第146話 必需品が多そう
〇5月10日(金)地球
「おっ! 海渡、涼しそうだな」
朝の散歩の時間、海渡は半袖でやってきた。
「はい、今日からこれにしました。急に暑くなりましたので」
ほんと、連休が終わってから汗ばむ日が増えたよ。
「僕も明日からそうしようかな……ところで皆さん、どう考えても地球の方が暑いと思いませんか? これって、きっと温暖化の影響ですよ」
あちらと違って、ここは海が近くて湿気ているというのもあるのかもしれないけど、お父さんたちも子供の頃よりも暑いって言っていたから凪ちゃんの言う通りなのかもしれない。
「だな。テラではそうならないように気を付けようぜ」
今の地球の状況は過去の人たちの行動の結果だ。僕たちはそれを知ることができるんだから、できるだけ正しい選択をしていきたいと思う。
「えーと、そろそろいいですか? 気になっちゃってて……」
「OK、昨日はね――」
この中でシュルトにいないのは海渡だけ。カインのために留守番をしてくれているんだから、あったことはできるだけ話してあげることにしているんだ。
「なるほど、砂糖は明日のプレゼン次第で、大豆と小豆についてはアルバンさんがシュルトの隊商に頼んで探してくれるのですね。あちらの方では中国あたりともやり取りがあるでしょうから、これは期待が持てます!」
エキムがタルブクでも探してくれるみたいだし、近いうちに大豆と小豆を使った料理を作れるようになるはず。海渡だけでなく僕も楽しみにしているんだ。
「それにしても、皆さんが無事シュルトに着いて僕もホッとしました。ただ……お話を聞いているとそのアルバンさんというお方、どうも匂いますね。もしかして、地球と繋がりがあるのでは?」
海渡がそう思ったとしても仕方がない。アルバンって僕たちの話を疑うことなくスッと聞いてくれるんだ。でも、
「みんなはアルバンをどう思った?」
昨日食事が済んだ後は、ソルだけが違う部屋だったからその件について話すことができなかった。
「ボクたちは部屋に戻ってから相談してみたんだけど、たぶん違うね」
やっぱり……僕も、テラにしかいないコペルたちと同じような感じだと思ったんだ。匂いを嗅げたらいいんだけど、さすがに昨日初めて会った人に対してそれは難しい。
「そうなのですか。お仲間が増えるかと思って楽しみにしていたのですが残念です」
「ほんと、ボクもひょっとしてって思っていたんだけど……ねえ、樹、何とかならない? シュルトに一人いたら交易の情報とか助かるんだ」
そうかもしれないけど……
「なんともならないよ」
僕に言われてもねえ。
「それで、アルバンさんには僕たちのことをお話になるのですか?」
どうしよう。アルバンなら僕たちの話を聞いて協力してくれそうだけど……
みんなを見てみる。
「次、会う機会があるかどうかじゃないか」
次か……
「やめておこう」
みんなも頷いてくれた。
カインからシュルトに行くには片道20日はかかる。あまり会わないのに余計なことを言っても、アルバンが混乱するだけだ。
「それで海渡、そっちの方はどう? 何か変わったことあった?」
「ありました! 昨日セムトさんたちが新しい職人さんを連れてきてくれましたよ。その中に一人ガタイのいい男の子がいたんですが、早速パルフィさんに引き抜かれちゃいました」
「ちょっ! そいつ俺んところに欲しかった……」
ユーリルたち男手衆は、このところお風呂や寮を作ったり畑の開墾といった力仕事が多くなってきているから、即戦力が欲しかったんだろう。
「アラルクさんもそう言われてましたが、パルフィさんが炉を大きくするために必要だと言って押し切りましたからね。今更返せと言っても無理な話です」
「ぐっ、仕方がねえか。次に期待しよう」
鍛冶工房では高温に煮えたぎって溶けた金属を扱うから……えーと、パルフィが言っていたのは……そうそう、安全マージンを取るためにも力の強い人が必要なんだって。
「それでシュルトには避難民が多そうですが、カインに来たりしますか?」
「いや、さすがに遠いし険しい山をいくつも越えないといけないから、あっちの方で何とかしてもらうつもりなんだ。そのためにも明日の話し合いが重要で……」
風花の方を見る。
「ボクに任せて!」
さすが行商人。こういう時には頼りになる。
〇(地球の暦では5月11日)テラ
アルバンの家で朝食を食べた後、私たちは町へと繰り出した。長老さんたちが来るのはお昼過ぎだから、それまでの間に町の様子を見てみようとなったのだ。
「人は多いけど……」
「うん、なんだか疲れた感じがする」
避難民の一部の人たちが町の外に出ているせいか、私が見たコルカの広場のようにユルトで溢れかえっているということは無い。ただ、歩いている人たちの多くは俯きかげんだ。
「バザールはどこでやっているんだろう?」
こういう大きな町ではあちらこちらの町や村から行商人がやってきて、それぞれが必要とするものを交換しているはず。普通は広場でやっているんだけど、今は少ないとはいえユルトが立っているから……
「たぶん、隊商宿だと思う。タルブク隊の人たちは?」
「こっち」
エキムについてシュルトの町を歩いていく。
「工房も開店休業中みたいですね」
ジャバトのいう通り、道沿いにある鍛冶工房の中からは熱気が感じられない。火を落としているみたい。
「昨日さ、アルバンが物が余っているって言ってたじゃん。その影響が出てんのかな」
「たぶんね。先々に不安がある状態じゃ、誰も新しいものを買おうとは思わないよ」
そういうことで不満が溜まってきて、揉め事になりかけているのかも。
「えーと、この先だったはず」
素焼きの壺がひさしの下に並べられている建物の角を、エキムは右に曲がった。
今日はアルバンとは別行動。午前中は自分とこの畑仕事をしないといけないんだって。やっぱりシュルトでも町長は無給だった。
「大丈夫か?」
「たぶん……前は親父に連れられてだったから、ぼんやりとなんだ。ゴメン」
意識してないと覚えてない時があるよね。
「お、間違いないみたいだぜ。あそこ」
人だかりだ。足元に筵が見えるから臨時のバザール会場はここみたい。
町の人の邪魔にならないように様子を見ていく。
「必需品が多そう」
どの筵の上にも、塩や石灰、農具といった暮らしていくのに無くてはならないものばかりが並らんでいて、珍しいものがほとんど見当たらない。バザールと言えば、よくわからない変なものを探すという楽しみ方があるんだけど、ここでは無理そうだ。
「それに、物価が上がっているかも」
ほんとだ。リュザールの言う通り、町の人たちが行商人に支払っている麦がカインよりも多い。これじゃ、他の物を買うことができなくなっちゃうよ。それで品物が余っているんだ。
「お、坊ちゃんたち、来てたんですね」
後ろから声を掛けられた。隊長さんだ。
「話し合いが昼からになったから、町の様子を見に来たんだ」
「おお、それはよい心がけです。せっかくですので、お時間があるようなら少し話しませんか?」