第151話 全部砂に吸い込まれてたな
〇(地球の暦では5月24日)テラ
ユーリルの住んでいた町を過ぎた後に進路を南に変えた私たちは、地球ではウズベキスタンの首都タシケントがある地域を進んでいる。寄り道しなければ、ここからコルカまでは五日ほどで着く予定だ。
「あの山があそこに……」
さっきからリュザールがキョロキョロと……さっき、寄りたい場所があるって突然言い出したんだけど、もしかして、そこを探しているのかな。
「なあ、そろそろ教えてくれよ。どこに行きたいんだ?」
そうそう、目的地がわかれば、私たちも探すことができる。
「驚かそうと思ったんだけど……仕方がない。ボク一人では無理みたいだから、みんなも探して。地球ではこのあたりに温泉が出ているんだ」
お、温泉!!
「ほんとなの!? 成分は?」
「落ち着いてソル」
しまった、温泉と聞いて取り乱してしまったよ。
「あまり情報はないんだ。でも、ちょっとだけネットに載ってて、それには硫黄だって」
硫黄!
由紀ちゃんの嫁ぎ先のホテルと一緒だ。
「温泉なら湯気が出ているはずですよね。こんなに見晴らしがいいのに見つからないのは、こっちでは出てないのでしょうか?」
このあたりも砂漠化しているから乾燥に強い草がちらほらとあるくらいで、邪魔になるものはほとんどない。ただ、南側にある山に向かって多少勾配があるから、その陰に隠れて……いや、
「もしかして、気温が高いから湯気が目立たないのかも」
改めてみんなであたりを探す。今度は注意深く……
「ん? ……あ、あれ! 見てください!」
ほんとだ。ジャバトが指さす先、丘の根っこあたりがボヤっとしている。
あんなの蜃気楼か砂ホコリにしか見えないよ。
ということで、近づいてみる。
「硫黄だ!」
あたりから地球でお馴染みの卵の腐ったような匂いがしてきた。
「お、あそこみたいだぜ」
さらに近づくと水……じゃなくてお湯だまりができている場所があった。
色がかなり白い。しっかり硫黄が入っているみたい。
「でもさ、これって入れるのか?」
確かに、地面からごぼごぼっと噴き出していたり、どこからかシューと蒸気の音が聞こえてきたり……武研のみんなといった温泉地の地獄のような感じだ。これ、絶対熱いよね。
せっかく温泉を見つけたのに眺めるだけか……
「……ねえ、そこの岩、なんだかおかしくない?」
あたりを探っていたリュザールが戻ってきた。
確かに砂から出ている岩が並んでいるような……ん? もしかして!
近づいて岩の周りを掘ってみる。
「ほら、こっちにも岩がある」
この岩、思った通り丸い形に並んでいる。
みんなと一緒に内側の砂を掻きだしてみると、岩を並べて作られた簡単な湯船とそこに源泉から伸びる水路が現れた。
「何年も放置されていたみたいだね」
「うん、近くに住んでいた人が作ったのかな?」
「かもな。それでこの岩を外したら……」
ユーリルが湯だまりと水路の間の石を引き抜くと、白濁したお湯が水路にそって流れ始めた。
「溜まるかな」
「漆喰がもっているかどうかだな」
岩と岩の間には漆喰が塗られていた。もし、ひび割れていたらその場所からどんどんと地中に浸み込まれていって、お湯は溜まらないんだけど……
「いけてる?」
「底には溜まったね」
岩風呂のお湯の水位は、じわじわと上がってきている。つまり、ある程度まで溜まったら温泉に入ることができるはず。
「あとはソル頼むな」
そう言って男衆三人組は、ユルトを建てに向かって行った。お湯が溜まっても溜まらなくても今日の宿泊地はここだ。体を拭くくらいはできるからね。
正面に立つカルムに隙は無い。でも、視線をうまく使って……
「っ!」
よし、ユーリルが体勢を崩した。
今だ!
これは見えないはず。死角から蹴りを繰り出す。
「うぉ、危ぶね」
避けられた。入ったと思ったのに……
「ユーリル、いいよ! ソルももうちょいだった。続けて」
夕食をすませた後はいつものように武術の時間。リュザール曰く、毎日やることで体に覚え込ませていくんだって。
「ソルさーん、ちょうど良くなってましたよ」
ジャバトが丘から戻ってきた。
温泉が無事湯船の上まで溜まったので試しに手を付けてみたら、思った通り火傷しそうなくらい熱かった。そこで、湯だまりから流れるお湯を止めて温度調整をしていたのだ。水が無くて足すことができないからね。
「だってさ。ソル、先に入ってきなよ」
ということでお言葉に甘えさせてもらう。こういう時って女の子は得だね。
さてと、湯船の中に手を入れてみる。うん、ちょうどいい感じ。
服を脱ぐ前にあたりを見渡してみる。
とても、とても……本当にとても見晴らしがいい。
大自然を満喫できるのはいいけど、遮るものが私たちのユルトくらいしかない。水がないんだから近くに誰もいないと思うけど……
リュザールたちは? あっちを向いている。気を利かせてくれているんだ。まあ、みんななら見られたとしても……
よし。
サッと服を脱ぎ、皮の袋で汲んだお湯を体にかける。
ふぅー、汗と砂が流れて気持ちいい。
体の汚れを洗い流し、髪をまとめタオルを巻く。準備ができた。
よっと……
湯船につかる。
このお湯、由紀ちゃんのホテルくらい濃い。真っ白で中が見えないよ。
うーんと、一伸びする。旅の疲れが癒される。
「ソル、どう?」
リュザールだ。視線は湯船の中にいっているようだけど、見えてないだろう。
「ちょうどいいよ」
「どうする?」
リュザールは湯だまりの方を指さした。
「少し入れてもらっていいかな」
「了解」
リュザールが岩を少しずらすと水路からちょろちょろとお湯が流れ込んできて、湯船から溢れたお湯はそのまま砂に飲み込まれていく。
ふふ、まさに源泉かけ流しだ。
「まだ明るいからゆっくりいいからね」
リュザールはみんなのところに帰っていった。
さてと、もうちょっと温まってからみんなと交代しよう。
〇5月24日(金)地球
「ほぉ! 温泉が!?」
「にゃ!」
朝の散歩の時間、海渡とカァルに昨日のことを伝える。今日の天気は曇り、半袖ではちょっと肌寒そうだったから長袖にしてきたんだ。
「うん、硫黄のお風呂で気持ちよかった」
「あっちにもあるんですね……それで入っている間、危なくはなかったのですか? 盗賊とか? すっぽんぽんで入ったんでしょ?」
「もちろん裸だよ。だから、誰か一人は見張りをすることにしたんだ」
リュザールたちが入る時は、私が火の番をしながらあたりを警戒していた。
「それにしてもよく残ってましたね。あの辺りの水も枯れていたんでしょう?」
「たぶんだけど、温泉は地中深くを通る水脈から来ていると思うんだ。それで、今回の干ばつの影響を受けなかったんじゃないかな」
硫黄の匂いがしたから、マグマの近くを通っているような気がする。
「なるほど、それで、溢れた温泉はどこに行っているのですか? 皆さん探すのに苦労なさったということは、途中から消えていたということですよね」
「ああ、全部砂に吸い込まれてたな」
湯だまりがあったところは下が粘土層だったり、岩があったりしてうまいこと地上に出てきていたんだと思う。
「ほぉ、ということは、地下に巨大な温水プールができているのですね」
「あはは、海渡くん、温水プールは無いと思うけど、硫黄は貯まっているかもしれないよ」
硫黄が? ……なるほど、あちらは乾燥しているから水分はすぐに蒸発するけど、硫黄分はそのまま残るんだ。
「硫黄ですか……花火は当面作らないことになりましたので、今のところ必要ありませんね」
硫黄と硝石と木炭があると花火と言うか火薬が作れる。自分たちで楽しむだけならいいんだけど、もしそれが盗賊の手に渡ってしまったら大変なことに……そこで、しばらくの間は作るのをやめようと決めたんだよね。
「今はね。でもゴムを見つけたら硫黄が必要になるんだ」
「ゴム? ですか」
「うん、天然ゴムってそのままだと柔らかいみたいなんだ。そこに硫黄を加えたら弾力性が生まれて、使い勝手がよくなるんだって」
へぇ、そうなんだ。
「ゴムがあったら何が作れるかな」
「そうですね。輪ゴム、消しゴムそれにゴムパッキン?」
ゴムパッキンって水漏れの修理とかに使うやつだ。パルフィが欲しがりそう。
「あとはタイヤもゴム製品だぜ」
タイヤか……
「なるほど、荷馬車の車輪だ」
「ね、人を乗せるようになったら必要でしょ」
揺れを吸収するためにバネを付ける予定だけど、ゴムタイヤもあった方がいい。お尻をかばいながらは長い時間乗れないもん。
「ゴムって確かゴムの木から採れませんでしたか。原産は……」
凪ちゃんがスマホで調べ出した。
「インドネシアとかじゃなかったか。あの辺のジャングルで取ってる動画見たことあるぜ」
「僕も見たことありますぅ」
インドネシアか……同じアジアだけど海の向こう。行けるのかな?
「実は動画でよく出てくるゴムの木はブラジル原産なんだ」
「はい、ありました。パラゴムノキ。ほんとだ。ブラジルのアマゾン川流域が原産らしいです」
ブラジルなんだ……南アメリカ大陸だから、もっと行けないよ。
「でもね、ちょっと性能は落ちるんだけどインドゴムノキって言うのがあって、それは名前の通りインドが原産だから手に入れることができることができるんじゃないかって思っているんだ」
風花はもうそこまで調べているんだ。ゴムがあったら荷馬車での行商もやりやすくなるよね。あ、もしかしたら、硫黄の温泉を探したかったのもそのせいかも。
ふふ、優先事項の中にゴムノキを探すことを入れるようにみんなに話しておこう。