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第156話 練習したら大丈夫です!

 竹下の部屋の座卓の上で、刷りだしたインドゴムノキの写真を元に三人がそれぞれ目の前の半紙に絵を描き始める。


 えーと、まずは葉っぱ。

 楕円形で長さを……実物と同じ大きさに描かないと伝わらないから慎重に……ふぅ、できた。おっと、葉脈も入れなきゃ……


 なぜ急にインドゴムノキの絵を描いているかというと、コルカからの帰りに荷馬車を人を運ぶために使っているのを見てしまったからなんだ。ゆっくりと移動していたけど、道が悪くて荷台が何度も跳ねていたから乗っている人のおしりが大変なことになっていたんじゃないかと思う。

 僕たちは、いずれ人を運ぶためにバネを付けてゴムタイヤを履いた馬車を作ろうと思っているんだけど、需要があるのなら早めに動いた方がいいんじゃないとなって、タイヤ用のゴムを確保するためにインド方面に向かう隊商に探してもらおうとしているわけ。ただ、インドあたりで話されている言葉をリュザールたちも知らないみたいなので、羊毛で作った紙に絵を描いて渡そうと考えたんだ。これなら、言葉が通じなくても文字が読めなくてもわかるはずだからね。

 ちなみに墨で書いているのはテラにはまだ墨しかなくて、同じように描いておかないとあっちで再現できないかもしれないから。


「できましたぁ」


 海渡が手元の二枚の半紙を左右それぞれの手で持ち上げた。

 どれどれ……左の紙は幹があって枝があって、葉っぱが付いている場所は……写真と合ってるのかな。でもなんだかおかしい……


「お前、ここ。葉っぱがギザギザになってんぞ」


 そうそう、右の紙に描いている葉っぱだ。インドゴムノキのは触っても痛そうじゃない。


「あー、やっぱり。文字と違って絵だと手が震えちゃうんですよ」


 わかる。筆の力加減が難しいんだ。


「お二人はどうですか?」


 海渡にできた作品を見せる。


「樹先輩のは……なんかひょろっとしてませんか? それに竹下先輩のは枝と葉っぱのバランスが……このままだと頼んだものとは違うものがやってきそうですね」


 実際にこの絵とそっくりの木があるかも。


「ほんと、リュザールがなんだかよくわからない木の樹液を買う羽目になりそうだね」


 たとえ違うものが届いたとしても、長い距離を運んでくれたんだから要りませんとは言えないもん。


「ボクがどうしたって?」


 風花と凪ちゃんが部屋に入ってきた。手伝いが終わったみたい。


「服、着替えて来たんだ」


 二人はいつもの洋服に身を包んでいる。


「うん、汚したらいけないから……それにしても……」


 風花たちが写真と僕たちの半紙を見比べる。


「これじゃ使えないよ」


 やっぱり……


「凪ちゃん、ボクたちも描こう」


 風花と凪ちゃんに座卓の上を明け渡す。

 さてと、二人はどんな絵を描くのかな。


「注目されると気が散るんだけど……」


 風花からじろりと睨まれた。


 それもそうか。

 竹下のベッドに男三人が並んで座る。


「いやー、ほんと皆さんが無事に帰ってこられて安心しました」


「おう、長かったぜ。でもよ、こっちでも毎日報告してただろう」


「そうですが、皆さん思った以上に痩せられてて驚きましたよ」


 あー、


「町ではちゃんと食べられたんだけど、シュルトとコルカの間が大変だったんだ」


「だな。とにかく水を切らせねえようにする必要があって、食料をあまり詰めなかったんだ」


 新しく川が流れているという噂は聞いていたけど、間違いだったら命にかかわる。だから、水だけはコルカまで補充できなくても大丈夫なようにしていたんだ。


「なるほど、とにかく栄養を付けないといけません。明日はミサフィさんが腕を振るうと言われてましたから、たくさん食べて早く元に戻ってくださいね」


 うん、そうする。母さんの美味しいご飯をたくさん食べたい。


「そうだ。ミサフィさんと言えば、戻った早々ソルをどこかに連れて行ってたじゃん。何してたんだ?」


 えーと……


「はい。ご本人からは言いにくいかもしれませんので僕がお答えします。ソルさんは乱暴されてないか調べられたんですよ」


 ははは……


「ら、乱暴!? ……え? あっ、あぁ。お、俺はしてないぞ!」


「ぼ、ボクも! まだ、やってない!」


 風花からも反応が……聞こえていたんだ。


「はい、盗賊もいませんでしたし、僕たちケンカもしてませんよ」


 うん、ずっと仲良くしてたよね。ただ、そういう意味じゃないんだけど……あ、風花が凪ちゃんの耳元で囁いた。

 はは、凪ちゃんの顔が真っ赤に……


「なぜそんなことになったんだ?」


「戻ったら調べるということが、父さんから出された旅に出る条件の一つだったんだ」


「あ、そうかカインはそういうとこ厳しかったな」


 そうそう。未婚の男女が一緒に旅するとか、普通は親が一緒じゃないと許してもらえないよ。


「それで、大丈夫だったんだよな」


「もちろん。いつも誰かと一緒にいたじゃん」


 トイレの時だって気配を感じられる位置に誰かがいるようにしていた。


「ふぅー、よかったぜ。タリュフさんに睨まれたらカインで生きていけねえからな」


 それは言えてる。


「できた!」

「僕も!」


 お、風花たちの絵が完成したみたいだ。

 みんなで風花と凪ちゃんの紙を覗き込む。


「ゴメン、ボクのはこれ……」


 風花のは……全体的に形がいびつ。僕たちと大して変わらないか。

 凪ちゃんは?


「おっ! ちゃんと形がわかる」

「うわ、なんか写実的です」


「俺たちとレベチだな。もう、ジャバトに描いてもらったいいんじゃねえか」


 ほんと、そう思う。

 みんなで風花を見る。


「凪ちゃん、テラでも同じように描ける?」


 あっちには地球のようにお手本となる写真がないから、覚えていくしか無い。


「練習したら大丈夫です!」


 心強い返事。これで隊商の人たちもゴムノキを探し出して、樹液を運んでくれるはず。また計画が一歩前に進むね。

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