第139話 俺たちも今日泊まるわ
〇5月3日(金祝)地球
「あれじゃね。時間通り」
車体にエアポートライナーと書かれたバスが僕たちの前に停車した。
「お、いたいた」
バスの中の暁に手を振る。
「やってきました。異国情緒あふれる町!」
バスから降り立った暁は、すでにハイテンションだ。
「疲れなかった?」
飛行機に乗っての遠出はあまりしないって言ってたけど。
「全然、今日が楽しみでずっとワクワクしてた。それで次は?」
「すぐそこ、ついてきて」
歩いて海まで向かう。
「というか、みんなで行くんだ」
「はい、こういう機会がないとなかなか行けませんからね」
これから向かうのは、暁がどうしても見てみたいといった世界遺産になっている観光地。海渡がいう通り、同じ市内に住んでいたとしても滅多に行くことがない場所なのだ。
「海渡さん。軍艦島、僕、初めてなんです!」
「そうなのですか? 僕は二回目なので案内してあげますよ」
あれ以来、一人称が僕となった凪ちゃんが嬉しそうに海渡と話している。
「なあなあ、樹。この僕っ子も繋がってんの?」
そういえば暁には話してなかったっけ。
「そうだよ、凪ちゃん。テラではジャバトって言うんだけど、可愛いでしょ」
「うん、すげえ可愛い……東京ならモデルにならないかって声かけられそうだな」
町を一緒に歩いていても結構な頻度で振り返られるからね。
おっと、そうだ。暁に渡しておかなきゃ。
「なにこれ?」
「酔い止め」
「酔い止め!? ちょっ! マジ?」
みんなでうんと頷く。
島の周りって、かなり揺れるんだ。飲んどかないと大変だよ。
〇(地球の暦では5月4日)テラ
「シュルトまでは馬だと7日だな」
「その間に村は?」
隊列の先頭で、リュザールがタルブク隊の人と打ち合わせをしている。
「あるにはあるが、先の方はどうなっているかわからんぞ」
盗賊に襲われる可能性が高いということで、秋以降タルブクからシュルトまで隊商を出せてないみたい。タルブク付近の村は麦や塩といった必需品をケルシー(地球では中国のカシュガル)に隊商を出すか、カインと交易をしたタルブクから融通してもらうことで何とかこの冬を乗り切ることができたらしい。
「最悪、村がいくつか無くなっているかもしれねえな」
「ああ、そんな話も聞いている」
ユーリルもエキムも真剣な顔だ。
今回、タルブク隊から3人が参加してくれた。シュルトからの帰りにエキムたちが盗賊に襲われることがあっても、対処できるようにと選ばれた精鋭の人たちだ。まあ、エキムが暁と繋がったら忍術が使えるようになるので一人でも何とかできるかもしれないけど、あっちの方がどうなっているのかわからないからね。安全は何よりも優先しないと。
「それで、あっちの俺はユーリルたちのところに着いたのか?」
「ああ、無茶苦茶はしゃいでいたぜ」
昨日地球では、みんな船酔いすることなく無事軍艦島に上陸することができた。遠くからだけど、ある映画のロケ地も見ることができて暁は大興奮だった。
「俺も繋がったら、そいつの感じたことがわかるってことだよな」
「そういうことになるな」
繋がった後、ユーリルたちは地球とこっちとで記憶を共有できるって言っていた。違う人間なら同じ記憶を持ったとしても感じ方は違ったりするはずだけど、みんな一緒だったって言っていたから世界は違っても私たちは同じ人格を持っているんだと思う。
「で、どうしたらいいんだ?」
「今日は隊商宿に泊まれるだろう。夜はソルの隣で手を繋いで寝てくれ。それで準備が整う」
「よし、いよいよだな。これで村のみんなに楽させてやれる」
「一応言っておくけど、ダメな可能性もあるからね」
なぜ繋がるのか理屈がわかっていないんだから、突然繋がらなくなってもおかしくない。
「んー、ま、そうなった時にはタルブクが発展するように手伝ってくれよ」
「ああ、もちろんだぜ。俺たちは仲間だもんな」
馬に乗ったまま、ユーリルとエキムが腕を打ち交わしている。
えーと、チャムのことは……色々と落ち着いてから話そうかな。
お、リュザールが戻ってきた。打ち合わせが終わったみたい。
「みんな、今日はこれから400メートルくらい登るみたいだから、気分が悪くなったらすぐに言ってね」
はは、山登りはまだまだ続くよ。
〇5月4日(土)地球
朝の散歩の時間、いつもの散歩コースを、いつもよりも一人多い六人と一匹で歩いている。
「おー、これが眼鏡橋……で、メガネのようにはどうやったら見えるんだ?」
「水面に映す必要があるのですよ。光の加減がありますので、こちらに来てください」
「にゃ!」
カァルを先頭に、暁を連れて近くの橋の上に移動する。
「お、メガネに見える」
これで少しは気が晴れてくれたらいいけど……
「なあ、どうして繋がらなかったのかな。俺、ダメなのかな……」
やっぱり考えちゃうか。
昨日の夜、テラでエキムと手を繋いで寝たにもかかわらず、朝から暁と繋がっていなかったのだ。
「俺んちで寝たのがいけなかったのかもしれん」
確かに昨日の夜、暁は竹下の家に泊まっている。ただ、ほとんど変わらない距離で凪ちゃんが繋がっているから距離的には大丈夫なはずなんだけど、他に条件があるのかな……
「もしかしたらですが、暁さんは樹先輩との繋がりが弱いので、片方だけでは足りなかったのではないですか?」
「俺と樹の?」
「ええ、僕と竹下先輩は樹先輩と小さい頃から一緒ですし、リュザールさんはソルさんとしばらくの間一緒に旅してました。それにジャバトはカインに住んでますからね」
そう言われてみればそうだ。
「俺は東京だし、エキムもタルブクってところで、樹ともソルとも繋がりが薄い。なるほど……つまり、今日、樹とも手を繋いで寝る必要があるということか?」
「はい、試してみる価値があるかと……」
「樹、今日泊まらせてもらっていいか?」
「うん、大丈夫」
「サンキュ。というわけだから、竹下、今日は樹のところに行くわ」
竹下と海渡が合図を送り合っている。ということは……
「樹、俺たちも今日泊まるわ」
やっぱり。
「にゃー」
「いいよ。カァルもおいで」
一晩くらいはいいだろう。連休中だしね。
「えーと」
風花と凪ちゃんの方を見る。さすがに来ないよね。
「凪ちゃん、私のところに泊まりに来る? 女の子同士楽しもう」
「えっ、いいんですか。行きます!」
はは、振られちゃった。