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第157話 大事にとっとかれたら意味ないよ

「ところで風花先輩、ルーミンたちを連れ出してくれるのはいつ頃になりそうですか?」


 凪ちゃんも気になるみたい。絵を描く手を止めて顔をあげた。


「セムトさんが戻ったら、タリュフさんを連れてコルカに行かないといけないからその後かな」


「ということは、一か月くらいは大丈夫ですね。よかった、間に合いそうです」


 カインに戻ってみると、ルーミンは実家にいる二人の弟たちのために服を作っていた。


「ジャバトは何か持っていく? 手伝うよ」


「僕のところには弟や妹はいないので食料とかの方が喜ぶと思います。樹先輩、麦を頂くことはできますか?」


「うん、預かっている分があるから大丈夫」


 ジャバトがカインに来てから一年ちょっと。真面目に働いてくれているし、お金というか麦を使うことがないからたくさん残っている。


「凪ちゃん、お土産は麦よりも馬にしたら。食料は食べたらそこで終わりだけど、馬なら農作業とかにも使えるし万一の時には売ることだってできるからね」


「う、馬ですか!?」


 ほんとそうだよ。風花の言う通り、工房の馬は今回コルカでラクダと交換して四頭も増えてる。そのうちの一頭をジャバトが欲しいというのなら譲っても問題ない。


「お父さんたち喜ぶかな……あっ、やっぱりだめです。そんな高価なものを買っちゃったら、僕、ルーミンのために結納品を出すことができなくなります……」


 確かに他の工房の職人さんの手前、ジャバトだけ馬を安く譲るわけにはいかないか……でも、


「凪ちゃん、ルーミンのところは早くに家を出ているから、結納品は必要ないよ……ね、海渡」


「はい、ルーミンはジャバトと違って女の子ですから、セムトさんの隊商に引き取られたときに実家とは縁が切れてます。本来なら結婚の挨拶すら必要ありません」


 結納品は女の子を結婚できるまで育ててくれたことに対するお礼の意味があって、ルーミンの場合、結婚できる年齢前に家を出されたからその必要はないというのがテラでの考え方。これは親と子が共倒れしないためのシステムで、親は女の子を結婚前に養子や奉公(口減らし)に出した後は子供に対する義務と権利が無くなり、女の子はその時から親に対する義務と権利が無くなることになっている。だからといって会えなくなるわけじゃないから、その後も行き来している親子は存在しているみたい。


「そうかもしれませんが、僕、ちゃんとしたいです」


 ルーミンの実家に挨拶に行きたいくらいだから、凪ちゃん(ジャバト)はルーミンとの結婚をルーミンの家族にも祝って欲しいんだろうな。


「わかった。それなら、ルーミンのところに結納品をもっていくのは来年だから、それまでに貯めよう」


 ルーミンが実家と縁が切れているからといって、援助してはいけないという掟があるわけではないからね。


「は、はい、僕、頑張ります!」


 ジャバトのところも親元に支援を頼みにくいと言っていたから、結納品は自分で用意しないといけない。でも、これから綿花だけでなく砂糖の栽培も始まって、農地を増やす必要も出てくる。農業に興味を持ったジャバトの知識が役に立つはずだから、すぐに貯まるはずだよ。






〇(地球の暦では6月10日)テラ



「パルフィ、いる?」


 お昼過ぎ、工房の隣にある鍛冶工房の扉をくぐる。


「ここにいるぜ。どうしたソル、今日は休みで織物をやるって言ってたろう」


 パルフィは鍛冶工房の端っこで包丁を研いでいた。


「はは、一人だとなかなか進まなくて……見てていい?」


「おう、そこの椅子を出して使いな」


 棚から丸椅子を取り出し腰かける。

 旅の疲れもあるだろうからって、旅組の四人は昨日と今日は休みにされてしまった。男性陣は同じ部屋だからいいけど、私は一人……今のうちにと思って結婚するときに持っていく敷物を織っているんだけど、同じ作業の繰り返しでなかなかはかどらない。そこでちょっと息抜きをさせてもらおうと思ったんだ。鍛冶工房の作業は珍しいからね。


「だいぶん変わったね」


 一か月以上留守している間に、鍛冶工房の中が何と言うか……うん、かなり進化している。滑車はあったけどいつの間には万力みたいな物もできているし、職人さんがメンテナンスしているあれは……


旋盤せんばんか。すげえだろう。どうしたらいいか悩んで寝たら、翌日にはあっちのあたいが調べてくれる。ほんと助かるぜ」


 すごい!

 旋盤って確か金属を削って加工するんだよね。そんなことまでできるようになったんだ。でも……


「地球では受験生でしょ。時間は大丈夫?」


 穂乃花さんは高校三年生で東大を目指しているはずだ。


「平気みたいだぜ。穂乃花は頭がいいからよ」


 いや、パルフィも十分頭がいいよ。穂乃花さんの考えていることをこっちで再現できるんだから。


「それで、硬貨の準備は進みそう?」


 私たちが旅をしている間も、セムトおじさんやバーシの隊商が工房の商品を売ってくれている。代金の一部を銅や鉄などの金属にしてもらっているから、貨幣の材料もある程度貯まっていると思う。


「銅やニッケルはいい感じに集まってきてる。そろそろ銅貨を作り始めてもいいんだが、形はどうすんだ?」


「形?」


「ああ、地球のコインにも図柄があるだろう。まあ、そんなに手の込んだものは無理だが、ちょっとしたものなら作れるぞ」


 図柄か……


「竹下たちとは元の金属とほとんど同じ価値にするから、何も描かずにただコインの形にしたらいいんじゃないかって話してたよ」


 金貨なら必要かもしれないけど、銅貨じゃコスト的に合わないと思う。


「うーん、そんなの手に入れたとして、みんな喜ばねえだろう」


「喜ぶ?」


「そうだ。ただの金属の塊を見てワクワクするか? この辺のやつらは硬貨ってものを初めて目にするんだろう。欲しいと思わせないと誰も使おうと思わねえぞ」


 欲しいと思う……確かにそうかも……あっ!


「で、でも、大事にとっとかれたら意味ないよ」


 麦の代わりにお金として使ってもらわないと、これまでの努力が無駄になっちゃう。


「まあ、一部の人間にはそういうのもいるだろうな。それはそれでいいと思うんだ。でも、ほとんどの人は使っちまうはずだ。飯を食えなくなるからな」


 なるほど。


「わかった。話し合ってみるよ」


 みんなが喜ぶような柄か……どんなのがいいんだろう。

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