「好きだけど、好かれるとは別。樹はネコ得意じゃん」


 そういえば竹下は大抵のネコから逃げられてるな。苦手意識があるのかな。


「わ、わかった。やってみる」


 地球では野良の子はよく遊んでくれるけど、ユキヒョウは初めてだし……

 ドキドキしながら幼いユキヒョウに近づいてみる。


「グルルゥ……」


「怖がらないで……」


 ん、よく見たら、大きなネコって感じだな。

 なら……

 人差し指をゆっくりと近づける。


 お、興味を示したぞ。


 幼いユキヒョウは威嚇を止め、私の指先の匂いをクンクンと嗅ぎだした。


 これで、落ち着いてくれたらいいんだけど……


 あ、いけそう……

 しばらく私の指の匂いを嗅いでいたユキヒョウが、私の手に頬ずりをしてきた。


 よし、それならばと、ユキヒョウののどを撫でる。

 これにものどを鳴らして反応してくれた。受け入れてくれたってことだね。


「足を見てもいい?」


 体を撫でながら、黒ずんでいる後ろ足を見てみる。


「どうだ?」


 ユーリルとテムスが近づいてきたけど、もう威嚇はしないみたい。


「やっぱりケガしてる。深くは無いけど傷跡があって、それで歩けないのかも。膿まないうちに消毒した方がいいけど、とりあえずは……」


 ハンカチ代わりに持ち歩いている布をケガした足に巻き付ける。


「ちゃんとした治療をしたいんだ。ついてきてくれるかな?」


 私はユキヒョウを抱き上げる。


 あ、男の子だ。


「にゃおん!」


「ソル姉、いいって」


 はは、本当にそう言った気がしたよね。


 私たちはユキヒョウくんを連れ、馬を残している川沿いまで向かう。


「あそこはどうする?」


 前を歩くユーリルが聞いてきた。


「……この子に見せよう」


 私たちは来た時と同じ道を戻ることにした。







「ソル、いい?」


「うん、この子も大人しくしてるよ」


「それじゃ、行くぜ」


 栗毛の馬はユーリルの指示に従って歩き出した。


「ソル姉、その子、家で飼うの?」


 一番前のテムスが振り向いてこちらを見る。


「父さんに聞かないといけないけど、傷が治るまでは世話をしないといけないんじゃないかな」


 ユキヒョウくんを抱きかかえた私は、一番後ろからテムスに答える。

 そして帰り道、手綱を握っているのは真ん中に座っているユーリルだ。もし、途中でユキヒョウくんが暴れてもユーリルなら何とかしてくれるだろう。


「落ち着いてんな、そいつ」


「うん、さっきお母さんと会った後から大人しくなったよ」


 もうお母さんがいないことを教えるために、この子にお母さんの亡骸に体面させた。すると、二、三度鳴いたあと、お母さんの鼻に自分の鼻をつけ、そして私の方を向いてからは二度とお母さんの方を見なかった。たぶん、それでお別れが済んだんだと思う。


「ユーリル兄、ユキヒョウって何を食べるの?」


「肉食だから、羊とか鳥とかかな」


「小っちゃいけど、お肉食べるの?」


「これくらいの大きさなら、たぶん食うと思うぜ」


 竹下はユキヒョウが大好きだから普段から色々と調べていた。その時の知識が役に立ちそうだ。


「ん? なに?」


 腕の中のユキヒョウくんがこちらを見上げて、鼻を近づけてきた。

 私も鼻を近づけそれに応える。


「にゃおん」


 よかった。落ち着いているみたい。


「うちにつくまで大人しくしててね」


 それから家までの間、ユキヒョウくんは時折足を痛がりながらも、私の腕の中でたぶん初めて見る外の世界をきょろきょろと興味深そうに眺めていた。







「父さん、この子を見てあげて!」


 家に着くなり、診療所に飛び込む。


「ほぉ、ユキヒョウじゃないか。その布は……ケガをしているのか。どれ」


 父さんは私からユキヒョウくんを受け取り、傷口にあてた布を外す。


「ふむ。ジュト、今から消毒するからこの子を押さえていてくれ」


 父さんは、ジュト兄に抱きかかえられたユキヒョウくんの傷口を桶に入った水で洗い流し、その後消毒用に作っている濃いお酒をかける。


「にゃ! にゃおん! おん!」


「お、痛いか。痛いなら神経が繋がっている証拠だ。ジュト、しっかり押さえててくれ」


「男の子だろう。我慢しろ」

「落ち着いて、すぐに済むから、落ち着いて」


 私もユキヒョウくんに顔を近づけ声を掛ける。


「血は止まってるな。……うん、腱は大丈夫そうだ。消毒をしたが、これから少し腫れるかもしれんぞ」


 父さんは念のためと言って化膿止めの薬草を塗り、傷口を布で覆う。


「父さんこれから……」


「ソルがちゃんと面倒見るんだよ」


「にゃ!」


「いいの? あ、こら、やめて」


 治療を終えたユキヒョウくんは私のところにやってきて、顔をぺろぺろと舐め始めた。


「ああ、ユキヒョウは山の神様の使いだろう。その子がいたいというのなら、それに応えてあげないといけないからね」


「ありがとう、父さん。あ、それと、この子のごはんを……」


「ふむ、確かにたくさん食べそうだな」


 まだ小さいのに足が太くてしっかりとしている。これから大きくなる証拠だ。


「そのー、私が出してあげたいんだけど……」


「神様の使いなんだから村で出すこともできるが、ソルは自分で世話をしたいのかい?」


 私はうんと頷く。


「そうしたいならそうしなさい。だが、いま手持ちはないだろう」


「ち、ちゃんと返すから。これまで以上に働いて返すから、貸してもらえないかな……」


「いいだろう。もうすぐ工房もできるんだろう。しっかり働いて返すんだよ」


 よかった。なんだかこの子、私の手で育てたかったんだ。






〇5月15日(月)地球



「なんと! ユキヒョウを飼うことになったんですか!?」


 朝の散歩のとき、テラとまだ繋がっていない海渡に昨日のことを報告した。


「うん、いつまでかわからないけど、少なくともあの子だけで生きていけるくらいまではうちの子になるのかな」


 父さんはあの子が居たいと思うまでは居させてあげなさいって言ったけど、いつかは野生に返さないといけないはずだ。


「まだ、子供なんですよね。ならしばらくは一緒にいるんでしょう。名前はどうされたんですか?」


「ソルと相談してカァルに決めた」


「カァル、カァル……はて、どこかで聞いたような……あ、思い出しました。確か、トルコ語で雪でしたっけ?」


 うんと頷く。

 治療が済んだ後、体の汚れを拭いてあげたらキレイな白い色で、まるで降って間もない雪のように見えたんだ。


「ユキヒョウならユーリルさんは大喜びだったでしょう」


「それがさあ、ソルにびったりでなかなか触らせてもらえないんだ」


「ありゃ、こっちと一緒じゃないですか。ソルさんにお願いして、カァルくんと遊んでもらえるようにしてもらわないとですね」


 竹下もそうなんだけど、ネコが好きすぎて必死になっているからそれで相手から引かれてるんだと思う。慣れてくるまでは難しいかな。

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