第147話 第一号はボクだから
隊長さんとの打ち合わせをすませて町長の家に戻ってきた私たちは、畑仕事を終えたアルバンと一緒に長老さんたちが来るのを待つことにした。
「アルバン、長老さんってどんな人たち?」
「全部で三人いるんだけどシュルトの各地区の顔役の人で、親父の頃から相談に乗ってもらっているんだ」
そうなんだ。
「どうして町長の仕事を手伝ってもらおうと思ったの?」
「親父が死んで弔ってもらうときに、町の人の不安そうな顔が見えちゃってさ。俺一人ではこの人たちを笑顔にできないなって……」
それで、顔役の人に頼んだのか。
「あなた、お見えになりました」
「わかった。お通しして」
アルバンの奥さんに案内されて居間に入ってきた長老さんたちは、失礼しますと言って私たちの正面に座った。長老と言ってもおじいちゃんというわけではなく、三人ともタリュフ父さんくらいの年にみえる。
「本日はお越しいただきありがとうございます。カインの客人から有益な情報を得まして、先輩方のお知恵を拝借したいと思い、お呼び立ていたしました。こちらにおられるのが……」
挨拶の後、早速話を始める。
「ほほぉ、タルブクを経由してこちらまで……あちらの方はどうですか?」
リュザールが今回の旅の状況を伝える。
「おぉ! 湖の方は安全に……危険を冒した甲斐がありましたな。それで、隊商は出せそうですか?」
「出せないことはないですが、湖からタルブクの間の村が避難しているようで、誰もいない状態です」
こちら側で話すのはリュザール。長老さん側は一番年上に見えるおじさんだ。
「うーん、それでは隊商が出しにくい。タルブクとの交易はしばらくできそうにないですな」
「ちょっ! それは」
エキムが発言しようとするのをリュザールが止めた。何か考えがあるのだろう。
「今回我々がシュルトまでやってきましたのは、ある産物の生産をこの地方にお願いするためです」
「昨日、町長が砂糖とか言ってましたが、まさか……」
「はい、そのとおり砂糖になります」
三人の長老さんから、どよめきが起こる。
「しかし、砂糖は温かいところでしか取れないと聞いております。ここシュルトはお世辞にも温かいとは言えない気候。どこか他の場所とお間違えなのでは?」
「間違ってはいません。ここにいるソルが発見した砂糖は、寒いところの方が都合がいいのです」
……私が発見? 竹下の間違いじゃ……ユーリルを見る。
親指を立てた。いいのかな……
「寒いところの方が……どういうことですか?」
「まずは、ある植物を栽培する必要があります。そのためには……」
リュザールは、長老さんたちにテンサイのことは告げずに話を続ける。
「にわかには信じられません。ほんとに砂糖が手に入るのなら東の林を切り開いて村を作ることも可能ですが……」
実際にテンサイの実から砂糖を作るところを見せたら話が早いんだけど、カインでも栽培を始めたばかりで実物がない。どうしたらいいんだろう。
「これをご覧ください」
リュザールは横に置いていた糸車を手に取った。これはカインから持って来たものではなくて、アルバンのお母さんからさっき借りてきたやつだ。
「糸車ですな。この町に一台しかありませんから、うちのから何とかして手に入らないかとせっつかれて困っていますよ」
他の長老さんたちもうんうんと頷いている。どこの家でもそうだと思う、糸車は女の人ならみんな欲しがるはずだもん。
「そういえば、糸車もカインで作られているとか……」
「はい、ここのいるソルが夢のお告げを聞いて作ったものです」
長老さんたちからまたしてもどよめきが……
慌ててリュザールを見る。
ウインクをされた……
糸車は地球のものをこっちで再現して……えーと、地球であったことはテラでは寝ている間のことだから……夢のお告げのようなものなのかな。
「この他にも、荷物をたくさん運ぶことができる荷馬車や簡単に手に入れることができる紙、そして米を使った料理などソルはたくさんのものをカインにもたらしてくれました」
私が全部じゃないけど、リュザールに話を合わせるって言っちゃってるし……
仕方がない。ニッコリと微笑む。
「「「おぉー」」」
「もちろん砂糖についてもソルが夢のお告げで聞いております。ただ、場所はここである必要は無いようです。もし、皆さんがシュルトを豊かにしたいと思うのなら……」
「わ、わかりました。町長と話をしてまいります」
アルバンと長老さんたちは居間を出ていった。
「……皆さん見ましたか? ソルさんが微笑まれたときの長老たちの顔、まるで推しを愛でる人たちのようでしたよ」
「あ、なるほど、俺もどこかで見たと思ってたら、アキバにいるアイドルの追っかけをしているおじさんたちと一緒だ」
「アイドル……ぶははっ、ソル、長老たちにサインを書いてあげたらどうだ」
もう、他人事だと思って……
原因を作ったリュザールをじっと見る。
「ごめんごめん。でも、すんなりといきそうでしょ」
そうかもしれないけど……
お、足音が、
「お待たせしました」
戻ってきたアルバンたちは元の席に座り、
「ソル様そして皆さま方、どうかシュルトをお助け下さい」
といって、深々と頭を下げた。
〇5月11日(土)地球
朝の散歩の時間、昨日あったことを海渡に伝える。
「ふふふ、ソルさんのファンが増えましたね。第一号の僕としては嬉しい限りです」
「海渡くん、それは違うよ。第一号はボクだから」
二人が両脇から僕の腕を掴んで『ボクはカインのバザールでソルが女神さまに見えた時から』とか『いえいえ、ルーミンが夢で女神さまいえソルさんに助けられた時の方が早いです』とか言っているけど、ソルは神様じゃなくて普通の人間なんだって。
「おい、じゃれてないでそろそろ離してやれ、樹のシャツの袖が伸びるぞ」
「おっと、失礼しました」
「ごめん、樹」
二人はいつもの位置に戻った。
「でも、荷馬車をシュルトで作るようにしてよかったのですか?」
「うん、開墾を支援してくれる商人たちを儲からせないといけないからね」
昨日アルバンたちとの話で、避難民を募ってシュルトの東を開墾することが決まった。その人たちの当面の間の食料をシュルトやその近郊の商人さんたちが出すことになったんだけど、これまでのように馬に乗せて運んでいても利益が足りないということで、荷馬車を導入することになったのだ。
「それにさ、カインの荷馬車をシュルトまで売りに行けねえし、取りにも来ねえだろう」
カインとシュルトは馬に乗ったとしても片道20日くらいかかるからね。現地で作ってもらった方が効率的だ。
「それはそうでしょうけど、エキムさんの所では作らないのですか? カインに来ている職人さんたちに作り方を教えてますよ」
「それはそのまま教えてあげて。タルブクでは男の人は放牧に行くから、普段は女の人が糸車をメインでやって、荷馬車はたまにでいいみたい」
長老さんたちと話し合う前に、エキムと一緒にタルブク隊の隊長と打ち合わせをした。その時に決まったのが、糸車はタルブクで作るけど荷馬車は自分たちのところと近くの村の分だけにするということ。工房の仕事が忙しくなって、放牧に行けなくなるのは困るらしい。タルブクの人たちは村に住んでいるけど、気持ちは遊牧民と一緒なんだろうね。
「なるほど、かしこまりました」
それで、シュルトとの間で糸車の交易が始まるから、途中の村を捨てた人たちを呼びに行く必要があるんだけど、それはエキムたちが何とかやってみるって。同じ放牧をする者同士、避難先に心当たりがあるんだろう。
「ソルさんたちも、ようやくシュルトでの大仕事が終わりましたね」
「うん、大変だったけど何とかなった。開墾がうまくいったら、再来年にはテンサイの栽培が始まって砂糖をつかった料理も増えてくるはずだよ」
普及するのはしばらくかかるかもしれないけど、これまでのようにほとんど手に入らないということは無くなるはずだ。
「では、今のうちからそれ用の食材を探さないといけないですね。栽培には時間がかかるはずです」
海渡は凪ちゃんを見た。あっちで会えない分、今日は土曜日だしこっちで図書館デートをするつもりなのかな。
「それで、皆さんはシュルトをいつ発たれるのですか?」
「明日のんびりと物資を補充して、明後日出発するつもり」
「ということは、次は……」
海渡は今度は竹下を見た。ユーリルにはコルカでパルフィのおやじさんとの勝負が待っている。
「い、いけるはず。エキムの真似して筋トレもしていたし」
馬の乗り方を工夫するだけで足腰を鍛えることができるなんて、忍者の知識はすごいね。