第134話 で、樹は何してんの?
強風地帯を無事に抜けることができた私たちは、今日の野営地である小さな川の近くで馬を止めた。
「なかなかスリリングだった」
まだ耳の中で風がびゅーびゅー鳴っている気がするよ。
「ああ、こいつらがいなかったら危なかったな」
ユルトを組み立てながら、ユーリルは川辺の草を食べている馬たちを指さす。
今度は右手が崖になっていて、落ちたら谷底まで一直線。風に慣れていない馬だったらパニックになっていたかも。
「隊商の人たちはすごいです」
数日前、タルブク隊が使ったと思われるかまどの石を積みなおしながらジャバトが呟いた。
ほんとだよ。こんな危険な道をたくさんの荷物を持って進むんだもん。
「リュザールさん、怖くないのですか?」
「それは怖いよ。死んじゃうことだってあるんだから。でもね、みんな仕事に誇りを持っているし、ボクたちが来るのを待ち望んでいてくれる人たちがいるんだ。多少の危険は気にならないさ」
もちろん生き残るために、普段から体を鍛えたり情報を集めたりしているってリュザールは言ってた。
さてと、かまどの準備もできたことだしご飯の用意をしよう。このあたりにはあまり木が生えていないから……荷物の中から羊の糞の塊を取り出し、かまどの中にいくつか放り込む。
え! と思われるかもしれないけど、羊の糞は火力があって火持ちはいいし、それでいてほとんど匂いがしない優れものだ。薪を集めることができない時のために、旅には欠かせないものになっている。
よし、火もついた。
「ねえ、あの場所はいつ通るの?」
野菜を切っているリュザールに声を掛ける。
「明日のお昼頃かな」
明日の……ということは、
「馬で三日半だから……歩いてだと五日以上かかったんだよね」
「うん、よく無事にたどり着いたと思うよ」
盗賊から逃げてきたあの二組の家族。その人たちのおかげで、カインでは誰一人として犠牲を出さずに盗賊を迎え撃つことができた。もし知らせが無かったら……うぅ、考えただけでも恐ろしい。
「リュザール、気になっていることがあるんだけど、今、その集落ってどうなっているんだ?」
組みあがったばかりのユルトから顔を出してユーリルが尋ねる。
「潰したよ」
潰したって、あの家族が戻る場所が……
「ソル、そんな顔しないで、盗賊の根城になったら大変だから、ご主人さんたちと一緒に壊したんだ」
ご主人さんも……
「そっか……思い出もあるだろうけど、人が住んでなかったら黙っていても朽ち果てていくから仕方がねえな」
なるほど、壊れていくのを想像するのがつらくて自分たちの手で壊したのかも。
「明日はしっかり見ていこう」
ちゃんと目に納めとかなきゃ。
〇4月28日(日)地球
ちゅんちゅん
ふわぁぁ、よく寝た。
カーテンを開け、外を眺める。
よし、今日もいい天気。散歩に行こう。
身支度を整え、外に出る。一分ほどで観光名所となっている橋が架かっている川に到着。両岸は遊歩道になっていて、そこにある石造りのイスの一つが僕たちの待ち合わせ場所だ。
さてと、凪ちゃんどうだったかな。地球での昨日、凪ちゃんはうまいこと由紀ちゃんの家に泊まることができたみたいだし、テラでも予定通りジャバトと手を繋いで寝ている。これで条件は満たしているはずなので、繋がっていたら凪ちゃんから反応があるはず。さて……
お、待ち合わせ場所に先客が……海渡のようだけど……
「おはよう、海渡。今日は早いね。それでその子どうしたの?」
イスに座った海渡の足元にはあまり見かけない模様の猫が寝そべっていて、僕の方をじっと見てる。
「おはようございます。樹先輩。凪ちゃんのことが気になって早めに家を出たら、途中からこの子がついてきちゃって。お惣菜に匂いにつられちゃったんですかね」
お惣菜か、海渡の家のは美味しいからね。猫ちゃんが気になったとしても仕方がない。
「おっと、初めまして猫ちゃん」
海渡の横に座ると、猫ちゃんが起き上がり僕の横に飛び上がってきた。
人差し指をだして匂いを嗅いでもらう。OKだったら撫でさせてくれるかも。
くんくんと指先を嗅ぐ猫ちゃん。
「わっ!」
カッと目を見開いたかと思ったら、いきなりこっちに飛びついてきた。
「な、何?」
殺気が無かったから受け止めたけど、今度は顔をぺろぺろと……
「樹先輩は元々ネコに好かれてましたが、この子は過去一ですね」
時間をかけて仲良くなるのはあったけど、こんなにすぐというのは……
「おはようって、何やってんだ?」
「おはよう、竹下。見ての通りだけど、この子どこの子か知らない? 僕のことを誰かと間違えていると思うんだ」
たぶん、そうとしか考えられない。
「いや、知らないぜ。最近引っ越してきた人が飼ってんじゃねえのか?」
飼い猫かな。それにしては薄汚れているような……
「みんなー遅れてごめん!」
風花が到着。
「凪ちゃんから連絡あったよ。僕、ジャバトだって」
繋がったのはいいけど、凪ちゃんまで僕……
「で、樹は何してんの?」
僕は、さらに興奮した猫ちゃんにイスの上で押し倒されていた。




