第14話 お湯に入ると気持ちがいいの?
「ねえ、ユーリル、お風呂作ってよ」
すぐ前で、テムスの馬の扱いを見ているユーリルの背に向かって呟く。確か、竹下は見たら何か思いつくかもと言っていたはずだ。
「お風呂か……ほんと欲しいよな」
畑仕事を終わらせたばかりの私たちは汗をかいている。まさにひとっぷろ浴びたい気分なのだ。
「ねえ、お風呂って何?」
テムスにお風呂について教えると
「お湯に入ると気持ちがいいの?」
まあ、そうだよね。誰もお風呂に入ったことが無いから……いや、ありはするのか、赤ちゃんの時に産湯に浸かっているはずだ。私も何度か出産に立ち合ったことがあるけど、どの赤ちゃんもみんな気持ちよさそうにしていた。でも、覚えている人はいないんじゃないかな。
「うん、とっても。体がほどけるような感じがするんだ」
温かいお湯に入って体をうーんと伸ばす。最高の贅沢だね。
「へぇ、僕も入ってみたい。ユーリル兄、お願い!」
「俺も入りたいけど、すぐには無理だって」
「作り方がわからないの?」
「それはわかっている。大きな釜を作ってお湯を沸かし、湯船にお湯と水を注いで温度を調整していったらできるはずなんだけど、その釜を作る手段と運ぶ方法がここにはない」
うぐぅ……
「ユーリル兄は釜の作り方をわかっているんでしょう。鍛冶屋さんに来てもらって教えたら?」
「たぶん、それしかないよな……このあたりで鍛冶屋がいるのはコルカぐらいか」
そうそう、コルカぐらいの大きな町にならないと鍛冶屋さんはいないんだ。
「そんなところから、こんな田舎まで来てくれる人なんていないよね……」
前にも話したことがあるかもしれないけど、私たちが住んでいるところは地球で言うところの中央アジアのフェルガナ盆地。地形も地球とほぼ一緒みたいで、行商人のセムトおじさんに聞いて違ったのはダムがあるかないかぐらいだった。盆地というくらいだからこのあたりは周りを山で囲まれているんだけど、西側が一番低くてそこから東に向かってだんだんと標高が高くなっていく地形だ。
その中でもコルカは盆地の西側の入り口付近にあって、カインは標高の高い一番東の奥に位置している。つまり、盆地の中でも一番辺鄙なところにあるのがカインというわけだね。えっ、なぜそんなところに住んでいるのかって。それは、かなり昔、薬師だった私のご先祖様がいい薬草が取れるこの場所に移り住んだのが始まりで、それからだんだんと人が増えていって今のように100人くらいの人が住む村になったんだって。
「それは聞いてみないとわからないさ。なあ、テムス」
「うん、僕はここ好きだよ」
「だろう、俺も好きになった。ソル、コルカに行く機会があったらダメ元で聞いてみようぜ」
〇5月14日(日)地球
ちゅん、ちゅん
もう、朝か。起きなくちゃ。
そうだ、昨日竹下がユーリルと繋がったんだ。
まだ寝ているかな……
すぐ横の竹下は、こちらを向いてスースーと寝息を立てている。
「う、うーん。ふわぁー」
あ、起きた。キョロキョロしてる。こっちを見た。
「うわ!」
竹下が飛びついてきた。
「おはよう! 俺、あっちに行けたよ。えーと、夢じゃないよね」
「おはよう。夢じゃないよ。よかったね」
竹下の背中をポンポンと叩く。
「う、うるさいです……」
あ、海渡もいたんだ。
竹下が慌てて僕から離れた。
「か、海渡、おはよう」
「おはようございます。先輩がた」
「どうだった?」
「何がですか……あ、夢を見ましたよ。やはり草原というか山の近くのような場所でした」
海渡はテラと繋がっていないんだ。
「ん? お二人ともそんな顔をしてどうしたんですか?」
僕と竹下は顔を見合わせ、お互いがうんと頷く。
海渡には黙っておくことはできないよね。
「なんと! 竹下先輩は繋がったんですね!」
昨日のテラでの出来事を聞いた海渡は興奮状態だ。
「う、うん。俺はユーリルだった」
「ユーリルさんですか……す、すごいです! これでソルさんの手助けができますね」
「そうだけど、海渡は自分がいけなくて何ともないの?」
「それは悔しいですけど、まだ時期ではなかったということでしょう。それよりも繋がる可能性がでてきただけでもすごいことです!」
そう言ってくれるとほんと助かる。
「僕はまだ直接お手伝いはできませんが、ご相談に乗ることはできます。ということで、今日は時間の許す限りこれからのことを話しましょう!」
「竹下先輩、これからどうされるおつもりですか?」
朝の散歩と朝食をすませた僕たちは、部屋で車座になった。
「そうだな、工房ができたらとにかく糸車をたくさん作る。ただ、ここで問題になるのが麦だよな……」
そうなのだ。糸車になぜ麦と思うかもしれないけど、これはあちらの世界では密接に関係している。前にも少し話したように、テラにはまだ通貨というものが存在していなくて、セムトおじさんたち隊商の人たちも行商の時は物と物、つまり物々交換で取引をしている。そして、その時に基準としているのが一袋の麦(大人一人が10日間食べられる量。5キロくらい)で、これは麦二袋分だとか、こっちは麦半袋分だとかで売り買いしているから、テラでは麦が通貨がわりと言えなくもないんだよね。
「糸車を作れば作るほど、工房に麦がたくさん集まってくるってことだよね」
セムトおじさんは隊商で糸車1個につき麦3袋で買い取ると言ってくれた。ということは、カイン村のみんなに買ってもらうだけでも100袋近くの麦が工房に集まってしまう。それから職人さんたちにお給料として麦を渡しても、かなりの量が残るはずだ。
「そう、麦だと嵩張るし保存がなあ……」
麦は燃えるし、ねずみだって食べにくる。それに、あちらは湿気が少ないとはいえカビは生える。長期保存には向かないのだ。もちろん食べることはできるけど、麦ばかり食べるわけにはいかないからね。
「あとですよ、一か所に麦が集まってしまったら、他の人たちがパンを食べられなくなってしまうのではないですか?」
「確かに、その可能性もあるよな」
ほんと、畑の広さ以上に麦はできないんだから、工房で麦を止めてしまったら問題が起こりそう。
「どうされるんですか?」
「やっぱりお金を作ることが一番だけど、すぐには出来そうにないぜ。かといって、糸車の普及を遅らせるわけにはいかないし……うーん、とりあえずは麦だけじゃなくて、それ以外のものも混ぜてもらう必要がありそうだな」
セムトおじさんにお願いしないといけないね。
「あと、竹下の店に機織り機があるでしょう。あれをテラにも作ってほしいな」
「あー、織機ね。一度樹が断念したやつだ」
うっ、そうだよ。僕では無理でした。
「ごめんごめん、不貞腐れんなって。それは元々持って行こうとは思っていたけど、先に作るよ。とりあえず一つでよかったよな」
「うん、コペルが使う分があったらいいけど、どうして一つ?」
「織機があっても糸が全然足りないんじゃん。糸車が普及してきたら別だけど」
それもそうか。ほとんどの家では、紡錘車を手で回しているから自分の家の分の糸を作るので精一杯だった。
「羨ましいです。さすがにあちらの話になったら、僕が会話に入ることはできません」
思わず話に夢中になっていて、竹下とだけ話していた。
「ご、ごめん」
「お二人ともそんな顔をしないでください。繋がってやるんだって気持ちが強くなりましたから。樹先輩、ご迷惑かもしれませんがまた協力していただけますか?」
迷惑だなんて思ってないよ。
「もちろん。次はいつ来る?」
他にも条件はありそうなんだけど、テラと繋がるには少なくとも僕と手を繋いで寝る必要があるんじゃないかと思う。
「来週はあっちこっちの学校で体育祭があるので来れそうにないです」
そうか、海渡の家は惣菜屋さんだ。お弁当の注文が入るのだろう。
「再来週は?」
「はい! 何としてでも来ます!」