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第155話 それでは始めましょう!

〇(地球の暦では6月8日)テラ



 お昼前にバーシを通り過ぎた私たちは、コルカでラクダと交換した馬にまたがり街道を北東方向に進んでいる。右手には山、左手にも山、そしてその間は奥にかけて登る緩やかな斜面になっていて牧草地が広がっている。

 うん、懐かしい。これぞカインの景色。ようやく帰って来たよ。


「あれは……僕がカインに来たのも今くらいの時期だった気がします」


 ジャバトが街道脇の花を見て呟いた。

 確か、ジャバトが来たのはルーミンと一緒だったから……


「五月の末頃だっけ?」


 ユーリルに確認する。


「……俺が繋がってから半月くらい後じゃなかったか? そうだ、確かその日は地球でホットケーキ食ったろう」


 そうそう、日曜日だった。


「繋がってすぐに、海渡がひもじいのは嫌だって泣き出しちゃってさ。機嫌を取るためにホットケーキを焼いてあげたんだ」


 リュザールとジャバトにその時のことを教えてあげる。特にジャバトは海渡のことだから気になるだろう。


「それであいつ際限なく食うから大変だったんだぜ」


「もしかして初めて会った時に海渡さんがふっくらしてたのって……」


「そう、その名残。こっちの影響で食欲の暴走を止められなかったみたい」


 あの時のルーミンは餓死してもおかしくないほど痩せていた。海渡と記憶を共有しているんだから、地球の方でも食べたい気持ちがまさったとしてもしかたがないと思う。生きるために必要なことだからね。


「そうだったんですね。普段あまり食べてないようすなのに、ああなっていたから不思議に思っていたんです」


「こっちでルーミンがちゃんと食べられるようになって、ようやく落ち着いたんだ」


「そういえばルーミン、最初の頃食べたくても食べれないって悔しがっていました」


 胃が小さくなってしまっていたようで一度にたくさん食べることができなかったから、チーズとかパンとか小分けにして一日のうちに何度も食べさせるようにしていた。ほんと、家が薬師でよかったよ。私が言わなくても父さんたちがちゃんと対処法を知っているから。


「でさ、ルーミンどうなっているかな」


「どうって、どうもなっていないんじゃない。海渡、何も言ってなかったよ」


 誰かが病気になったとかも言ってなかった。


「いや、俺たちがいなかっただろう。修行をサボっているとは思わないけど、ふくよかになってんじゃねえかって……」


 あ、ありえる。


「ふふ、その時はしばらくの間ルーミンちゃんは別メニューだね」





〇6月8日(土)地球



「本格的に雨になっちゃいましたね」


 竹下の店に向かう途中、海渡が傘に響く雨音に負けないように少し大きめの声で話しかけてきた。


「梅雨だから仕方がないよ」


 朝の散歩のときも途中で危なくなってきたから早めに切り上げた。この時期はなかなか気が抜けない。


「ところで海渡、リュザールから特別メニューを組まれなくてよかったね」


「ほんと驚きましたよ。いきなりソルさんから抱きつかれたときには、とうとう違う扉を開けちゃったのかと思っちゃいましたけど、ルーミンのお腹周りを測っていたんですね……」


「リュザールから頼まれていたんだ」


 移動中の冗談かと思ったら、リュザールがやれって……地球で一度太っちゃったことがあるから、心配したんだと思う。


「で、どうでした? 抱き心地はよかったですか?」


「うーん、まあまあかな」


 去年カインに来た時はガリガリだったから、それに比べたらほんと良くなっている。というか、もうちょっと丸くなってもいいかもしれない。


「なんか、失礼な事考えていませんか?」


 ニッコリと微笑んでみる。


「……まあ、いいです。今日はお二人がお手伝いなさっているんでしょう?」


「うん、朝からそう言ってたね」


 散歩のときに竹下が風花と凪ちゃんに頼み込んでいた。何でも、カフェの店員さんが急に用事ができて人手が足りなくなったらしい。これまでは僕たちが手伝うことが多かったんだけど、やっぱり可愛い女の子の方がいいみたい。

 ただ、今日はどうしてもみんなと確認したいことがあったから、風花たちの手伝いが終わる時間に合わせて集まることにしたというわけ。


「凪ちゃん、給仕は確か初めてのはずですが、上手くやってますでしょうか?」


「大丈夫なんじゃない。風花がいるもん」


 凪ちゃんは、地球でもテラでもお客さん相手の仕事をしたことはないはず。でも、風花はずっと隊商で働いているし、カフェも何度か手伝ったことがあるからうまいことフォローしていると思う。


「お、カァルくんが表に出てますよ」


 竹下呉服店の前では、カァルが店の前に置いてある椅子の上で寝そべっていた。あそこはちょっと中に引っ込んでいるから、雨に濡れないんだよね。

 あ、気が付いた。カァルが立ち上がって僕たちが来るのを待ってる。


「にゃー」


「カァル、お疲れ様」


 傘をたたみながらカァルに声を掛ける。


「カァルくん、朝以来ですぅ。ところで、凪ちゃんは上手くやってますか?」


「にゃ!」


 カァルは椅子からぴょんと飛び降り、店の中に入っていく。

 僕たちもそれに続いてお店の暖簾のれんをくぐる。


「いらっしゃいませー、あ、海渡さんに樹先輩!」


 明るい声で凪ちゃんが飛んできた。

 いい顔。うまくいっているみたい。ただ、それにしても……


「凪ちゃん。その服、似合ってますよ」


「はい! 可愛いでしょ」


 凪ちゃんがくるっと回った。

 ほんと、可愛い。凪ちゃんが着ているのは、風花が去年の夏祭りの時に着ていた町娘の衣装だ。ブロンズの髪に白い肌が黄色い生地にマッチしている。


「二人ともいらっしゃい。竹下くんは自分の部屋にいるよ」


 風花の声。


「うぉ!」


 そちらを向くと着流しに身を包んだ風花が立っていた。


「ほへぇー、風花先輩、カッコいいです!」


 うん、なんか若旦那っぽい。


「すごいでしょ。風花さんを見て、女性のお客さんが集まっちゃって今日は大変でした」


 たぶんあれだ。都会で人気の執事カフェ。風花は男の仕草も万全だから、女性客の心を掴んだのかもしれない。

 それにしても……


「お客さん多いね」


 この状態で仕事を抜けるのは難しいかな。


「うん、でも店員さんも用事が終わって戻って来たし、カァルもいるし、予定通りに上がれそうだよ」


「にゃ!」


「それなら、先に行っとくね」


 店の奥のおばさんたちに挨拶してから竹下の部屋へと向かう。


「竹下、入るよー」


 竹下は机の前に座り、ノートパソコンを眺めていた。


「おぅ、下どうだった?」


「お客さんいっぱいだったよ。それで、凪ちゃんたちだけど」


「衣装だろう。また、お袋が用意しててさ」


 突然だったはずなのに……


「風花のも?」


「ああ、いつのまにか作ってた」


 もしかして、着せる機会を待っていたのかな。


「それで、見つかった?」


 竹下が『おう』と言ってパソコンを操作すると、プリンターから音がして何枚かの紙が出てきた。


「ほぉ、こんな形なんですね。サイズは?」


「ここにあるぜ」


 竹下が先に刷りだしていた別の紙を見せてくれる。


「なになに……インドゴムノキは葉っぱの大きさが長さ20~30センチで幅が5~10センチほど……結構大きいですね。お二人を待ちますか?」


「時間がもったいねえし、先に始めようぜ。ほい、紙」


 竹下から半紙の束を渡される。


「それならば、筆はこちらに」


 海渡が竹下の書道道具から筆巻きを取り出した。

 あとは僕が硯で墨をすって……よし、完成。


「それでは始めましょう!」

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