第109話 やっぱ、太陽がないとよくわかんねえわ
〇11/3(金)地球
早めに空港についた僕たちは、お土産を買った後、屋上デッキに登った。
「わ、わっ、すごい。あんなに加速して、あ! 飛び立ちました!」
間近で見る初めての飛行機に海渡は大興奮の様子。
「海渡、俺たちが乗る飛行機はあれだぜ」
竹下は白い機体に赤い鳥が描かれた飛行機を指さした。
「うわぁ、さっきのよりも大きい。あれが本当に飛ぶんですよね……地球の技術はすごいです!」
あちらではようやく荷馬車を導入できたばかり。鉄の塊が空を飛ぶと言っても誰も信じて……は、くれそうだけど理解はできないだろうな。
「ほら、お前たち、そろそろ行くぞ」
由紀ちゃんに促され、2階の出発ロビーへと向かう。
「先生、ありがとうございました」
保安検査場前で改めて由紀ちゃんにお礼を言う。今は朝の9時半、朝早いのに空港まで僕たちを送ってくれたのだ。
「なあに、私も風花の技が気になるからな。約束は今日の午後だって?」
「はい、3時に教授の道場にいくことになっています」
「詳しい場所は?」
「風花が知っていました」
遠野教授は東京に自宅兼道場を持っていて、なんとその場所が風花のおばあちゃんの家の近くで驚いてしまった。
「泊まるのは風花のおばあさんの家なんだろう。迷惑かけるんじゃないぞ」
「「「はい」」」
「くそぅ、私も行きたいのだが……着いたら、まずは連絡しろ。SNSでかまわないから」
そう言って由紀ちゃんは帰っていった。
「由紀ちゃん残念だったね」
「仕方がないです。今日は嫁ぎ先のホテルに、ご親戚の方々をお招きすることが前々から決まっていたらしいので」
由紀ちゃんは、ホテルの支配人の大智さんと来年早々結婚式を挙げることが決まっている。今はいろいろと準備があって忙しいみたい。
「お、係の人が出て来たぞ」
搭乗ゲートに人が集まりだした。もうすぐ出発だ。
機内に乗り込んだ僕たちは指定の席を探して座る。僕と風花が前の二列、竹下と海渡がすぐ後ろの二列。窓際には僕と海渡が座ることになった。
「まさか東京に行けるとは思ってもいませんでした。本当に僕までご一緒してよろしいのでしょうか?」
後ろから海渡の声が聞こえる。
「今なら、まだ下りれるんじゃね。やめとくか?」
「いえいえ、とんでもない。せっかくの機会です。楽しませてもらいます」
風花の術を遠野教授のお友達に見せる約束していてそれが今日だったんだけど、まさか全員分の航空チケットが手配されているとは思ってもいなかった。
「飛行機代を出してくれたの、教授のお友達の人なんでしょ。風花が頼んだの?」
「ううん、始めからみんなを呼ぶつもりだったと思う。最初に全員分の名前と生年月日を聞かれたから」
全員で四人の往復だから、十万円を軽く超えるよ。それをポンと出すなんて……
「それでね。ホテルの話も出たんだけど、おばあちゃんに聞いたらみんなで泊っていいよって言ってくれて、それは断ったんだ」
ホテル代まで出すつもりだったんだ……
「教授にどんな人か聞いた?」
「同僚だって言っていたけど、SNSでのやり取りだし詳しくは……」
同僚って東大の先生なのかな?
「あ、動き出しました!」
外を見ると空港のターミナルビルがちょっとずつ離れていっている。いつの間にか出発時刻になったみたい。
「なあ、樹、富士山どっちから見えるかわかるか?」
後ろの座席の隙間から声が聞こえる。
「え、いや、知らない……」
どっちだろう?
「富士山ですね。本日はこちら側から見えるコースを飛ぶ予定です。天候もいいみたいですよ」
「あ、ありがとうございます」
通りかかったキャビンクルーの人が竹下に教えてくれた。
富士山か……
「ねえ、風花。タルブクまでの道って富士山くらいの高さがあるんでしょ」
「何メートル?」
風花に3776(みななろ)と教えてあげる。
「たぶんそこまでじゃないけど、最高地点は3000メートルを越えていたと思う。かなり寒かったからね」
えーと、1000メートル登るごとに気温が……あ、スマホが使えないんだった。確か6度くらい下がったんじゃなかったかな。ということは、仮に3300メートルとしたら標高1300メートルのカインよりも12度くらい低いのか……それは寒そうだ。
「そんなに高いのに、誰も高山病にならなかったね」
「日数をかけて登っているし、元々カインもタルブクも山の上の村だからみんな体が慣れていたんじゃないかな」
なるほど。僕だときついかもしれないけど、ソルなら平気かも。
お、飛行機が止まった。
いろんな音が聞こえてくる。
エンジン音が高まって……再び動き出した。
「わ、わっ、すごい加速ですぅ」
ふふ、海渡も楽しそう。
僕たちを乗せた飛行機は、約一時間半の飛行を終えて無事に羽田空港に到着した。
「やっぱ、富士山はいいよな」
晴天に恵まれ、眼下に雄大な富士を見ることができた竹下はご満悦な様子。
「あちらの山も負けてませんよ」
そうそう。カインのすぐ南には2000メートルを越える山があるし、遠くには一年中雪が被っている5000メートルを越える山々も見える。SNSに上げたらバズってもおかしくないほどの景色だと思う。
「そうなんだけどさ。山が身近過ぎてありがたみがないというか……」
確かにそれは言えるかも。
「それで、これからどこに向かえばいいんだ?」
海渡と顔を見合わせる。いつもなら竹下を先頭にしてどこに連れて行ってくれるのか楽しむんだけど、今日はこの後約束があるから……とりあえず。
「竹下はモノレールと京急、どっちに乗りたい?」
「やっぱ、羽田と言えばモノレールじゃねえか?」
そう言うと思った。
「風花、どっちがいいの?」
「京急だと乗り換えなしで行けるよ」
「へぇ、そうなんだ。なら、早く行こうぜ」
そういって竹下は歩き出した。
「あっ、」
竹下に声を掛けようとする風花の腕を掴み、『海渡』と声を掛ける。
「お任せを……竹下先輩、どちらに行かれるつもりですか?」
海渡はさっと竹下の隣に移動し、アウターの肘のところをちょんちょんと引っ張る。
「え? 京急ってやつに乗るんだろう」
「はい、そうですが、そちらはモノレールの乗り場ですよ」
「……一緒のところじゃねえのか?」
「ここは都会ですからね。乗り場は一か所ではありません。えーと、京急は……こちらです。僕について来てください」
さすがは海渡、羽田空港は初めてのはずなのにもう把握しているよ。こういうところは得意なんだよね。
「やっぱ、太陽がないとよくわかんねえわ」
竹下……太陽は関係ないと思うよ。