第116話 まさかおせちじゃねえだろうな
〇12月24日(日)地球
お昼過ぎ、竹下と共に海渡の家へと向かう。
「見て、クリスマス仕様だ」
店内はいつものお惣菜の量が減っていて、その代わりこんがりと焼き色を付けた足つきのチキンが山のように積まれていた。
「これ、齧りながら行っちゃダメかな」
気持ちはわかる。おいしそうだもんね。
「たぶん入っているよ。我慢しよう。海渡ぉー」
店の奥へ声をかける。
「はーい。先輩方お待ちしてました。出来たてのほやほやですよ。樹先輩はこれ」
海渡からテイクアウト用の大きなお皿を受け取る。お、重い。
「竹下先輩はこれをお願いします」
竹下のは風呂敷に入った長方形。これって……
「お前、まさかおせちじゃねえだろうな」
確かにおせちの時の三段重っぽい感じ。
「ふふふ、ついてからのお楽しみです。さあ、出発しましょう!」
海渡もテイクアウト用の大きなお皿を持って店を出る。今日は学期末恒例の慰労会なんだけど、クリスマス会も兼ねて風花の家で盛大にやることになったのだ。
「海渡、お店はよかったの?」
「はい、兄ちゃんの彼女さんが手伝いに来てくれましたので」
お兄さんの……おー、中山惣菜店の次期おかみさんになるかもしれない人だ。って、竹下……風呂敷を顔の高さまで上げて匂いを嗅いでいるよ。まあ、気になるよね。
「わかる?」
「……わかんねえ」
ここは外だし、漏れ出た匂いを嗅ぎ取るのも至難の業なんだろう。
「それはそうと樹先輩、今日は穂乃花さんもいらっしゃるのでしょう?」
「うん、風花のおじさんが無理矢理にでも飛行機に乗せるって」
風花のお姉さんの穂乃花さん。年末はこちらに来て過ごすはずだったのに、直前になってめんどくせえから行かねえと言い出して周囲を慌てさせたらしい。年末年始は女子高の寮も閉まっちゃうし夏さんもお友達と旅行に行く予定になっていて、さすがに浅草の家に一人にさせるわけにはいかないということで、風花のおじさんの秋一さんが一肌脱いでくれることになったみたい。
「うー、緊張してきた」
「会う前からそれだと持たないよ」
竹下は風花から穂乃花さんの写真を見せてもらって以来ぞっこんで、絶対に気に入ってもらうんだと気合が入っているのだ。
「わかっちゃいるけど、やっと会えるんだぜ。居ても立っても居られないって」
気持ちは分かるけど……
「ほら! 竹下先輩。ちゃんと運んでくださいよ。落としでもしたら承知しませんからね!」
「お、おう!」
ふふ、竹下が大人しくなった。
「それで樹先輩は、穂乃花さんがパルフィさんじゃないかって予想されているんですよね?」
「うん、風花から聞いた穂乃花さんの普段の様子が、あまりにもパルフィっぽくてね」
竹下や海渡、それに風花の様子を見て気付いたのは、あちらの世界と繋がったからと言ってその人が変わったり、乗っ取られたりしているわけではなく、あくまでも同じ精神を持った別々の世界の人間同士が記憶の共有をできるようになったのではないかということ。つまり、パルフィのように個性が強い人間は、繋がってなくても同じような行動をとっている可能性が高いと思ったのだ。
「匂いを嗅いじゃうのが早いですが、チャンスはありますかね?」
「うーん、どうだろう」
今日は水樹さん(風花のお母さん)も一緒だから、僕たち男性陣が首元に近づくのは難しそう。風花に期待するしかないかも。
「そろそろだと思うから、準備しましょ。樹くんたちも手伝って」
風花の家に着いた僕たちは、水樹さんの指示で料理をテーブルに並べる。
時間はもうすぐ午後の2時。穂乃花さんを空港に迎えに行った春二さん(風花たちのお父さん)が戻って来る頃。
ピンポーン!
チャイムが鳴り、はーいと言って水樹さんが玄関へと向かった。
「来られましたね」
お皿を並べながらうんと頷く。
竹下を見ると、立ち止まって部屋の入り口をじっと見つめている。
たぶん、心臓がバクバクとなっているんじゃないだろうか。
部屋の外からこっちかと声が聞こえ、すぐにドアが開く。
「お、みんな揃ってんな。ご馳走があるって言うからよ。昼も食わずにやってきたんだ。早く食おうぜ!」
そこには、風花によく似た背の高い女性が立っていた。
「えーと、今日は私の挨拶……二学期もお疲れさまでした。メリークリスマス!」
「「「メリークリスマス!」」」
テーブルいっぱいの料理を前に、風花一家と僕たちはグラスを傾ける。
「子供たちの集まりに私も参加してよかったのかな。それにしても、すごいご馳走だね。これはターキーだろう?」
春二さんが、テーブルの中央に位置するメインディッシュに興味を示す。
海渡の家から竹下が抱えてきたのはおせちではなくて、外国の映画とかで出てくる七面鳥の丸焼きだったのだ。
「せっかくのクリスマスなんだから、思い出にしてほしいじゃない。それでみんなと話して奮発することにしたの」
たぶんみんなというのは僕たちのお母さんだと思う。親同士も仲良しだから、ことあるごとに相談しているっぽいんだよね。
「さあ、それではいきますよ」
海渡がナイフを使い、それぞれのお皿に七面鳥を取り分けていく。
「こんなご馳走が食えるんなら、無理して帰ってきた甲斐があるってもんだぜ」
「無理したのは秋一おじさんじゃない。もう」
風花と穂乃花さん、二人並んでいる姿は仲のいい姉妹そのものなんだけど……穂乃花さん、パーソナルスペースに入り込まれるのが苦手なのかな。風花は、食事の間も何とかして穂乃花さんに近づこうとしているけど、なかなかうまくいってないみたい。
匂いを嗅いでパルフィだという確信が取れたら、事情を説明してあっちと繋げていいか聞いてみたいんだけど……
「はい、穂乃花さんの負け」
「ちぇ、こういうのは苦手なんだぜ。次、次」
食事が済み、風花と水樹さんが作ったクリスマスケーキを食べ、テーブルゲームを楽しむ。結局、誰も穂乃花さんに近づくことができないまま時間ばかりが過ぎていく。
「穂乃花さんごめんなさい。僕たちはこれで失礼します」
外は日が落ちて真っ暗。僕たち三人に門限があるわけじゃないけど、さすがにこれ以上は風花たち家族の邪魔になってしまう。
三人で春二さんと水樹さんにお礼を述べて玄関へと向かうと、穂乃花さんが近づいてきた。
「これからだと思っていたのに残念だな……おい、剛、おめえ明日時間あるか?」
「はひぃ」
腕まで掴まれた竹下は、突然のことに声まで裏返ってる。
「どうだ?」
「あ、あります……あ、午後からなら。午前中は武研があるので」
「よっしゃ、決まりだな。よろしく頼むぜ」
竹下はずっと緊張してて穂乃花さんにあまり話せてなかったんだけど、いったいどういう風の吹き回し?
ん? そういえば穂乃花さん、竹下のことを剛って呼ばなかった?




