第140話 さ、魚!
〇(地球の暦では5月5日)テラ
チョリチョリチーチョリチョリ……
ちゅんちゅん……
いつものように鳥の声で目を覚ます。
朝だ、起きなくちゃ。
隣のエキムを見る。繋いでいた手は外れてて、寝息がスースーと……おっと!
突然エキムの目が開いた。
「お、おはよう」
「おはよう……」
エキムはキョロキョロとあたりを見渡している。
「まだみんな寝てんな。ソル、話がしたいんだけど……」
エキムと一緒に隊商宿を出て、外の井戸まで向かう。
「これが地球の記憶か。ほんと恵まれている……」
「暁?」
「ああ、あっちの俺はそう呼ばれている」
無事に暁と繋がったようだ。
「よし、これでみんなを楽にしてやれる。しかし……」
エキムが考え込んでしまった。
「おはよう。どうだ?」
ユーリルとリュザールもやってきた。
「おはよう。繋がってはいるみたいなんだけど……」
まだ考え込んでいるエキムを見る。
「エキム、何か問題があるのか?」
「いや、こっちでは忍術が使えそうにないなと思って」
え? 記憶がうまく繋がらなかった?
リュザールも心配そうな顔をしている。
「ちょっと見ててくれ」
エキムは井戸の縁に足をかけてジャンプ!
「あっ……」
リュザールは何か気付いたみたい。
見た感じ、普通にジャンプできていたようだけど……
「体がついていってないんだね。ボクも地球でそうだったよ」
なるほど、記憶は繋がって忍術のこともわかるようになったけど、体ができてないからそれを使うことができないんだ。繋がって間もない頃の風花は、男と女の体の違いにうまく技を使うことができなくて苦労してた。
「エキム、ジャンプしてどうなる予定だったんだ?」
「そこの塀の上に立とうと思ってた」
塀って、井戸から5メートル以上あるよ。
「暁の体ならできるのか?」
「うん、それあとすぐに塀の上を走るくらいは訳ないよ」
暁は忍者は地味な存在だって言ってたけど、十分派手だよ。
「大丈夫か? エキム」
「体を鍛えていくしかないな。まあ、何とかやっていくわ。それでさ、こっちのナイフはなまくらだから、短刀が欲しいんだけど手に入るか?」
「短刀ってなんだ?」
「日本刀の短いやつ」
エキムは手で30センチくらいの長さを作った。
日本刀か……
「パルフィが作れるかどうかだけど、こっちの技術じゃ無理だよね」
「確か、特別な材料が必要じゃなかったか?」
「俺の家……じゃない、暁の家にあるのは玉鋼ってやつから作るって親父から聞いたことある」
玉鋼……
「お姉ちゃん知ってるかな……明日聞いてみるよ」
穂乃花さんなら知ってそう。
「それと、この気持ちは……ちょっと聞いてくれるか?」
エキムは急に真剣な表情になった。
「俺、チャムのことが大好きなんだ。でも、地球にも好きな人がいる。どっちが好きかなんて比べようがない。これって浮気になるのかな?」
やっぱり暁には好きな人がいた。突然二人分の記憶を得て、どう処理したらいいかわからないんだろう。
別の次元の別の人間なんだから気にしなくていいということは簡単だけど、それではすっきりしないと思う。なら、あのことを伝えなきゃ。
「あのね、タルブクでチャムの匂いを嗅いでみたいんだ」
みんな、こっちに注目した。
「たぶんだけど、地球にチャムがいるよ」
「マジか」
「じゃ、じゃあ、遥香さんはあっちのチャム?」
暁の好きな人は遥香さんって言うんだ。
「その可能性は高いと思うぜ。俺たちって、同じ人格の人間に惹かれるからな」
もしかしたら、魂の繋がりがそうさせているのかも。
「ソル、チャムと遥香さんはいつ繋がるんだ? 一度、タルブクに戻る必要があるだろう。あ、そうか、樹に東京に来てもらわないといけないんだ」
「落ち着いてエキム、まずはその遥香さんがチャムと一緒かどうか確認しないといけないし、何よりチャムは繋がることを望まなかったんだ。今のままでも十分幸せだからって」
チャムにそれとなく地球のことを話したら、ちょっと考えた後、そう言って首を横に振った。
「そっか無理強いはできねえな。残念だったな、エキム」
エキムはなぜか嬉しそう。
「幸せって、チャム……ふふ、俺も」
はいはい、お熱いことで。さてと、顔を洗ってご飯を作ろう。
「え、エキム、この格好キツイ」
「ほんと、足がプルプルします」
私の後ろでユーリルとジャバトが弱音を吐いている。
という私も、そろそろ限界かも。
「だいたい、俺だけでいいのになんでお前たちも付き合ってくれてんの?」
隊列の一番後ろを進むエキムも辛そうだけど、少し余裕がある感じ。
出発前に、筋肉を鍛えるためだと言ってエキムが馬に付けている鐙の位置を変えた。私たちもそれを真似してみたんだけど、ずっと中腰の状態になっているからかなりきている。
「せっかくなら、忍術も覚えたい」
私の隣で、後ろを向いて話すリュザールの足はプルプルしていない。さすが鍛えているだけのことはある。
風花は遠野教授から直接指導を受けるようになったけど、いわゆる忍術というものは教えてもらって無いみたい。門外不出なんだと思う。
「それだけは勘弁してくれ、あっちの親父に殺される」
やっぱり。
「それなら、訓練の仕方を教えてくれたらあとはボクで何とかするよ」
「ま、まあ、それなら」
リュザールのことだから、それだけで会得しちゃったりして。
っと、私はもう無理。鐙から足を外し、馬の背に腰をおろす。
「リュザール、今日は登り? 下り?」
「今日は500メートル登って700メートル下るかな」
今日も登るんだ。それにしても500メートルと言ったらまた3000メートル級……ほんとこっちの方は山ばかりだよ。
「そうだ、エキム。タルブクであまり畑を見なかったんだけど、牧畜がメイン?」
「そうそう、羊と馬、それにヤギを飼ってる」
「放牧にはどのあたりに行ってるんだ。いい草があるのか?」
元遊牧民のユーリルには気になるらしい。
「今の時期はタルブクの南を流れる川のあたりかな。夏場は西の方にある高原まで行ってる」
「どれくらいかかるんだ?」
「帰ってくるまでか? 夏場は一か月以上はざらだぜ」
一か月以上!
「なるほどな。それだけの期間、食べさせるだけの草があるということか」
「ああ、近くに雪解け水が流れ込む湖があってさ。その周りに生える草を馬も羊もおいしそうに食ってるわ」
「へえ、興味あるな」
「その湖、無茶苦茶きれいだから一度行ってみたら」
ほぉー、それはいい。
「エキム、確かシュルトの近くにも湖が無かった? コルカで他の隊商から聞いたことがあるよ」
「なんかあるらしいな。俺は行ったことないけど」
「なら、寄ってみない。今、地球でこっちの地図を作るために地形を調べているんだけど、確かその湖もきれいだったはずだよ」
おぉー、そうなんだ。
「地図か、あると便利だよな……ちょっと待ってて」
エキムは先頭のタルブク隊の人と話しに行った。
「そんなにきれいなの?」
中腰を維持したままのリュザールに尋ねてみる。
「ネットでの情報だけどね。その湖はイシク=クルといってキルギスでは観光地になっているらしいし、魚が獲れるみたいだよ」
「さ、魚!」
カインで魚と言ったら川にいる小さいもの。わざわざ獲ることがないので、食卓に上がることはまずない。
「食べてみたいでしょ」
うんと頷く。
地球ではお父さんが毎週のように魚を釣ってくる。当然魚料理が多くなるわけで、テラでも食べたくなる時があるのだ。
「お待たせ」
先頭からエキムが戻ってきた。
「隊長がそれなら寄ってみようって、たぶん、村がなくなっているだろうからってさ」
な、無くなって?
「盗賊が出てるってこと?」
「そういう噂があるらしい。自分たちだけなら寄らないけど、お前たちがいるなら対処できるだろうって」
「そんなに危険なら次の機会にしても……」
「実は俺も、親父からできるだけ情報を仕入れてきてくれって頼まれているんだ。もしよかったら、ついて来てもらえないかな」
そういうことなら、協力は惜しまない。
みんなでうんと頷く。
「あっ……ソルさん、もしですよ、村が無くなっていたのなら魚獲る人がいないのでは?」
う、ジャバト鋭い。
「ま、まあその時はその時に考えよう」
魚はついで、今回の旅の目的は情報を得ることだからね。