第125話 そん時はあたいがまたルーミンにしてやんよ※
〇(地球の暦では2月8日)テラ
昨夜降り積もった雪の上を、白い獣が縦横無尽に駆けまわっている。
「あまり遠くにいかないでよ」
カァルは『にゃ!』といって、川の方まで走っていった。
「うーん、さすが……やっぱ、雪の上がよく似合うな」
本来の姿のカァルに、ユキヒョウ博士もご満悦な様子。
今日は薬草畑の様子を見に行くついでに、カァルを遊ばせに来たのだ。
「ねえ、ユーリル。カァルの独り立ちはいつなの?」
「だいたい、一歳半から二歳って言われているから、次の冬くらいだな」
ということは、あと一年あるかどうかか……
「狩りの仕方とか、どうやって教えたらいいんだろう」
自分でご飯を獲れるようになっとかないと大変だ。
「山で実際に獲物を捕らせる必要があると思うけど、気配の消し方はうまくなってきてるよ。ボクだって後ろを取られることがあるからね……でも、返しちゃっていいの?」
「う、うん……」
大きくなったら自然の元で暮らした方がいいと思うし、
「カァルもお嫁さんがいないと寂しいはずだよ」
「そうかぁ? ユキヒョウのオスは繁殖時期を過ぎたらメスと別れちまうぜ」
そういえばそうだった。ユキヒョウのオスは子育てをしなかったんだ。
「にゃう!」
おっと、カァルが戻ってきた。
「どっちに転んでもいいように準備だけしといて、あとはカァルに決めてもらおうか」
「だな」
「にゃ?」
はは、カァルが私たちの方を見て何の事? って顔してるよ。
〇(地球の暦では2月18日)テラ
「いよいよですね。いきますよ」
ルーミンが真新しい引き戸を横に滑らす。
「おっ!」
瞬間、湿気を帯びた温かな空気が肌を撫でてきた。
「これは期待を持てますね」
さらに、一歩足を踏み入れると、上方に取り付けられた窓からの光も見ることができた。部屋全体に湯気が立ち込めている証拠だ。
「早速、調べてみようぜ」
パルフィが湯船に向かって歩き出す。完成したばかりのお風呂が問題なく使えるかを、地球でお風呂に入った経験がある私、パルフィ、ルーミンの三人で確かめることにしたのだ。
「どう?」
パルフィは湯船に手を突っ込んだまま思案顔。
「うーん、ちょっと熱めだが、これくらいの方がいいだろう」
熱めか。
試しに私も……ちょうどいいかな。
「熱い……」
あー、ルーミンには熱いかも。海渡もぬるめが好きだもんね。
「水を入れる?」
「い、いえ、冬場ですし、たぶん大丈夫です」
「んじゃ、ちょっくら入ってみるか」
脱衣場に戻り、着ているものを脱いでいく。
「へへ、一緒に入るって温泉みたいでいいな」
そう言ってパルフィは、豊満な胸を覆っていたさらしを籠の中に無造作に放り込んだ。おぉー。夜、部屋の中で見るのと違って、ここは明るいからおっきいのがよくわかるよ。
「おや、穂乃花さんのお住まいは学生寮ですよね。ご学友とお風呂でわちゃわちゃするのが習わしなのではないですか?」
一方のルーミンは、さらしを丁寧に畳んで籠の中に……うんうん、体つきが女の子らしくなってきたね。体重が増えていっている分、膨らんできているのかな。
「あたいんとこは、寮と言っても普通のマンションのようなもんだからな。食堂はあるが、風呂は各部屋にしか付いてねえ」
へぇ、そうなんだ。
「それでは、こういうのはお久しぶりなのですか?」
「いや、正月に風花と入ったぜ。今日はこっちでお前たちとだ。よろしく頼む」
準備ができた私たちはすぐ隣の浴場へ向かった。
湯船からお湯を掬い体にかける。
「くぅー、これこれ。ドボンといきたいところだが、ここは我慢だな」
そうなのだ。こちらの私たちは、これまで誰もお風呂に入ったことがない。体を拭いていたとはいえ、このまま湯船に浸かったらたぶん垢が出てきて大変なことになってしまう。
ということで、洗い場に移動してコペルに織ってもらったボディタオルで体を擦る。
「ヤベえ、石けんがまったく泡立たねえぞ」
「見てください。垢がこんなに!」
二人とも楽しそう。
「ほら、みんな待っているから急ぐよ」
「ですね。どうせまた入ることになりますので、ちゃっちゃとやっちゃいましょう」
私たちの後には、お風呂を楽しみにしている村の女の人たちがいる。その誰もがお風呂に入ったことが無いから、最初は私たちが入り方を教えないといけない。特に妊婦さんは注意が必要で、説明だけでは危ないから私たちも一緒に入ってあげようと思っているんだ。
「とはいえ、いつまでたっても垢がなくなりませんが、最後には骨だけなっちゃうってことはありませんかね?」
「お、そん時はあたいがまたルーミンにしてやんよ。ちゃんと垢は取っとけよ」
「ふぇ?」
ルーミンはすでに排水溝へと流れてしまった自分の垢を呆然とした目で見ている。
「心配しなくてもそんなことにならないから、早くきれいにして中に入っちゃおう」
その後、これまた泡立たない髪の毛を何度も石けんで洗い流してから湯船に向かう。
「お……く、かぁー、染みわたるぜ」
最初はそっと湯船に足を差し入れていたパルフィは、すぐにどっぷりと肩まで体を沈めた。
「あ、熱いですが、気持ちがいいですぅ」
熱がりのルーミンも首まで浸かっている。
ほんとそう、こっちでお風呂に入れるなんて感無量だよ。
「ほら、やるよ」
今度はみんなで底や縁を手で触ってみる。もし、出っ張りがあって小さい子がケガをしたら大変だ。もちろん前もって調べてはいるけど、使ってみて気付くことってあるからね。
「どう?」
「いいようだぜ」
「問題ありません!」
ということで改めてお風呂を堪能する。
湯船は木製で、大人がゆっくりと4~5人は入れるくらいの大きさ。その端っこには隣の部屋から突き出た樋が乗っていて、そこからちょうどいい温度のお湯が注ぎ込まれている。
「ところでパルフィさん、これはずっとこのままですか?」
お湯がずっと出っぱなしというのは気になるよね。蛇口なんてないし。
「ああ、人が入る時間帯だけな。こっちじゃシャワーを使えねえから、湯船のお湯がどんどんなくなっちまうし、それに出しっぱなしなら最初に温度調整したらそれですむからよ」
水は甕に貯めたやつを使うんだけど、お湯は湯船から汲むしかないので常に補充する必要がある。体や頭を洗う時に結構使ってしまうからね。
「よし、上がろうか。みんな待ってる」
〇2月18日(日)地球
「昨日はありがとう。おかげでみんな喜んだよ」
家にやってきた竹下と風花にお礼を伝える。
女の人がお風呂に入っている間、工房の男手衆が風呂釜の火の番をしてくれていたのだ。
「構わないよ。明日はボクたちの番だから頼むね」
「もちろん!」
お風呂がまだ一つしかないから、男の日と女の日と日替わりにすることにしたんだ。
「それで、みんなはどうだって?」
「麦を払っても入りたいって」
「ふぅ、よかったぜ。値段も?」
うんと頷く。
テラでお風呂に入るためにはどうしても人の手がかかる。お湯を沸かすのだってそうだし、掃除するのだってそう。今回は工房から人を出したけど、ずっととなると経営的にもよろしくない。そこで、地球の銭湯や温泉のように費用を負担してもらおうと考えたのだ。麦半袋で10回、だいたい1回あたり500円くらいかな。もちろん妊婦さんと成人前の子供は無料。清潔にして病気にならないようにしてもらわないとね。
「あとは人手をどうするかですが、とりあえずは工房から出すとして、先々は専任の人を雇いますか?」
「そうしたいのはやまやまだけど、賄えるかな?」
お風呂の建築にかかった費用は棚に上げとくとして、まずは働いてくれる人のお給金、最低でも一人当たり月に麦10袋分。それに燃料となる家畜の糞、これも放牧をしている人から買わないといけない。そして忘れてはならないのはテラでとても大切な水、もちろん許可をもらって使わせてもらっているけど、みんなから費用を取るようになったらタダというわけにはいかないだろう。
「お風呂を俺たちはこれからも間違いなく使うが、問題は村の人たちだよな。雇ったはいいが、使ってくれるのが最初だけになっちまったら困るぜ」
なんせ初めてのことだから需要が読めないのだ。
「お風呂を増やして男女に分けることも、人を雇うこともとりあえずは様子見ってことだね」
あとがきです。
「ほら、髪の毛がサラサラ。見てください!」
「ほんとだな。それにみんななんか白くなってんの。薄汚れてたんだな」
「それはそうだよ。生まれて初めてお風呂に入ったんだもん。ユーリルたちだってきっとそうなるよ」
「……それにしてもルーミン。お前、なんか小っちゃくなってねえか?」
「ふぇ? ちゃんと集めて、パルフィさんに元に戻してもらいましたよ」
「集めて? 何を?」
「ふふ、内緒。それじゃルーミン、次回の予告をしよう」
「はい! 次回は3/2の更新の予定です。えーと、お話も3月に入るみたいですよ」
「あれ? それじゃ今ちょうど樹の町でやっているお祭りのことはやらないんだ?」
「どうもそのようです。みんなで豚さんをお参りしたのに残念ですぅ」
「毎年のことだけど、あれにはびっくりするね。お参りすると、一年間お金に困らないらしいよ」
「ほんとですか!? 株でもやっちゃいましょうか」
「こういうのは、欲を出したらダメなんだって。それでは、次回もよろしくお願いします」