第127話 膨みもよさそうですよ
ブロンドヘアにブルーアイ、一見すると外国人に見える藤本凪ちゃん。まだあちらと繋がっていないけど、春休みに入った今日から僕たちの朝の散歩に参加してくれることになったんだ。
ただ……すれ違うご近所さんたちが、物珍しそうにこちらを見ているんだよね。外国人観光客が多いこの町でも、さすがに凪ちゃんのような子が朝から歩いている姿を見ることはあまりないか……
「凪ちゃんは去年の夏ごろ、こっちに来てた?」
「はい、由紀お姉ちゃんの家に遊びに」
なるほど、それを海渡が見かけたんだ。
「朝はいつも早いの?」
あの時は散歩の前の時間帯だったから、日が昇って間もなくだと思う。
「去年の春頃まではよく寝坊をしてましたが、今では毎朝すっきりと起きられます」
「去年の……なあ、海渡。ジャバトがカインに来たのって春の終わりごろじゃなかったか」
「確か5月の末、中間試験が終わってちょっとしてからですね。ルーミンもその時にソルさんと会うことができました」
「さすが……」
なぜか風花と竹下と海渡の三人が頷き合っている。
「え、えーと、ところで凪ちゃん、今日は僕の家に来れるの?」
話題を変えよう。
「はい! ケーキを焼かれるのですよね。海渡さんから聞きました。私もお手伝いさせてください」
あっちの世界では今年から砂糖の栽培を始める。他の村に売るほどの量にはならないけど、工房でお菓子を月に一、二回出すことくらいはできるはずだ。その時のためにレパートリーを増やしておきたいというわけ。そこで、風花と海渡を誘って練習しようとなったんだ。
「竹下は?」
「すまん、今日は店の手伝いなんだ」
あらら、練習で作ったクッキーやビスケットをずっと食べさせていたから、最近では甘いものが好きになってたのに残念。
お昼過ぎ、風花と海渡、それに凪ちゃんが僕の家にやってきた。
「あ、かなり膨らむみたいですよ。中央は谷のように……そうそう」
レシピを見ている海渡の指示に従い、凪ちゃんは型の中の生地を慎重に形作っていく。
「こ、これでいいですか?」
うん、真ん中が凹んでいい感じ。
「早速焼いてみようか」
オーブンに型を入れて焼き上がりを待つ間、部屋に集まって一息つく。
「樹先輩の部屋、初めてですが畳で落ち着きます」
凪ちゃんキチンと正座もできてる。ほんとに振る舞いは日本人と変わらないな。
「凪ちゃん、なかなか手際が良かったけど、普段からお菓子を作るの?」
教えてないのに生地も切るように混ぜてた。経験者の手つきだったんだよね。
「こっちではあまり作りませんが、ドイツのおばあちゃんの家でバウムクーヘンを作ったことがあります」
「ば、バウムクーヘン! 高級なお菓子ですぅ。あれって特別な釜とかがいるんじゃありませんか?」
「お店のものはそうですが、フライパンでもできますよ」
そうなんだ。今度教えてもらおう。
それにしても……
「おばあちゃんのところにはよく行くの?」
「毎年はいけなくて、二年に一回くらいです」
二年ごとか、頻繁ではないけど……
「改めて話すね。テラと繋がったら決まった時間に切り替わることになるんだ。日本の場合は寝ている時間だからそこまで気にしなくていいんだけど、ドイツの場合はたぶん夜の7時くらいのはずだから注意が必要だよ」
「夜の7時……どんな感じで切り替わるのですか?」
「ほんともういきなり」
「はい、突然です」
凪ちゃんにそれぞれが体験した切り替わった時の様子を伝える。
「ご飯を食べている時でも……」
ちょうど夕食の時間帯なのかな。途中で別の一日が始まるんだから、何食べていたのか分からなくなりそうだ。
「心配しなくてもあちらの世界で一日を過ごしたら元に戻りますので、ご飯はそこに残って……痛て! 凪ちゃん、痛いですぅ」
ふふ、凪ちゃんが顔を真っ赤にして海渡を叩いている。
「大丈夫?」
「はい、気を付けます」
あとは……
「あっちの凪ちゃんが男の子なのは海渡から聞いたよね」
「あ、はい……ちょっと不安ですが、先輩方がおられますので平気です」
最初は戸惑うかもしれないから、困った時は相談に乗ってあげよう。
「それで、あちらとの繋げ方なんだけど……」
ピピピ、ピピピ……
っと、時間だ。
机の上のキッチンタイマーを止める。
「あとは食べてからにしようか」
「うわぁ、いい匂いです」
オーブンを開けると、甘くそして香ばしい匂いが漂ってきた。
「膨みもよさそうですよ」
見た目は問題ない……型から出してナイフを入れる。
「よし!」
中までしっかり火が通ってる。
パウンドケーキを初めて作ってみたけど、これならあちらでも再現できそう。
適当な大きさに切り分け、おやつセットと一緒に部屋へ持っていく。
「早速パルフィさんに型をお願いしときましょう」
ちゃぶ台の上にお皿を並べながら海渡が呟くと、
「うん、お姉ちゃんに今日の写真を送っとくね」
ティーポットの紅茶をそれぞれのカップに注ぎながら風花が返す。
型を使うのは砂糖が手に入ってからだからすぐに必要ではないんだけど、早めに頼んでおいたらパルフィが手が空いた時に作ってくれるんだ。
「さてと、さっきの続きだけど……」
ひと段落したところで、幸せそうな顔をしてケーキを頬張る凪ちゃんに声を掛ける。
「あちらの世界と繋がるためには片方の世界で手を繋いで寝たうえで、残りの世界でも近くにいる必要がある。これは聞いているよね?」
「はい」
「凪ちゃんのところは近いうちに旅行に行ったりしないの?」
こちらで凪ちゃんと手を繋いで寝るのはかなり難しいみたい。だから、凪ちゃんの旅行に合わせて同じか近くのホテルに僕も泊まって、その前日にテラでジャバトと手を繋いで寝いていたら大丈夫なはず。
「夏休みにドイツに行く予定です」
ど、ドイツ……
さすがにそれに付き合うことはできないよ。
「ゴールデンウィークとかはどう?」
暁が来るのはゴールデンウィークの後半、前半なら何とか……
「ちょうどその頃にこっちで親戚が集まって、由紀お姉ちゃんのお祝いをする予定なんです」
あー、そうなんだ。由紀ちゃんが結婚したのは、観光のオフシーズンである1月の終わりごろ。ホテルの支配人であるお相手の方に合わせたんだけど、当然その頃はまとまった休みがないから集まることのできない人もいたのかも。
「ゴールデンウィークもダメとなると、しばらく凪ちゃんを繋げることができないかもですね。どうしましょう?」
うーん、何とかしてタイミングを合わせられないかな……