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第158話 ふぅ、先は長いぜ

〇(地球の暦では7月20日)テラ



「準備できたら出発するよー」


 工房前の広場にリュザールの声が響く。


「あ、ちょっと待ってください。これでいいですか?」


 ルーミンが馬に括り付けた荷物をユーリルに見せている。


「ここはこうだろう…………よし、これなら馬にも負担がかからねえ。よくできてるぜ」


「ありがとうございます! えへ」


 ルーミン、嬉しそう。初めての自分で馬に乗っての旅、ユーリルに教えてもらって荷物の積み方を勉強していたもんね。


「いいようだね。それじゃ行くよ」


 リュザール、ルーミン、ジャバト、それにアラルクの四人は五頭の馬と共に旅立って行った。今回の旅、まずはルーミンの故郷のビント村で紙の製造について打ち合わせをして、それからジャバトのナムル村に寄って馬を渡し、その後アラルクの里帰りも兼ねてコルカに行く予定。リュザールによると全行程二週間くらいらしい。


「行っちまったな」


「うん」


 ちょっと寂しい。四月に私たちを送り出したときのルーミンはこんな気持ちだったのかも。


「んじゃ、俺たちも行くか」


 見送りに来ていた工房の人たちと一緒に持ち場に戻る。ルーミンたちがいない分、今度は私たちが頑張らないとね。






「お邪魔するぜ」


 織物部屋でいつもの作業を続けていると、パルフィがやってきた。


「待ってたよ。で、そっちは片付いた?」


「ああ、弟子たちに頼んできた。今日からしばらく頼むな」


 父さんとファームさんとの話し合いも滞りなく終わり、ユーリルとの結婚式までのカウントダウンが始まっているパルフィ。結局このままでは織物が間に合いそうにないので、ルーミンが旅に出て空いている機織り機を使って一気に進めようとしているわけ。


「使い方わかる?」


「なんとなくな……」


 なんとなくなんだ……というわけで、コペルの指導の元、パルフィの機織りが始まる。


「右のレバーを踏む……そう、そこで糸を飛ばす……」


「こ、こうか?」


 横糸がヒュンと……

 あーあ、パルフィの力が強すぎて縦糸を引っ張ってるよ。


「やっちまった……やっぱ、こういう作業は苦手だぜ」


 もう一度横糸を戻してやり直し。


「筋はいい。すぐに上手くなる」


「そ、そうかな」


 コペルは教え上手。こうやってみんなをやる気にさせて、一人前の職人に仕上げていくんだ。


「無理して急ぐ必要はない。確実にやる」


「おう! ……でもよ、あの柄、あたいでもちゃんと織れると思うか?」


 パルフィが私たちに話してくれたデザインは、コルカのお母さんの家に伝わる伝統的なものらしくて聞いているだけでも可愛らしかった。


「大丈夫。糸も準備できている。それにその図柄は私の頭の中にある」


「そうか、あたいが間違ったら教えてくれよな」


 頑張れ。パルフィのあとはルーミンそして私の番だ。





「一日やってあれだけか、ふぅ、先は長いぜ」


 井戸で体を拭いた桶を洗いながらパルフィが呟く。

 今日できたのは、掛け物用の布として必要な生地の長さの三分の一くらいかな。


「慣れてないからね。明日はもっと進むよ」


 糸を生地にするために機織り機を使って縦糸と横糸を絡ませていく必要があるんだけど、パルフィは縦糸を上下に動かすための足のレバーを踏むときに、どのレバーなのか一回一回確認していた。慣れてきたらもっとスムーズにいけるはず。


「でもよ、生地ができた後に刺繍もしねえといけねえんだぜ。間に合うのか?」


「刺繍は全部しなくていいんだから、まずは生地を作ってしまおう」


 人の目につくところで使う生地に刺繍がないとおかしいけど、それ以外のところのは結婚した後に仕上げても問題ないことになっている。もちろん、最初から揃っている方が望ましいんだけどね。


「仕方がねえ。コツコツやっていくか」


 織物に関しては、コペルがいるんだから間に合うように調整してくれるはず。

 あとは……


「ねえパルフィ、穂乃花さんのところも夏休みに入っているでしょ。帰ってこないの? お盆は寮が休みになるんだよね」


「そうなんだけどよ。どうすっかな……一応受験生は残っていいことになってんだ」


 人が少なくなって寮の方が静かになるからかな。


「やっぱり勉強は大変?」


 穂乃花さんは東大の理学部を目指していると言っていた。


「そんなことはねえけど……」


 お、これは……


「竹下も会いたいはずだよ」


「剛か……あたいは毎日ユーリルに会えっけど、確かに穂乃花は……」


 遠距離交際を続けている穂乃花さんと竹下は、SNSを通じてのやり取りだけ。実際に会いたいはずだ。


 もう一押し、何かなかったっけ……


「そうだ! 来週の土日は花火大会があるんだ。おいでよ」


「来週か……そりゃまた急だな。仕方がねえ。飛行機が取れっかわかんねえけど、計画してみるわ」


 よし、今年の夏も楽しみになって来たぞ。






〇7月21日(日)地球



「皆さん聞いてください。弟たちが大きくなってました!」


 朝の散歩の時間、海渡が嬉しそうに報告してきた。

 風花も凪ちゃんもうんうんと頷いている。昨日ルーミンの生まれ故郷のビント村に無事着いたみたい。


「服のサイズはどうだった?」


「バッチリです! 痩せたままだったらどうしようかと思ってましたが、糸車のおかげでご飯をたくさん食べられるようになったみたいで、年頃の男の子と同じくらいの背丈に……ホッとしましたよ」


 よかった。そこを一番心配していたもんね。


「俺さ、昔、テラで何を作るか話したときになんで樹が糸車を推すのか不思議に思ってたんだが、こんなふうに劇的に変わるんだな」


「はい。僕もテラの記憶を持って納得しました。女の人が忙しすぎて当たり前のことができてなかったんです」


 そうそう、食事を作って織物をして子育てをして、さんざん疲れた挙句に畑や羊の世話もやらないといけない。男の人にも手伝う余裕なんてないから、中には体を壊す人も出てきてさらに生活が苦しくなる。悪循環だったんだよね。そこで、少しでも時間の余裕ができるように糸車をあっちで作ろうと考えたわけ。それが今のところうまくいっているみたい。


「それで、紙の方はどうなりそうだ?」


「ビントの村長がカインに職人を派遣するって。でね、その職人というのが……」


 風花が海渡を見た。


「はい、ルーミンのお兄ちゃんです!」


 おぉ! ルーミンの家で紙漉きをやることになるのかな。


「あと、ルーミンの弟が工房の職人として来ることになったから、みんなよろしくね」


「はい、弟は二つ下になります。仲良くしてやってください!」


 海渡、ほんと嬉しそう。家族のことが大好きだもんね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ゴムは産業が発達してくると必需品の一つだからやっぱり欲しいですよね。 [一言] そういやわざわざ麹黴を見つけなくても、そのうち中国方面に大豆を探しに行くならクモノスカビでもいいんではと思っ…
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