第120話 そう、羽目を外すよ
〇1月6日(土)地球
「こんな大事に時期に、俺、俺……」
僕の家にやってきた竹下は開口一番こう告げた。
こうなることは予測がついていたので、昨日の段階でリュザールとルーミンに計画を話している。
「竹下先輩、気を落とさないでください。病気になる事なんて誰にでもあることですよ」
「でもさ、俺が頑張らないと、風呂が……」
「ボクもカインにいるんだから、ユーリルの代わりをやってあげる。ゆっくり休みなよ」
「それはありがたいけど、やっとパルフィと穂乃花さんが繋がってこれからだって時に……クソ! ここは無理してでも……」
昨日あっちの世界で張り切り過ぎたユーリルが熱を出してしまったのだ。
「気持ちはわかるけど、父さんの言う通り寝てなくちゃダメだよ」
タリュフ父さんに診てもらったら、過労で抵抗力が落ちたんだろうって。だから、栄養を付けて2、3日休んだらよくなるんじゃないかな。
「でも、でも……」
「グダグダ言わない。ほら、行くよ」
「へ? どこへ?」
こういう時は気晴らしをするのが一番だからね。あっちの世界じゃ動いちゃダメだけど、幸い地球ではそういう制限は無い。ということで、風花と海渡と一緒に竹下を連れ出し、近くの電停へと向かった。
「久しぶりに電車に乗ったけど、結構揺れるんだね」
「はい、左右だけでなく前後にも揺れるので、しっかりとつり革を持っていないと危ないです」
市民の足となっている路面電車は、電停だけでなく信号でも止まるし、自動車が線路内に入ってきたら急ブレーキをかけることがあるから手放しで乗るのはおすすめできない。
「なあ、どこで降りるんだ。このままだと終点まで行っちゃうぜ」
電車に乗って15分、竹下がしびれを切らしてきた。
「ご心配なく、次で降ります。さあ、前に進んでください」
「ここで……ちゅうことは?」
「そう、羽目を外すよ」
電車を降りて5分ほど歩き、目的地に着いた僕たちは砲弾のような音が鳴り響く中にいた。
「ここがボウリング場かぁ。ボク、初めてなんだ」
へぇ、そうなんだ。
「おや、東京にはないんですか?」
「たくさんあるよ。でも、一緒に行く人がいなかったんだ」
ボウリングは仲間とやるのが楽しいからね。
「みんなはよく来るの?」
「うーん、年に1、2回くらいでしょうか」
「腕前は? ボク教えてもらわないとできないよ」
「みんなたまに出るストライクで大喜びする程度ですが、やり方はわかっているのでご安心を」
スコアは……まあ、楽しんだもの勝ちだ。
「なあ、俺のことを気遣ってくれてんのはわかるけど、一応俺たちって受験生じゃん。こんなことしてていいのか?」
「先輩たちなら一日くらい大丈夫ですよ」
「それに、しばらくの間武研にも行けなくなるでしょ。その代わりってことで」
これまでは、武研での活動が勉強の息抜きになっていたんだけど、それができなくなるから今日はそれも兼ねて計画したんだ。
「それでは受付してきますね」
いつのまにかメンバー表を書いていた海渡がカウンターへと向かって行った。
冬休み期間中の土曜日ということもあり場内にはたくさんの人たちがいたけど、幸いほとんど待たされることなく僕たちの番がやってきた。カウンターからそれぞれのサイズのボウリングシューズを受け取り、指定されたレーンへと向かう。
「靴を履き替えるんだ」
「油を引いているからな。普通の靴じゃ危ねえんだ。よし、今日は前回の記録を抜くぞ」
お、竹下吹っ切れたかな。
「ええと……あ、ここですね。お隣失礼します」
海渡が入って行ったボールリターン(ボールが戻って来るところ)には、年配の男女がいた。
僕たちも挨拶をして後に続く。
「風花先輩、後ろから投げやすい重さのボールを取ってきてください」
みんなでボールラックにいき、これだと思うボールを選ぶ。
「順番は?」
「ソルからだぜ」
ソル? 上を見ると、モニターに映し出された名前はあちらのものだった。海渡……
「えーと、風花。最初は練習ができるんだ。まずは僕がやってみるから、それを見てて」
ボールを構え、ピンに向かって渾身の一球を!
「あ! あれ?」
みぞ掃除するつもりなんてなかったのにぃー。
1ゲームを終わらせた僕たちはとりあえずの反省会を開く。
「さすがリュザールさんです。ちゃんと様になってました」
「そうかな。ビギナーズラックってやつだよ」
ふふ、風花照れてる。
「それに引き換え、先輩たちと言ったら……ソルさんにユーリルさん、なんですかこの成績は……」
「仕方がねえだろう。前回と比べて筋肉がついてて調子狂ったんだよ。お前だって、たいして変わらないじゃないか」
僕、竹下、海渡の三人のスコアはダメダメ。以前使っていたボールが軽すぎてガーターに直行したり、重たいものに変えてもうまいこと曲げきれなかったりしたのだ。
「ねえ、見て」
風花が隣のレーンの二人の方を見る。さっき話したらご夫婦らしくて、健康のためによくここに来るんだって。共通の趣味があるのはいいよね。
二人は慣れた様子でボールを投げ、ピンを次から次へと倒していく。スコアも僕たちと比べ物にならないほどいい。
「すごいよな。ボールも軽そうで速くもないのに、倒していくんだもんな」
強い力で投げた方が倒れると思ってたけど、考え方を変えないといけないみたい。
「あら、休憩中?」
ご夫婦の方もひと段落ついたようでこちらにやってきた。
「はい。あ、あのー、つかぬことをお聞きしますが、さっきからお二人のプレーを見させてもらって、あまりのうまさに驚いたのですが、何かコツとかあるのですか?」
せっかくだから聞いてみよう。
「そうねぇ……コツと言いますか私たちはもう長いことやっていますから、どうしたらいいのかわかっているだけですよ」
「そうそう、やるべきことがわかっているだけだ。特別なことは何もしとらん。君たちはまずは肩の力を抜きなさい。余計な力が入っとるようだったぞ」
肩の力……
「なんだか、ピンを倒すのに力がいるような気がして……」
「最初はそう思う。でもやっていくうちに、それではうまくいかないことがわかって工夫するようになる。でもその工夫の仕方は人それぞれだからな。正解なんてない」
「そうそう、私も若いころはもっと重いボールで投げていましたけど、今は無理だから軽いボールでピンを倒せるように工夫しているだけですよ」
工夫か……
「ありがとうございます。何とかやってみます」
思わずいい話が聞けたかも。