第117話 せっかくですからあれを調べませんか?
〇12月25日(月)地球
「年明けから先輩たちが来られるのは週に一度だけ……この僕に、部長の大役を果たすことがてきるでしょうか?」
年内最後の武研を終えた後、更衣室で着替えながら海渡が聞いてきた。海渡はこれまでも部長だったんだけど、実際は僕たちがいたから名ばかり。それが、他の部活の子たちの手前、年明け以降僕たち三年生は週に一度しか参加することができなくなってしまったから、実質的な部長として武研を率いないといけなくなってしまったのだ。
「みんな海渡のことを慕っているじゃん。それに指導は由紀ちゃんがやるんだから、海渡はそれについていけばいいはずだよ」
人懐っこい海渡は、下級生にも人気があるから部長は適任だと思う。
「うう、由紀ちゃん先生だけが頼りです」
海渡が女子更衣室の方を向いて祈ってる。心配ないと思うけどね。
さて……
「竹下君、一生懸命なところ悪いけど、穂乃花さんは外見にこだわらないらしいよ」
着替え終わったあとも、髪を気にしている親友に声をかける。今日朝から驚いた。だって、竹下が髪をガチガチにキメてきていたのだ。穂乃花さんが本当にパルフィだとしたら、見てくれの優先度はあまり高くない。むしろ自分と話が合うかどうかを重視するはずで、それなら竹下は合格間違いない……はず。
「そ、そうかな」
「だから、早く行ってあげなよ。ほら、荷物は持って行ってあげるから」
竹下は武研が終わり次第、こちらの地理に不案内の穂乃花さんを家まで迎えに行くことになっている。学校を出る時に連絡したら、それに合わせて出かける準備をしてくれるはずだ。
「わかった。それじゃ、俺、行ってくる」
笑顔で出かける竹下を見送り、一緒に手を振っている海渡に声を掛ける。
「今日はどうする?」
元々は穂乃花さんの予定が無かったらみんなで町を案内しようと言ってたんだけど、竹下と二人がいいらしいので予定が空いちゃったんだ。
「そうですね……せっかくですからあれを調べませんか? 竹下先輩もおられないことですし」
なるほど、あれか……
「よっと……」
お盆に乗せたポットとカップを落とさないように、離れのドアを慎重に開ける。
部屋の中では、海渡と風花がそれぞれのスマホを真剣に眺めていた。
「ご苦労様。はい」
テーブルの上に三つのカップを並べ、それぞれにポットから熱々のコーヒーを注ぐ。
「ありがとうございます。樹先輩、いいものありましたよ。この動画なんてどうです?」
海渡からスマホを受け取る。
「えっと……まずは横糸を二本……わざと途中で止めて……三本目でしっかりと押さえる……」
「はい、元の横糸と一本目との間隔の分だけパイルができるようです」
なるほど、タオルがふわふわで吸水性に優れているのは、このぴょこっと飛び出た繊維の輪っか、パイルのおかげというわけだ。
竹下のお店に荷物を届けた後、風花と海渡に家まで来てもらった。もうすぐテラで機織り機が出来上がるから、一緒にタオルの織り方を調べているというわけ。秋に収穫した綿花が思いのほかたくさんできていて、わずかだけどようやくタオルが作れそうなのだ。
「ねえ、ワッフル織りってものもあるみたいだよ」
海渡と一緒に風花のスマホを覗き込む。
えーと、なになに……ワッフル織りは文字通りお菓子のワッフルのような形ができる織り方で、肌触りがよく、吸水性に優れていて、 糸抜けしにくく、乾きやすい。なかなか良さそうだけど……
「これ、どうやって織るんでしょうか?」
確かに、複雑そうでよくわからない……
「組織図(縦糸と横糸をどのタイミングで絡ませるかを記した指令書のようなもの)を覚えていって、コペルに見てもらった方がいいかも」
「ですね」
僕も海渡もテラでは女の子だから織物はするんだけど、どちらかと言うと苦手な部類でコペルに教えてもらいながら何とかやっているという感じ。
「ねえ、樹。タオルを織るようになったら商材としても扱わせてくれるんでしょ?」
「うん、綿花がたくさん採れるようになったらそのつもりだよ」
吸水性に優れた綿を使えるようになるんだから、タオルを作らない手は無い。それに、せっかくならみんなに使ってもらいたい。
「それならさ、耐久性を第一に考えてほしいんだ。テラの人たちは地球と違って頻繁に買うことはできないはずだから」
耐久性か……確かに手に入れてすぐに破れたりほつれたりしてたら、次買おうとは思ってくれないだろう。
「わかった。コペルと打ち合わせてみるよ」
耐久性はあがるけど、作る手間がかかりすぎるとかじゃ困るもん。
「ところで風花さん、隊商ではタオルを如何ほどのお値段で販売されるつもりですか?」
「うーん、そうだね。麦一袋でタオル5枚……高くても3枚。それ以上になると手に取ってもらえないかな」
麦一袋がだいたい1万円ぐらいな感じだから……タオルが1枚で2000円から3000円程度ということか。
「なるほど、僕たちは工房からお給金として月に麦10袋を頂いています。僕的には一日に麦1袋分くらいはお仕事しないといけないと思っているのですが、タオルに換算すると1日に10枚作る感じでしょうか?」
工房から隊商には売値の7割程度で卸すことが多いから、綿花の生産コストとかを考えると枚数的にはそれくらいかも。
「そうしてもらえると助かるけど、無理はしないでね」
そのあたりもコペルと話してみないといけないな。
「それでさ。穂乃花さんだけど、竹下はうまくやってるかな」
「ボクが匂いを嗅げてたら……お姉ちゃんなかなか隙を見せてくれなくて」
テラと繋がっているかの判別に使っている匂い。その強さにも個人差があって、暁のようにすれ違っただけでわかることもあれば、風花のように首元まで近づかないとわからない時もある。
穂乃花さんの場合は後者のようで、近づいただけでは分からなかった。それで、風花に後を託して昨日は帰ったんだけど、いくら姉妹と言えども理由を言わずに首元の匂いを嗅ぐのは難しかったようだ。
だから、今日穂乃花さんとデートしている竹下が何とかして……
ん? テーブルに置いた風花のスマホに通知が……
「えーと、お姉ちゃんから……話が弾んで止まんねえから、まだ家に帰ってくるなって」
「……へ? 竹下先輩たち、ずっと風花先輩のお宅におられたのですか?」
「うん、そうみたい」
「水樹さんたちは?」
「平日だし、仕事に行ってる」
ということは、竹下と穂乃花さんは武研が終わってからずっと二人っきりだったってこと?