第143話 村が一つあったらよさそう
「よっと」
まだ冷たさの残る水面に向かって竿を振る。
思った場所に投げ入れることができた。テラで釣りをするのは初めてだけど、感覚は同じみたい。
「ジャバトもやってみて」
「わ、わかりました」
ジャバトが私の真似をして竿を振ると、すぐに『ぽちゃん』と音がして餌の付いた針が重りと一緒に沈んでいった。
「お、いい感じだよ」
タルブク隊の人との話し合いの結果、墓の中にいるのは討伐された盗賊だろうということで、今日はこの村で夜を明かすことになったのだ。
ちなみに釣竿は、荒らされていた隊商宿の中にそのまま残っていたから拝借してきたんだ。うまくいったら夕食のおかずが一品増えるからね。釣り人は私とジャバトの二人。リュザールには見張りをお願いしている。釣りに集中してしまって、盗賊に気が付かなかったら大変だから。
さてと、釣り方は……釣り竿についていた針の大きさから、この湖にはある程度大きな魚がいると思うんだけど……うーん、どうしよう。地球と一緒でいいのかな。
「ちょっと上げたり下げたりしてみて、こんな感じ」
ジャバトに見えるように、持っている竿に緩急をつけて上下に揺らしてみる。
「こうですか?」
「そうそう」
地球では、生きている餌だと思って魚が食いついてくれるはずなんだけど……
「あ、来ました!」
ジャバトの竿がぐんとしなった。
「うまいことあてて!」
「あてるってどうしたら……」
教える時間がない。
「こっちに貸して!」
急いでジャバトと自分の竿を交換する。
お、結構重たい。
竿が右に左にと持っていかれそうになるのを、魚の動きに合わせ、力を逃がして堪える。
よし、針に食いついているみたい。
「こ、こっちにも!」
ジャバトに渡した竿にも!
「ジャバト、とにかく持ちこたえて。まずはこっちを終わらせる」
私には地球のお父さんから仕込まれた技術があるんだから。
空が夕日色に染まりかけた頃、二本の竿を担いで村へと入る。
村の中央にある隊商宿の裏庭に向かうと……お、ユーリルだ。かまどを作っているということは、台所は使えないのかな。
「片付いた?」
「寝る場所だけな。他の場所は時間がなかった。で、そっちはどうだ」
リュザールとジャバトがそれぞれの桶の中を見せる。
「すげえ! ひーふー……八匹、ちょうど人数分か。お、わたも取ってんじゃん」
タルブク隊の人に聞いたら、魚の内臓は食べないと言っていたから湖で捨ててきた。もったいない気はしたけど、鳥とかカニとかが食べてくれるはずだから無駄にはならないだろう。
「ボク、岸辺で見張りをしながら見てたけど、竿を立てたり寝かしたりして魚と戦う姿、ソルって漫画の主人公みたいだったよ」
「だろう。樹は親父さんに仕込まれているからな。どんな魚だって釣り上げちまうぜ」
そ、そんなことはないと思うけど。
「僕もソルさんのおかげで初めて魚を釣ることができました。今でもググってくる手の感触が残っています」
ジャバトは最初はおっかなびっくり竿を扱っていたけど、次第に慣れてきて最後の方はなかなかの腕前になっていた。
「ボクも教えてもらおうかな」
この湖は明日出発。この先、魚を釣る場所があればいいけど……よし。
「今度地球で行こうか」
「おー、いいな」
「僕もお願いします!」
地球なら海でも川でも近くにある。みんなの意見を聞いて計画してみよう。
「それで、その魚はどう料理するんだ?」
「塩しかないから、焼くつもり」
煮付けにしても美味しそうだけど、それはルーミンが醤油を作ってからのお楽しみ。
〇(地球の暦では5月9日)テラ
谷を抜けた私たちは、川沿いに広がる林の中の道を西に進んでいる。
「あそこにも」
リュザールが指さす先に石が置かれた盛り土が見える。盗賊のお墓だ。湖を出発してからこれで3カ所目。
「やっぱり誰かが討伐に来てんな。シュルトか?」
「たぶんね。このあたりの地形って、盗賊が待ち伏せするのにいい場所でしょ」
標高が下がるにつれ植生が変わり始めている。道以外のところは木や草が生えていて、見通しが良くない。こんな隠れやすい場所で盗賊に居座られたら隊商なんて出せないと思う。
「隊長も言ってた。シュルトの人たちが盗賊を討伐に出て、追っているうちに湖まで行ったのかもって」
コルカの討伐隊と一緒だ。あの時は残っていたら大変だからと、リュザールたちは東の方をすませた後、西の方にも向かっていった。
「地形と言えばリュザールさん、このあたりは地球と違いますね」
「うん、開墾されてないみたいだね」
地球の航空写真では、森が切り開かれて畑になっていたはず。
「エキム、ここからシュルトまでに間に村は?」
「ない。だから今日はユルト泊まりだな」
こっちの方は、コルカやカインがあるフェルガナ盆地に比べて人が少ないみたい。
「村が一つあったらよさそうだね」
「まあタルブクから隊商を出すにもそのほうがいいんだけど、その村の人たちはどうやって暮らしていくんだ?」
「ここってカインと同じくらいの標高ですよね。おそらくですけど、このあたりはテンサイの栽培に向くはずなんです」
今は森の中で見えないけど、地球で見た航空写真には南北に高い山があった。ということは朝晩は冷たい山風が降りてくるから、寒暖差もあるはず。テンサイの実は、十二分に糖分を貯め込むことができるはずだ。
「テンサイを作るとなると、このあたりを切り開く必要があるよな。俺、カインで初めて開墾をしたけど、マジで大変な作業だったぜ」
木を切るだけじゃなくて切り株を掘り起こしたり岩をどけたり、ユーリルだけじゃなくて父さんたちも毎日へろへろになって帰ってきてた。
「それに関してはボクに考えがあるんだ。シュルトには避難民が溢れているはずだから、その人たちの仕事にしたらどうだろう。そして、最終的にはその村に住んでもらったらいいし」
避難民か……
「いい考えだと思うけど、リュザール、その人たちのご飯はどうするの。畑ができるまで……いや、作物を植えて収穫するまでは食べるものがないよ」
「それは、砂糖をダシに行商人から出させたらどうかな」
えーと……
「つまり、新しい村を作る援助をしてくれた行商人だけに砂糖を扱わせるってこと?」
「そうそう、砂糖が普及するまでどうしても時間がかかると思うんだ。それまでの間は、それなりの値段で取引されるはずだからね」
単価が高くなると儲けも大きくなる。将来の利益のための先行投資ってやつだ。