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第131話 明かりを消すよ

 晩御飯にはまだ早いので、かまどを囲んでみんなとお茶をすることにした。


「はい、リュザール」


「ありがとう。ところで、さっきはジャバトと何を話していたの? あんなに見事に引っかかるからびっくりしちゃった」


「あはは あれはね……」


 あの時の話の内容と、どういう経緯でそうなったかを二人に教えてあげる。


「なるほど……ボクはこっちの世界大好きだよ。ソルに会えたからね!」


 はは……


「俺はジャバトのいうこともわかるな。前の町からコルカに逃げてきたときには、これからどうなるのか不安でいっぱいでさ。たぶんだけど、あの頃の俺は世の中を恨んでいたような気がする」


 恨んで……


「でもさ、セムトさんから声を掛けられたとき、普段ならよく知らない行商人についていこうとは思わねえんだけど……なんだろう、言葉にするのは難しいけど、あー、やっとかって感じで二つ返事でよろしくお願いしますって答えてたわ」


「あ、それは僕もそうでした。セムトさんの隊商っていつもは僕の村に寄らないのですが、見た時にようやく来てくれたと思いましたもん。そしたら働き手を探しているっていうから、お父さんとお母さんに言ってカインで働くことにしたんです」


 リュザールがうんうんと頷いている。


「え、えっと、ユーリル、今はこの世界をどう思っているの?」


 さっきは恨んでいるようなことを言っていたけど……


「ああ、今は好きだぜ。俺が作ったものをみんなありがとうと言って使ってくれるんだ。嬉しくないはずねえだろう」


 この前はそれが空回りして張り切りすぎちゃったんだよね。でも、好きになってくれてよかった。


「ルーミンはどうだったの? ジャバトと一緒だったよね」


「はい、カインに向かう途中バーシの隊商宿で休んでいたら、ビントからの旅人がやってきました。セムトさんがその人と情報交換をしたあと、急遽ビントに向かうことになったんです。たぶん、困っている人がいると聞いたんだと思います。そこには本当にガリガリのルーミンがいて、でも僕たちを見た瞬間に笑顔になって、カインまで歩いてついてくるのも大変なはずなのにずっとニコニコで……その時、僕、この子を守ろうって思ったんです」


 ジャバトはそう言って鼻の頭をちょっと掻いた。

 それでルーミンに負けないように必死で武術の修行をしているんだ。


「あ、そうだ。ソル、今のうちに体を拭いてきたら。汗かいて気持ち悪いでしょ」


 日が傾いてきたし、そろそろご飯の用意をしようかと思っていたけど……


「いいの?」


「おう、そうしな。水はまた汲んでくるから、遠慮すんなって」


 水、確かに明日泊まる場所で水が使えるかわからないのか……


「わかった、先に失礼するね」


 皮の袋に入った水を小さなタライに移し、ユルトの中に入る。

 ユルトの中はだいたい3畳たらず、決して大きくは無いけど私たちなら4~5人まではいける広さだ。


 入り口を閉め、服を脱ぐ。

 タオルに水を浸して硬めに絞り、首から順に体を拭いていく。

 お風呂に入れないから念入りに……


「こんなところかな」


 服を着てユルトを出ると、リュザールが野菜を切っていた。


「ありがとう、さっぱりしたよ。二人は?」


「水汲みに行った。次はボクたちが体を拭こうと思って」


 なるほど、それなら私はリュザールの手伝いをしておこう。

 今日のメニューは干し肉と野菜スープ。それにこちらの主食であるパン。できるだけ、普段村で食べるのとたいして変わらない食事にしようと思っているんだ。長い旅の間に体を壊さないように、栄養には気を付けなきゃいけないからね。


 リュザールが切った野菜と干し肉を鍋に入れ、水を足してかまどにかける。味付けは塩とルーミンが持たせてくれた野菜ダシの素。このダシ、元々は捨てていた野菜の皮やヘタを煮だして乾燥させたものなんだけど、ちょっと入れるとスープに深みが出て美味しくなるという優れもの。ルーミン様々(さまさま)だ。


「お、ソル、もう終わったのか」


 水を担いでユーリルとジャバトが戻ってきた。


「お先にでした。リュザール、あとはやっておくよ」


 お願いといってリュザールたちはユルトの中に入って行った。

 さてと、もうちょっとで仕上げだ。


 切り分けたパンをかまどの火に近づけていく。

 うーん、香ばしい匂い。こうするとパリッとして美味しくなるんだ。






 食事のあと、みんなでユルトの中に入る。


「んで、これからの予定だけど、タルブクにつくのは8日後だよな」


「うん、予定通り行けたらね」


 寝るのはまだ時間が早いので、打ち合わせをすることにしたのだ。


「ちょうどその頃、暁が俺たちのところに来るのはいいとして、問題は凪ちゃんの方だよな」


 週末の27日、由紀ちゃんの家に親戚が集まって結婚のお祝いをすることになっているらしい。凪ちゃんは、その時に何としてでも泊まってみると言っていた。それに合わせてジュードと手を繋いで寝るつもりだけど……


「僕にやれることはありますか?」


 三人で顔を見合わせる。


「しいて言えば、祈るくらいじゃねえのか」


 凪ちゃんの気持ちとは裏腹に、ご両親が家に帰ると言ったらどうしようもないんだよね。そうなった時にはまた別の機会を探さないといけないんだけど、それがいつになるのか見当がつかない。

 神頼みしかないか……

 ん? 


「何してるの?」


 リュザールとユーリルがなぜかこっちを向いて手を合わせていて、それを見たジャバトも同じように手を合わせ始めた。


「テラに神様がいるかどうかわからねえからな。地球の神様に頼むしかねえだろう」


 意味がよくわからない。


「それで、なんで私を拝んでいるの?」


「地球と繋がっているソルを通してお願いしてるんだけど、おかしいかな?」


 おかしいかどうかはともかく。


「繋がっているのはリュザールとユーリルもじゃない」


「ま、ソルが一番長いからな。繋がりも深そうじゃん。きっと、かなえてくれるぜ」


 長いのは間違いないけど……


「私はどうしたらいいいかな」


 自分を拝むのはちょっと……


「好きにしたらいいんじゃね」


 好きにか……凪ちゃんとジュードを繋げたい。それも出来るだけ早く。ということで、地球と繋がっているリュザールとユーリルを交互に拝む。


「ぶはぁ! おかしい」


 突然リュザールが笑い出した。そりゃ、みんなで拝み合っているんだからおかしくもなるよ。


「まあ、なるようになるだけだね。さあ、そろそろ寝ようか」


 リュザールが寝袋の準備を始めた。


「あ、あの、みんな聞いてくれるかな」


 寝る前に、あのことをちゃんと言っておかないと大変なことになる。


「今度の旅、父さんの許可をもらうのが大変だったんだ」


 みんな、黙って聞いてくれている。


「二人っきりじゃないとはいえ、結婚前の娘が結婚前の男と一緒に過ごすのはどうかって」


 前回のコルカに行った時は父さんが一緒だったから問題なかったんだけど、今回は父さんもセムトおじさんもいないから心配しているんだと思う。


「でも、タリュフさん、出発の時には笑顔で送り出してくれてたよ」


「それは母さんが説得してくれたから……あ、あのね、ここからが大事な話なんだけど、この旅の間、もし間違いが起こっちゃったら、私はリュザールと結婚できなくなるんだ」


「まあ、そうだろうな。カインは厳しいからな」


 ユーリルは理解してくれている。リュザールもうんうんと頷いてくれた。


「……あのー、間違いって何ですか?」


 ジャバトがきょとんとした顔で聞いてきた。

 知らないんだ。あ、リュザールがジャバトに耳打ちを……

 最初は真面目そうな表情で聞いていたジャバトの顔がだんだんと赤くなって、最後には前を隠すような仕草を……反応しちゃったみたい。


「まあ、俺はソルと一緒にいても樹と一緒の時のような感じだからそんなことは無いと思うけど、危ないのはリュザールじゃねえのか」


「ボクも心配いらないよ。我慢した方が燃えるって知っているから」


 ははは……


「僕も大丈……き、気を付けます」


「ジャバト、今はソルを意識しちゃっているけど、凪ちゃんと繋がりさえすれば気にならなくなるから安心して」


「そんなものなのか?」


「うん、好きな人なら別だけど、同性の友達と同じに思えるようになるよ」


「あ、俺がソルに対する感じか」


 わかる、男の子と話していても異性という感じがしないんだよね。リュザールは別だけど。


「もういいよね。明かりを消すよ」


「待った。リュザール、今日切り替わるのは誰の時だ?」


「ユーリルかな」


 今日の見張り当番はリュザール、ユーリル、私の順番。一人三時間足らずで交代する予定。明日はジャバト、リュザール、ユーリル、そしてその翌日は私、ジャバト、リュザールと言った感じにして、誰か一人は一晩ぐっすりと眠れるようにするつもり。


「りょ! 起こしてくれたときにどれくらいで変わるか教えてくれ。星を見とくからさ」


「任せて」


 こっちで切り替わる時間は23時30分頃のはず。改めて切り替わる時間帯を確認するつもりなんだろう。


「消すよ。ボクが起きているからみんな安心して寝ていいからね」


 リュザールがろうそくの火をフッと消すとユルトの中は暗闇に包まれる。

 すぐに聞こえるジャバトの寝息。今日は色々あって疲れちゃったんだろう。

 ふわぁぁ、私も……みんな、お休み。

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