第133話 タルブクはどこだろう?
〇(地球の暦では4月25日)テラ
「ユーリル、ここなんだけど……」
勾配がきつくなったところでリュザールが馬を止めた。
「……この角度だと、荷物積んでなくても登れそうにないぞ」
とうとう出てきちゃった。山に入って二日目、これまでは道を広げたらいけそうなところばかりだったんだけど、ここは新たに道を作り直さないといけないみたい。
「リュザール、大丈夫?」
「もちろん、ちゃんと地図に場所を記しておくよ」
それを見て、あとから荷馬車が通れそうな場所を探さないといけない。
「ちょうどいい、少し休憩しようか」
標高が高くなってきてから、リュザールは頻繁に休みを取るようになった。私たちが高さに慣れるためだと思う。
「どう、体調に変化はない?」
みんなそれぞれがリュザールに大丈夫と答える。
「やっぱ、カインに住んでるせいかな。前の町の時なら、たぶん具合が悪くなっているはずだわ」
「僕もそう思います」
水筒の水を取り出しながらユーリルが呟くと、ジャバトもそれに相槌を打った。
ユーリルやジャバトが以前住んでいたところの標高が400メートルくらいで、カインが1300メートルくらいだから、普段の生活の中で高地に慣れていたということかな。
「ところでリュザールさん、山頂はまだですか?」
「今日は無理せずその手前まで。上の方は休む場所がないからね」
木がまばらになってきたし、風も強くなってきている。ユルトを建てられる場所が限られているのだろう。
「うーん、こっからだとカインもフェルガナ盆地も見えねえな。結構登ったと思うんだけど」
ユーリルが手をおでこにあてて下を見ている。
そう、途中で何度振り返っても谷しか見えなかったんだ。いい景色を期待していたのにちょっと残念。
「今はたぶん2000メートルぐらいかな。周りの山も高いから、見渡せるようになるのは峠近くまで行かないと難しいよ」
2000メートルか……峠まであと1000メートル。頑張ろう。
今日の野営地でユルトの準備を整えてから、かまどの前に四人が集まる。
「さて、昨日の武研の反省会をしようか。まずはソル」
「えーと、あと一歩のところで及ばなかった」
武研での由紀ちゃんとの立ち合い、竹下のかたきを取ろうと思っていたけど負けちゃった。詰めが甘かったのかな。やれると思ったんだけどね。
「俺はもうちょっとでいけそうな感じがしたぜ」
うん、竹下は由紀ちゃんの罠に嵌らなかったら勝ててたかも。
「あはは、二人とも惜しかったけど、実は先生、手を抜いてくれていたんだよ」
そ、そうだったんだ。
「まあ、先生には何年もの経験があるんだから、こっちでも修行しているとはいえ、樹と竹下くんが勝てるようになるにはもうちょっとかかるんじゃないかな」
「じゃあ俺の、パルフィのおやじさんとの試合もヤバかったり?」
「心配しなくても大丈夫。あのおやじさんの力は強いかもしれないけど、武術は素人、今ではユーリルの方が実力は上。よほどのことがないと負けないよ」
「でもよ、あのおやじさんも修行してるんじゃねえのか?」
あり得る。パルフィを守るためだとか言って、今頃特注の金づちを振り回しているかも。
「その可能性は否定できないから、今日もしっかりとやるよ」
立ち上がり、みんなで向き合う。
「ここは空気が薄いから、普段よりも息が早く上がるはず。気を付けて」
リュザールの言葉が終わらないうちに、ユーリルに飛び掛かる。
「よっと」
華麗なステップで避けられたけど……
「甘いです!」
そう、私はおとり。本命はジャバト。
「ウォ! ヤバ!」
ちっ! 躱しやがった。でも、
「わ、ちょ!」
避けたユーリルの腕を引き、うつ伏せに倒す。
ここで、首に手を……
「きゃっ!」
「危ね」
うぅー、体が軽いから立ち上がられちゃったよ。
「はい、そこまで」
ジャバトの手を借りて起き上がる。
「ユーリル、よかったよ。生きてるうちはチャンスがあるからね。ソルは倒した瞬間に仕留めとかなきゃ。力ではかなわないんだから」
流れるように止めを刺しにいこうって思っているんだけど、体がついていってない。まだ、練習が必要だ。
こちらの訓練は地球と違って実戦的。止めを刺すところまで省略せずに行う。もちろん、ナイフを首に突き立てるわけにはいかないので、手を首にトンとあてるのが合図。
「みんな大丈夫? 息は切れてない?」
うんと頷くと、ユーリルとジャバトも同じように頷いていた。
「よし、次!」
一日でも早く強くなって、自分の身は自分で守れるようになっとかなきゃ。
〇(地球の暦では4月26日)テラ
「あそこが峠の頂上」
リュザールが指さす先、道の向こうに空が見えている。
私たちは右手が山、左手が崖になっている緩やかな上り坂をゆっくりと進んでいるんだけど、右手の山がだんだんと低く近くに感じられるようになってきているから、そこを抜けたらいよいよタルブク側ということだ。
「あ、ソルさん、あそこ」
ジャバトに促され崖から下の方を見る。
おっ!
「ここからだとカインがギリギリ見えるんだ」
昨日は山かげに隠れていたのにね。
リュザールに合図をして馬を止めてもらう。
「フェルガナ盆地も見渡せるぜ。やっぱ、広いな。でも、集落がちょろっと……もったいねえ」
ほんと、地球の感覚では農地が広がっていてもおかしくないいい場所だよ。ただこっちには水の問題があるんだよね。私たちが住む盆地(地球ではフェルガナ盆地)には雪解け水が流れる川がいくつかあるんだけど、灌漑設備が整ってないから牧草地くらいにしか使われてない。将来はこのあたりもなんとかしたいんだけどなあ。
「……しばらく見納めだね」
「ああ」
しっかりと目に焼き付けておこう。
「いい?」
リュザールの問いにうんと頷き、馬を進める。
「リュザールさん、あちらの方の景色はどんなですか?」
「ふふ、もうすぐ。見ればわかるよ」
ジャバトだって見たらわかるのは知ってるはず。それでも聞かずにはいられないのだろう。私だってワクワクが止まらないもん。
馬の頭の先が開けてきた……さあ、いよいよだ。
「うわぁ!」
目の前に山、谷、川の大パノラマ。約3000メートルから見下ろす大自然が広がっていた。
「すげえな。……タルブクはどこだろう?」
「タルブクは正面に見える山の向こう。ここからじゃ見えないよ」
「結構遠いのか?」
「あと240~50キロといったところかな」
240キロ……カイン、タルブク間がだいたい300キロちょっとだからまだ三分の一も進んでないってことだ。
「マジか、あと五日で着くの無理なんじゃね?」
「山道は通るけど、ここみたいに高いところはないから大丈夫だよ。さあ、ここからは気を付けてね」
何に気を付けるのかと思ってたら……
「か、風、すご」
「は、話すのも大変です」
遮るものがない私たちに、風が容赦なく吹き付けてくる。
「みんな身を低くして、後は馬に任せて」
ここに連れてくる馬をリュザールが指定した理由がわかった。この子たちはカインに来た盗賊たちが乗っていた馬。この風を知っているんだ。
「り、リュザール、しばらく休める場所がないって言っていたのも?」
「うん、この風のせい。み、みんな、もう少しだから頑張って」
お願い、私の栗毛ちゃん!