第135話 うわ、結構お高いですよ
「凪ちゃん、今日は来られないって」
散歩しながら、風花から凪ちゃんのことを聞く。
昨日無理して由紀ちゃんの家に泊まっているから、朝早くに散歩に行くことが難しかったようだ。
「それで海渡くん、凪ちゃんボクたちのグループに入るの楽しみにしているよ」
「えーと、僕が招待してもいいのですか?」
みんなでうんと頷く。凪ちゃんも海渡から誘われるのを待っているはず。
「えへ、それでは」
海渡がスマホを取り出し、ぱぱっと操作する。
ぴこん!
僕のスマホにも早速通知が……凪ちゃんからだ。
皆さんのお仲間になれて嬉しいですって。
僕たちは繋がった仲間だけが入れるSNSのグループを作っているんだ。大事なことは会って話すけど、ちょっとしたことはこれで十分だからね。
それぞれが凪ちゃんへの返信をし、改めて散歩を再開する。
「ところで樹先輩。あの子、まだいますよ」
振り向くと、さっきの猫ちゃんがトコトコとついて来ている。
散歩に出発するときに、家に帰るように言ったんだけど……
「おうちに帰らないとダメだよ」
猫ちゃんのところに行って、改めて言い聞かせる。
「にゃあー」
……うーん、わかった感じの返事じゃないな。
「なあ、樹、さっき思ったんだけど、こいつの歩き方さ、なんだかカァルに似てねえか?」
「にゃ!」
「カァルに?」
猫ちゃんの歩き方を思い出す……しっぽをピンと立ててたっけ。確かにカァルの機嫌がいいときの仕草に似ているけど……
「猫って大体あんな感じじゃない?」
「にゃ、にゃん!」
みんなで猫ちゃんの方を見る。
「……ほら、違うって返事してるぜ」
確かに返事の仕方は確かにカァルっぽい。
「カァルなの?」
「にゃ!」
僕たちが繋がっているんだから、カァルも繋がっていてもおかしくはないけど……猫なんだ。
ただ、まだはっきりと決まったわけじゃない。
「どうやって確認したらいいんだろう……」
「そうですね……樹先輩がテラの僕たちの名前を呼んで、その人のところに行ってもらったらどうですか?」
なるほど、カァルなら僕たちのあっちの名前をさんざん聞いているはず。
ということで、散歩している人の邪魔にならないように遊歩道の休憩所に移動することにした。
「これから名前を呼ぶから、その人のところに行ってくれるかな」
「にゃ!」
猫ちゃんはやる気だ。
「ところで、この子。テラでの名前がわかったとして、どうやってボクたちを区別するのかな」
「それは大丈夫じゃねえか。ここに来るまでの間、こいつみんなの間を回って匂いを嗅いでいたから」
そうそう、足元をちょろちょろしていたんだよね。
「それじゃ、行くよ。まずは、『ジャバト!』」
みんな、表情も変えずに黙っている。
猫ちゃんは、迷うことなくこっちを向いて首を横に振った。
「いないの?」
「にゃ!」
いい返事。
「次は『リュザール』」
トコトコと風花の元へ。
「にゃー」
「カァルぅー」
ふふ、風花、もうカァルって呼んでるよ。
「次、いい? ユーリル」
「はーい!」
海渡が手をあげているけど、カァルは一瞥しただけで竹下のところへ向かった。
「にゃー」
「カァル、こっちでもよろしくな」
カァルは差し出された竹下の手に頬ずり。
「次は『ルーミン』」
カァルは海渡のところへ。
「にゃ」
「さすがはカァルです。騙されませんでしたね」
カァルは当然といった顔をしているよ。
「それではカァル、『ソル』さんのところに行ってください」
「にゃ!」
カァルはゆっくりとそして確実に僕のところに向かってくる。
「にゃあぁー」
そして、甘えた声で鳴き、僕の足にすり寄ってきた。
「カァル、こっちでも会えたね」
抱きかかえ、撫でてあげる。
「それにしても、カァルはどうやってテラと繋がったんだ? ソルはカァルと手を繋いで寝てたのか?」
これまでのことを思い出す……
「何度か夜一緒に寝たことはあるけど、手を繋いだ記憶は無いよ」
「ソルさんとカァルはよく隣同士で寝てましたので、思わずということがあったのでは?」
そうなのかな……
「俺さ、昨日あっちで切り替わりのタイミングの時に見張り当番だったんだけど、ソルとジャバト、切り替わりの時までずっと手を繋いだままだったぜ。たぶん寝始めからあの格好のままだと思う」
「うん、ボクが寝るときまで二人とも微動だにしなかったよ」
昨日の見張り当番はリュザール、ユーリル、そして僕(ソル)の順番。
「微動だに……そんなことがあり得るのでしょうか?」
「普通はねえよ。どんなに寝相がいいやつでも寝返りくらいするはず。まあ、交わるはずのないテラと地球を繋げるんだ。特別なことがあっててもおかしくねえさ」
「ということは、途中で間違って手を繋いじゃっても繋がることは無いと?」
「まあ、ハッキリとはわかんねえけど、その可能性はあるんじゃね。樹やソルが認めたやつしか繋げねえためにも」
カァルも含めてみんながうんと頷いている。
「ということはですよ。カァルは勝手に繋がったか、それとも最初から繋がっていたということですか?」
みんなでカァルを見る。
「にゃ?」
首をかしげちゃって……カァルもわからないってことか。
「ま、わかんねえことは仕方がねえ。それでカァル、お前はどこかで飼われているのか?」
「んにゃ」
竹下の問いにカァルは首を横に振った。
今は野良ってこと?
「じゃあさ、樹。カァルを飼うのか?」
飼ってやりたいのはやまやまだけど……
「家が病院をやっているから難しいと思う」
患者さんにアレルギーの人がいるから、動物を飼うのは避けているんだ。
「海渡のところも無理だよね」
「はい、動物がいるだけで嫌がる方もいらっしゃるので……」
キチンと衛生管理しておけば問題ないと思うけど、そこが客商売の難しいところ。
竹下の家もカフェを始めているから、厳しいはず。なら、
「風花のところは?」
「うちのマンション、ペットダメなんだ」
確か凪ちゃんのところもマンション。打つ手なしか……
「にゃぅ……」
カァルも落ち込んじゃったよ。せっかく会えたのに一緒いられないなんて……
「お、俺んとこで飼えると思う」
「ほんと! カフェは大丈夫なの?」
「たぶんな」
「カァル、竹下の家に住めるかもよ」
「にゃー!」
うん、カァルも嬉しそうだ。
「ちょっと、お袋に聞いてみる」
竹下が慌てて電話してる。
「ああ、猫。よく言うことを聞くし、しつけもできてる……うん、うん……あー、なるんじゃね……」
しつけか……
「カァル、トイレちゃんとできる?」
テラでも教えたところにできていたから大丈夫だと思うけど……
「にゃ!」
またまたいい返事。
「わかった。これから連れてくる」
お、話がまとまったみたい。
「なんか渋られたけど、看板猫になるんならって条件を付けられてさ」
看板猫……
「カァル、できる?」
カァルはちょっと考えた風だったけど、『にゃ!』と答えてくれた。
よかった。こっちでも近くにいてくれるよ。
「でもですよ。カァルくんは買主はいないと言ってますが、この子たぶん純血の猫ですよ。ほら」
そう言って海渡が見せてくれたスマホの画面には、カァルとよく似た柄の猫がたくさん並んでいた。
「ベンガルか……」
解説を読む。スラっとした体にヒョウのような模様。それに、人懐っこくて好奇心旺盛……ユキヒョウのカァルと一緒じゃん。
「うわ、結構お高いですよ」
一匹、うん十万……
「やっぱりどこかで飼われていたんじゃないですか?」
カァルは首を横に振った。
「それはあとから考えようぜ。まずは親の気が変わらないうちに連れて帰るわ」
ということで一旦解散。お昼から竹下の家に集まることになった。