第15話 なんだか様子がおかしくないか?
〇(地球の暦では5月15日)テラ
「ソル姉、山に行くんでしょう」
今日も馬を操っているのはテムス。私とユーリルとテムスの三人はそれぞれの午前中の作業を終わらせたあと、いつものように東に向かって馬を歩かせている。今日行く予定の山は薬草畑のちょっと先なので、向かう方向はいつもと一緒なんだ。
「うん、ジュト兄がユーリルと一緒ならいいって言ったからね。テムスは場所を覚えている?」
「うーん、ぼんやりとかな」
「行ける?」
「……ユーリル兄、途中で変わって」
変わってって……ユーリル、行ったことないのに……
「俺が見ていてやるから、とりあえず行ってみようぜ。ちなみにソル、崖とかは?」
「ううん、馬が行けるところまでは険しくないよ」
「馬が行けるところまでって、もしかして、馬を降りてから歩くとか……」
「うん、細い道があるから途中までしか馬ではいけないんだ」
「とほほ、ほんと、こっちに来てから体力勝負だよ」
今日収穫する予定の薬草は、そんなに山深いところに行かなくても大丈夫だから、ユーリルもたぶんなんだこれだけと言うと思う。でも、夏に行くところはもっと山の奥なんだよね、その時にまた驚いてもらおう。
「それで木枠はいつできるの?」
「明日にはできるって」
竹下と繋がったユーリルは、地球の知識を制限なく使うことができる。そこで、昨日早速効率よくレンガ造りをするための道具を調べたみたいで、朝から村の木こりのおじさんに頼みに行ってくれていたのだ。
「これで工房建築に一歩近づいたね」
「だな。せっかく村の人が手伝いに来てくれたんだから、一気に進めたいじゃん」
2、3日前から、村の男の人たちがレンガ造りを手伝ってくれるようになった。たぶん奥さんたちから、工房ができないと糸車が手に入らないから手伝ってきなさいって、尻を叩かれているんだと思う。というのも、セムトおじさんに工房の建設が遅れてると話した後、サチェおばさんが私に任せときなって言ってくれて、そのあとから、人が集まりだしたからね。村の奥様方の連絡網が機能したんじゃないかな。
「あ、そうだ。さっき、何をしていたの?」
工房の話で思い出した。出発前にトイレに向かっていたら、ユーリルが工房の建設予定地あたりでうろうろしているのが目に入って、気になっていたんだ。
「さっき? ……ああ、せっかくだから工房の設計を変えようかと思って、機織り機を置く場所が必要だろう」
おおー、あれはコペル用だから私たちの部屋に置かないといけないかなって思っていたけど、工房に置けるのならみんなで使うことができそうだ。
「わかった、任せるよ」
綿花が育って綿がたくさん採れて、糸車が普及して糸がたくさんできたら、タオルをたくさん織ることができる。コペルに自分たち用のタオルを織ってもらおうと思っていたけど、機織り機を何台も並べて、たくさんタオルを作ってテラの人達に買ってもらってもいいかも。
ふふ、なんだか楽しみになって来た。
「止まって、馬はこの辺で置いていくよ」
薬草畑の横を通り抜けさらに奥に進み、山に入って直ぐの川辺で馬を降りる。
「ま、まさか、ここからかなり登るの?」
そんなにびくつかなくても、お昼過ぎからここに来ているんだから高いところまで登らないのに……やっぱり遊牧民だから山のことはあまり知らないんだね。
「ユーリル兄、すぐそこだよ。付いて来て!」
テムスは思い出したみたい。でも、
「テムス、待ちなさい! 準備してから行くよ」
ユーリルに木で作った鳴子(揺らすことで音が鳴る道具)を渡す。
「なに?」
「これで音を鳴らしながら歩いてね」
「もしかして……クマ用?」
私はにっこりと微笑む。
「もし出たら……死んだふりでいける?」
ユーリルが竹下の記憶を持っていたとしても、地球ではクマが出ないところに住んでいるから対処法を知らなくても仕方がない。
「出ないためにしっかり鳴らしてね」
とにかく近寄らせないことが大事だからね。
どこからか聞こえてくる鳥の鳴き声とともに、カツンカツンと人間の存在を知らせる音が響き渡る。
うーん、若葉の匂い、それに風も気持ちいい。
今は地球の暦で5月の中頃。畑にいると太陽の日差しも強く感じることがあるけど、ここでは木々の間を通ってくるから幾分柔らかく感じる。
なお、テムスに手を引かれて山を登るユーリルには、自然を感じる余裕は無いようだ。手に持った鳴子を必死で鳴らしながら、きょろきょろと落ち着きがない。
「な、なあ、テムス。ぐんぐん進んでいるけど……道、間違ってないよな?」
「間違ってない!」
「ソル、本当? これって、けもの道だよね?」
前を歩くユーリルが、振り向きながら聞いてきた。
テムスは、他のところよりも草が少しだけ生えていない場所を選んで進んでいる。はっきり道とわからないから、初めて通るユーリルが不安になるのも仕方がないと思う。
「この道で正解。私たちくらいしかこの山には入らないから、ちゃんとした道は無いよ」
「俺、さっぱりわからない。一人で置いてかれたら戻れそうないぜ」
「そう? この木もあの木も去年と同じところにあるよ」
ほぉ、テムスはそんな感じで覚えているんだ。
「ソルもわかるの?」
うんと頷く。
「草原ならわかるんだけど、山は無理」
逆に私とテムスは草原に置いて行かれたら、どこにいるのかわからないと思う。
「それで、まだなの?」
「もうすぐだから……ん?」
あれ、何か聞こえたような……
……おん、……ん、にゃ……
「テムス、止まって。ユーリルは鳴子を止めて。ねえ、何か聞こえない?」
二人は立ち止まり、私と一緒に耳を澄ます。
……おん、にゃおん……
やっぱり、遠くの方から鳥とは違う動物の鳴き声が聞こえる。
「ネコ?」
「ユーリル兄、こんなところにネコはいないよ」
「ということは」
「うん、たぶんユキヒョウ」
「すごい! マジでいた」
ユーリルはユキヒョウに会いたがっていたもんね。
ただこの鳴き声、前聞いた時よりも幼いような気がする。
にゃおん、にゃおん……、にゃおん…………にゃおん……
「なんだか様子がおかしくないか?」
一生懸命に鳴いているけど、力強さは感じられない。
「ユキヒョウさん、誰か探しているのかなぁ」
確かにそんなふうに聞こえる。
「急いだほうがいいかも。行ってみようぜ」
私たちは声がする藪の中へと足を踏み入れた。