第132話 かたきを取ってくる
〇4月24日(水)地球
朝の散歩の時間、海渡と凪ちゃんに昨日の報告をする。
「ソルさんがユルトの奥で、他のお三方は入り口側に寝られたんですね」
「うん、見張りの人が外に出やすいようにしたんだ」
「切り替わったのはどなたの時ですか?」
「俺」
竹下がその時の状況を話してくれた。
「素敵! 星を眺めながら時を待つって、なんだかロマンティックです!」
凪ちゃんがそう言ってたって、ジャバトに教えてあげよう。
「28の日は……リュザールさん、ユーリルさん、ソルさん。なるほど、寝始めから切り替わりの時間帯までソルさんとジャバトが一緒に眠れるようになっているんですね」
「ああ、そうなるように順番を決めたんだ」
27日は凪ちゃんが由紀ちゃんの家に行く日。その次の日の夜にソルとジャバトが手を繋いで寝ると、繋がる条件を満たすはず。
「わ、私、頑張ってお姉ちゃんの家に泊まります」
あとはそれ次第、うまくいくことを……
「何してるの?」
竹下と風花がこっちを向いて手を合わせている。
「何って神頼み。やるだけのことはやったからな」
海渡と凪ちゃんまで真似して……
後ろを見る……いつもの川だ。
このあたりにお地蔵さんがいたかな……
僕もとりあえず拝んでおこう。
「それでそっちの方はどうなの?」
顔を上げ、海渡に尋ねる。
「特別変わったことは……いえ、ありました。昨日は女風呂の日だったのですが、村の人も結構おいでになってました。ずっとお湯を沸かさないといけなかったので、男手衆が大変そうでしたよ」
女風呂の日のお風呂当番は工房の男性陣の担当だ。荷馬車や糸車の作成も休むわけにはいかないから、ユーリルとジャバトが抜けて人繰りが大変になっているのかも。
「戻ったら新しい工房の建築もしなけりゃいけないし、このままだとアラルクに負担がかかっちまう……コルカで人を探すか」
コルカもだけど……
「エキムに聞いてみたら。あっちの方でも人が余っているかも」
盗賊に身をやつすような人たちがいるんだから、仕事が無くて困っている人がいるはず。一応これからタルブクで工房を立ち上げることになるけど、今のところタルブクで地球と繋がる可能性があるのはエキムだけだから人手が必要になるのはしばらくたってからじゃないかな。いきなりたくさんの人に糸車や荷馬車の作り方を教えていくのは無理だと思うんだよね。
「そうだな。でも見つかった時はどうする? 風花、一緒に連れて行くのか?」
「連れて行けないよ。タルブク隊に頼んだらカインまで送ってくれるはず。しばらくは隊商の行き来があるから」
もちろんそうなった時には、工房からタルブク隊の人たちに相応の手間賃を出すことになる。大切な働き手を安全に運んでもらうための必要経費だ。
「いやー、それにしてもこうやって無事が確認できるのはいいですね。やきもきしなくて済みます。あ、もちろん、皆さんのことですから大丈夫だとは思ってますよ」
「それはこっちもそうだけど、お前、あっちでニヤニヤすんなよ。すぐ顔に出るからみんなに気付かれるぞ」
「そうですか? ニコニコしてたら皆さん安心してくださいますよ。なので皆さん、僕の笑顔を絶やさないような旅をしてきてくださいね」
はは、それもそうだ。パルフィもいるし、うまいことやってくれるだろう。
「それで風花、どうだった?」
「あれだよね。起きたのがギリギリでまだ見てないんだ。学校が終わってから……今日は武研か。それが終わってからやってみるよ」
「おや? 何をされるのですか?」
「ネットで航空写真が見れるじゃない。それを使って、あっちの道路地図を作ろうかと思ってるんだ」
「おー、それは便利になりそうですね。しかし、風花先輩だけにお任せするのですか?」
海渡からじろりと見られる。
力になりたいのはやまやまだけど。
「だって、俺たちが今どこにいるかよくわかってねえし」
「ふふ……」
「あ、凪ちゃん、笑ってっけど、ジャバトだって一緒なんだからな」
空から見るのと下から見るのとでは全然違う。高い木が生えていたり岩を避けないといけなかったり……僕たちは旅慣れていないから、どこを通ったかを判断するのに時間がかかってしまうのだ。
「ボクがわかっているから平気だよ」
「頼むな。道づくりの時に使うからさ」
地球とあっちとでは似たようなところに道ができているけど、全部が一緒というわけではない。これからは荷馬車を通すためには広くてなだらかな道が必要になるから、地球の車道がある場所を参考にしようというわけ。
っと、そろそろ時間だ。
「それじゃ、続きは放課後、武研で」
「いーち、にー、さーん」
海渡の掛け声に合わせてストレッチを行う。
「樹、もうちょっと強くしていいぜ」
最初はガチガチだった竹下の体も、かなり柔らかくなってきた。もちろん竹下だけでなくみんなそう。風花とリュザールからそうしないといけないと言われているからね。
体重をかけて、目の前の体にのしかかる。
「きつくない?」
「ん、平気」
竹下は完全に畳にべたっとついた状態。いわゆる股割りの体勢。
「ほんと、お前たちは上達が早いな。ちょっと私と立ち合ってみるか?」
おぉ! 由紀ちゃんとやれる、久々だ。
基礎練習が終わった後、竹下が武道場の中央で由紀ちゃんと向き合った。
「それでは、始め!」
海渡の号令がかかったが、二人はまだ動かない。互いに様子を見ているんだろう。
「どう思う?」
隣の風花にそっと聞く。
「まあ、見てて」
期待していいってことかな。最初の頃は瞬殺で、それからもあまりいいところなく終わることが多かったんだけど……
「おっ!」
由紀ちゃんが動いた。差し出された手を竹下がうまいこと避ける。
そしてそのまま由紀ちゃんの袖を掴もうとするけど、由紀ちゃんも簡単には掴ませない。
すごい! 由紀ちゃんと互角に渡り合っている。竹下って、いつの間にこんなに強くなったんだろう。
「樹も強くなっているよ」
体を寄せて風花が耳元で囁いてくれた。
心を読まれちゃった。
さらに続く二人の攻防、竹下を掴もうとする由紀ちゃんとそれをさせまいと先読みして動く竹下。
「あっ!」
後ろ回し蹴り!
ふぅ、竹下が身を沈めて躱した。
すかさず竹下が大技を繰り出して体勢の整わない由紀ちゃんを掴みに……
「ダメ……」
え?
「うぉ!」
逆に竹下が由紀ちゃんに引き寄せられて……あーあ、馬乗りだ。
「惜しかったね」
戻ってきた竹下に声を掛ける。
「ああ、いけると思ったんだけどな」
「あれは先生の罠だったんだよ。わざと大技を出して隙があるように見せかけたんだ」
そうだったんだ。竹下もマジかって顔している。
「次、樹!」
僕の番だ。
「かたきを取ってくる」




