第124話 進捗は?
〇(地球の暦では2月1日)テラ
「凪ちゃんといい感じだったじゃない」
糸車の土台に、はずみ車をはめ込んでいるルーミンに近づき、そっと声を掛ける。
昨日は武研に行ける日だったので、竹下と立ち合いながらそれとなく二人の様子を見ていたのだ。
「えー、そうでしょうか?」
凪ちゃんが武研に入ってそろそろ一か月。私(樹)たちがいない間のことは話にしか聞いていないんだけど、海渡は凪ちゃんに積極的に話しかけているようだし、凪ちゃんもそれを嫌がっている様子はないみたい。
ちなみに凪ちゃんには恋人も好きな人もいなかった。でも、このことを尋ねたのは海渡じゃなくて風花なんだよね。たぶん海渡は怖くて聞けなかったんじゃないかな。
「こっちのことは話せそう?」
「そうですね、もう少しといったところでしょうか」
やっぱり二人の仲は進んでいるみたい。
「ふふ、手伝えることがあったら言ってね」
テラのことを話して興味を持ってもらったら……
「あのー、もしそうなった時はどうやって繋げます?」
ルーミンがさらに小声で尋ねてきた。
「うーん、どうしよう」
テラと地球の人格が繋がる条件というのは、片方の世界で手を繋いで寝て、もう片方の世界でできるだけ近くにいること。こちらでもあちらでも性別が違うジャバトや凪ちゃんと一緒に寝るというのが、とても難しいことなのだ。
「5月にソルさんが旅に出るときにジャバトも一緒に行かせますか?」
それなら同じユルトになりさえすれば、手を繋いで寝るのはできる。でも……
「凪ちゃんの家が樹の家から離れているからどうだろう」
凪ちゃんの家は風花の家よりも遠いんだよな。それでも繋がってくれたらいいんだけど……
「ソルちゃんお願い」
おっと。仕事をしなくちゃ。この件はその時になって考えよう。
持ち場に戻り、いくつか積まれたほぼ完成品の糸車を固定していく。特にはずみ車と紡錘車の部分はしっかりと止めておかないと輸送中に壊れてしまうから……良し。
これで糸車の完成。
「ソルさん今日もたくさんできそうですね。倉庫にもうすぐ入らなくなりますよ」
ルーミンは部屋の隅に積まれた糸車を指さす。
去年の秋、バーベキュー大会が終わった後に工房の横に完成した商品を置くための倉庫を建てた。というのも、これまでは出来上がったものからすぐにリュザールたちが持って行ってくれていたんだけど、冬場は隊商が動けなくなるからどうしても在庫の保管場所が必要になったから。
「いっぱいになったら、荷馬車に取り掛からなきゃだね」
荷馬車も作り貯めしといて、春になったらまとめて納品する予定なんだ。
「えー、お休みにしないんですか?」
「してもいいけど、何する? 寒くてどこにも行けないから、部屋で織物するしかないよ」
こちらでは遊ぼうにもほんと何もない。外での仕事ができない冬場は男の人はワラを編んだり、女の人は糸を紡いだり織物をしたりしてすごしている。
「そうでした……皆さんがおられるここの方が気がまぎれそうです」
織物は同じ作業の繰り返し、コペルのように好きならいいけど、そうじゃないとすぐに飽きてしまう。ん、表が賑やかに。もうそんな時間か。
「帰って来たよ」
暖炉の前を空け、手の空いた人がお茶の用意を始める。
「うう、寒みぃ」
「にゃおん!」
カァルは一直線に私のところに、男手衆は部屋に戻るなり一目散に暖炉の前に集まって来た。今日雪は降っていないけど、外はかなり寒いみたい。
「はい、どうぞ」
ルーミンがお茶を渡しているのはユーリル。
病気が治ってからのユーリルは、あまり無理しなくなった。どうも、寝ている間に体中をタオルで拭かれたのが堪えたらしい。みんなもユーリルを心配してのことだから、文句も言えないしね。
「ねえ、進捗は?」
カァルと一緒にユーリルの元に向かう。
「外はあとちょいで完成だな。そしたら中の作業になるから、一気に進むぜ」
おぉー、もしかしたら今月中にお風呂に入ることができるかも。
「そっちの方はどうだ」
「そろそろ荷馬車を始めるよ」
「中になったらそんなに人手いらねえから、回そうか?」
「ありがとう!」
それなら力仕事は男の人に任せられるから、セムトおじさんに頼まれている月に5台も何とかなりそう。隊商が動き始める3月までに、最低15台は用意しとかないといけないんだ。
「皆さんが手伝ってくださるので助かりますね」
ルーミンの言う通り村の人たちが手伝いに来てくれなかったら、お風呂を作るのは後回しになっていたと思う。この調子ならお腹の大きさが目立ち始めたユティ姉も、清潔な状態で出産に望めるはずだ。
「ほんとありがとうございます」
改めて、村の人たちにお礼を言う。
「何言ってんだい。冬場に仕事があるだけでも助かっているのに、今作っているお風呂ってやつは私たちも使わせてもらえるんだろう。そりゃあ、いくらでも手伝うってもんさね」
「そうそう、うちのなんて家にいても何も手伝わないしゴロゴロして邪魔なだけ。ここでこき使ってもらった方が余程ましよ」
「そういうお前だって俺とたいして変わらないだろ」
みんなの笑い声が工房に広がる。
「それに、ここで働けるのも糸車のおかげで時間に余裕ができたおかげだ。他の村の人たちにも使ってもらいたいじゃないか」
村のおばさんは手に持った糸車をポンポンと叩く。
よかった、工房はみんなのためになっているんだ。
「おーい、手が空いてたら手伝ってくれ」
鍛冶工房から声がかかった。
「よし、行くか」
休憩を終えたユーリルたち男手衆が出ていく。
さあ、私たちもみんなのために頑張ろう。